2011/7
No.113
1. 巻頭言 2. WIND TURBINE NOISE 2011 3. 手廻しサイレン 4. 第36回ピエゾサロン
  5. 精密騒音計NL-52 / 普通騒音計NL-42

    
 "Piezoelectric Hydoxyapatite" Syed A. M. Tofail

顧 問  深 田 栄 一

 平成23年3月3日に小林理学研究所で第36回ピエゾサロンが開催された。
 アイルランドのリムリック大学、物質表面科学研究所のTofail博士が「圧電性ヒドロキシアパタイト」の題で講演された。

Dr. Syed A. M. Tofail
(University of Limerick, Ireland)

研究の沿革
 骨の主要な成分は有機のコラーゲン繊維と無機のヒドロキシアパタイト多結晶粒子である。1950年代に、骨の圧電気が発見された時、コラーゲン蛋白の結晶は対称中心のない六方晶系で圧電性を持つが、ヒドロキシアパタイト(HAP)の結晶は、対称中心のある六方晶系P63/m であるため、圧電性がないと結論された1)。実際に、コラーゲン繊維が高度配向している腱では、水晶と同程度の圧電率が観測された。以来、骨の圧電気はコラーゲン結晶の圧電性によるものとされてきた。
 2000年代になって、HAPの結晶構造や電気物性の研究が盛んになり、Tofail 博士とそのグループはHAPの微小な結晶体が、対称中心のない単斜晶系 P21 や六方晶系 P63 に属することを見出し、圧電性の可能性を示した。更に最近発達した圧電応答マイクロスコープを用いて、その実験的証明に成功した。
 骨の圧電気の発見が契機となり、骨に電気刺激や振動刺激を与えると骨細胞の増殖が促進されることが見出され、新しい骨折治療の方法が発展した。HAPを分極してエレクトレットの状態にすると、新しい骨を誘導することも知られている。圧電性HAPが骨誘導材料となる可能性も示唆されている。

ヒドロキシアパタイトの結晶構造
 ヒドロキシアパタイト、Ca10(PO4)6(OH)2 の結晶構造は、かなり複雑である。PO4 はPが中心の四面体を作る。図1は古くから知られていたP63/mの結晶構造のうち、Ca とPを除いたOとHの配列を示す。PO4 はPを中心として四面体をつくる。Hは赤丸で示されているが、単位胞のなかで OH の極性は打ち消されている。
 しかし、人工的に合成したヒドロキシアパタイト結晶について行なわれた理論解析の結果は図2に示すような極性も持つ結晶構造 P21 と P63 が可能であることを示した。赤丸で示したHは同じ方向を向き極性を示している。またX線構造解析によって、これらの極性構造が78%、非極性構造が 22% を占めることが示された。

図1 ヒドロキシアパタイトの既知の結晶構造
緑丸はO原子、赤丸はH原子

図2 ヒドロキシアパタイトの新しい結晶構造
極性を持ち、圧電性、焦電性を示す

ヒドロキシアパタイトの圧電性と焦電性
 原子間力走査顕微鏡の応用の一つとして、圧電応答走査顕微鏡(Piezoresponse Scanning Microscope)が発展してきた。図3はその原理を示す。電導性基板の上に微小な圧電性試料を置きその上に電導性チップを置く。試料に電界を加えると、その変形のためチップが上下するので、その動きを光センサーで測定する。nm の精度で逆圧電効 の測定が可能である。

図3 圧電応答走査顕微鏡の原理

 合成したヒドロキシアパタイト粉末を温度900 ℃、 一軸圧力 50 MPa、真空 6×10-3 Pa(Spark Plasma Sintering)で径10 mm、厚さ2 mmのペレットに焼結した。この焼結試料での圧電応答走査顕微鏡の測定結果を図4に示した。横軸は試料に加えた交流電圧を、縦軸は試料の変形量を pm の単位で示す。加える電圧に線形に比例して、歪みが増えることを示しており、その傾きから圧電率 d33 = 0.5pC/N が得られた2)。図5は非圧電性の雲母板の場合であり、非線形の形から雲母の電歪の結果であることが分かる。

図4 ヒドロキシアパタイトのペレットでの線形圧電応答

図5 雲母板の非線形電歪応答

 Lang3)らは、HAPのエタノール溶液を Si 基板上にスピンコートして、厚さ500 nmの薄膜をつくり、700℃まで温度を上下して焼結の熱処理を行なった。その上に80 nmの厚さの Au/Pd 電極をスパターした。この分極処理をまったく加えない試料で、焦電効果と圧電効果の証明に成功した。図6は、0.1 Hzの交流圧力を薄膜に与えたときの圧力と分極の変化を示す。圧電率 d33 = 16 pC/N が得られた。これは分極したPVDFの圧電率の約1/2である3)
 図7は、HAP薄膜にレーザービームを0.05 Hzの振動数で断続的に照射して温度を変化させたときの焦電流の時間変化を示す。レーザーをONにすると負の焦電流が現われ、時間とともに減衰する。レーザーをOFFにすると、正の焦電流が現われる。
 図8では、試料の温度を1 ℃/minの速度で30‐80 ℃の範囲で上下させたときの焦電流の結果である。これから得られた焦電率の値は 12 C/m2K であった。これは分極したPVDFの焦電率の約1/3である。

