2011/7
No.1131. 巻頭言 2. WIND TURBINE NOISE 2011 3. 手廻しサイレン 4. 第36回ピエゾサロン
5. 精密騒音計NL-52 / 普通騒音計NL-42 <骨董品シリーズ その79>
手廻しサイレン
理事長 山 下 充 康心を蕩かすような唄声で船乗りたちを波間に誘い込んだ美女・・・「サイレン」。「シレーネ」「サイアレン」ともいわれる。
サイレンは上半身が若い女で下半身が鳥という伝説の怪獣である。彼女たちの唄声を耳にしないように舟の漕ぎ手たちの耳の穴に溶かした蝋を流し込んで唄声が聞こえなく工夫した(耳栓;ニュース24号、1989年4月)うえに自らを帆柱に縛り付けてサイレンの誘惑を撥ね退けて航海を無事に続けたというオデュッセウスの物語はギリシャ神話のハイライト部分である。
そのサイレンが音響研究にあたって実験用音源として利用された時代(ダブルサイレン;ニュース31号、1991年1月)があった。サイレンは周波数を規定値に保って大音響を放射することが出来るのでエレクトロニクス登場以前には音響実験用の音源として便利に使われた。ただし残念ながら放射音の大きさをコントロールすることが出来ないという欠点があった。
今回の骨董品シリーズでは手廻しのサイレンを取り上げた。幼い頃に聞いた消防車が出動する時のけたたましい「ウー、カンカン・・・」(手廻しサイレンと鐘)は緊迫感のある音であった。火の粉除けの分厚い消防服をまとって消防車から身を乗り出し、サイレンのハンドルを廻しながら駆け抜ける消防士の姿には強く惹かれるものがあった。現代の消防車は手回しのサイレンではなく電気的に造られた電子音をスピーカーから放射している。手廻しの代りにモータで羽根車を廻すタイプのサイレンも使われていた(図1)。
図1 モータ駆動式のサイレン
図2 携帯型手廻しサイレン骨董品展示室に二つの手廻しサイレンが残されている。一つは革のケースに納められていて持ち運びが容易な携帯型である(図2)。他の一つは消防車か消防ポンプに取り付けられていた物であろう赤いペイントが残っている(図3)。サイレンは大音響で鳴るから不用意にハンドルを廻すわけには行かないが、どちらも金属性で堅牢に造られていて問題なく作動する。
サイレンの本体は二重に造られていて回転する内側の羽根車で空気を弾き飛ばして外側の小窓(図4)から断続的に空気を吹き出すことによって音を放射すると言う極めて単純な機構である。単純で堅牢な機構でなければ修羅場である緊急時には役立たない。
図3 消防用手廻しサイレン
図4 サイレンの小窓緊急事態を広い地域に伝える信号音として昔から今日までサイレンは一般的に使われてきた。東日本の震災、大津波の際にも緊急事態を伝えるサイレンの音がテレビのニュースから流れていた。サイレンは警報音放射器として適切な道具といえよう。
諸兄の中には空襲警報が発令された際のサイレンの音を思い起こす方々も居られよう。爆撃による炎と黒煙、逃げ惑う人々、飛行機の爆音、そして夜空に響くけたたましいサイレンの音・・・、津波といい、空襲といい、サイレンの音には好い印象がない。サイレンの音は基本的に人にとって好ましい音ではないらしい。恐竜たちに脅かされて生活していた時代の恐怖感がDNAに刷り込まれていて、恐竜の声に似たサイレンの音に人は怯えるとの説があるが、人類の登場は恐竜時代よりもずっと後だからこの話はマユツバものである。恐竜が栄えた時代は数億年前、人類の登場は恐竜たちが死に絶えた数百万年前だから人が恐竜の声に怯えたはずがない。
図2のサイレンでは、秒速1回転でハンドルを回転させるとギヤによって羽根車は20回転し、小窓の数は8つあるので160 Hzの基音とその高調波成分が発生する。2回転させればその倍の周波数となると共に音 も大きくなる。1 m点で観測したサイレン音の回転数と騒音レベルの関係を