図6 Si基板上のヒドロキシアパタイトの微結晶フィルムの圧電応答 0.1 Hzの交番圧力に対する交流電荷の発生

図7 Si基板上のヒドロキシアパタイトの微結晶フィルムの焦電応答 0.05Hzのレーザー照射に対応した焦電流

図8 Si基板上のヒドロキシアパタイトの微結晶フィルムの焦電応答 一定速度での温度の上昇下降に対する焦電流

 図1,2 で見られるように、ヒドロキシアパタイトの結晶では OH 双極子がc軸[001]方向に、平行、反平行の配置を取りうる。700℃の熱処理の過程で OH が平行に並び、冷却の過程でおそらく Si の結晶性の影響を受けて、分極の向きを一方向にそろえたために、分極構造が得られたものと考えられる。
 骨の圧電気の原因としてコラーゲンの圧電気が発見されてから約50年を経て、ヒドロキシアパタイトにも圧電気のあることが証明されたことは興味深い。
 合成されたHAPについての結果であるが、生体骨の中でHAPの圧電気がどの程度寄与しているかは、今後明らかにされるであろう。

骨生成と圧電気
 骨は生体の構造を支える器官であり、絶えず新陳代謝を繰り返して組織をリモデリングしている。破骨細胞によって骨細胞の吸収が起こり、骨芽細胞によって増殖が起こる。このリモデリングには骨に働く外力が大きな影響を及ぼし、外力を最も良く支えられるように、コラーゲン繊維やヒドロキシアパタイト粒子が配向する(Wolffの法則)。その機構として考えられてきたのが、コラーゲン結晶の圧電分極である。水分の多い場合には、圧力勾配によって生じるイオン流動電 も発生する。外力によって生ずる電気的なシグナルが骨細胞を刺激してその成長や配向を進めると考えられてきた(図9)。

図9 応力刺激による骨成長のフィードバックシステム4)

 これらの知見に基づき、整形外科の分野では、電気刺激による骨折治療の装置が種々考案され、保険適用で治療に用いられるまでに発展した。最近では超音波刺激の装置がより有効であるともいわれている。
 重力のない宇宙空間で居住する飛行士の骨や筋肉が減少すること、長期臥床の患者の骨が減少することも注目されており、運動と骨粗鬆症の関係も重要である。骨細胞に及ぼす応力刺激や電気刺激の効 の研究は内外で行われているが、そのメカニズムはまだ十分には解明されていない。骨細胞の細胞膜に存在するイオンチャンネルタンパク質分子が、応力や電界によって変形し、Ca イオンの透過が促進され、それがトリガーとなって細胞内の生化学反応が増加すると言うのが一つの仮説である。

図10 
圧電性フィルムを埋め込むと、ラットの骨が成長する5)

圧電性と骨インプラント
 図10は圧電性のフィルムをラットの大腿骨の周りの筋肉に固定して、仮骨の成長を観測した例である。左側は、圧電性のポリメチルLグルタメート(PMLG)の延伸フィルムを巻きつけた場合であり、約一年後も大きな仮骨の成長が見られた。右側は帯電してエレクトレット化したテフロンフィルムの場合である。約2週後には生じていた仮骨が約一年後には消滅した。このときテフロンに電荷はなく初期に存在していた圧電性は消滅していた。動物の運動により圧電フィルムが分極すると、電流が誘導され、その電流が骨細胞を刺激すると考えられている。
 圧電性を持つ種々の高分子フィルムを生きた骨に埋め込むことによって、仮骨を生成する実験は既に多数行なわれており、圧電性の骨インプラントといってよい。ヒドロキシアパタイトの微結晶に圧電性が確認されたので、圧電性HAPインプラントという新しい材料が提案された。

文献  
1) E.Fukada and I.Yasuda, J. Phys.Soc.Jpn, 12、1158 (1957)  
2) S.A.M.Tofail et al.,Acta Biomaterialia (2011)  
3) S.B.Lang, S.A.M.Tofail et al., Appl.Phys.Lett.98,123703   (2011)  
4) N.Guzelsu, J.Biomechanics, 11,257 (1978)  
5) S.Inoue, T.Ohashi et al.,Elect Prop.Bone Cart. (Ed.Brighton) p.199 (1979)

 

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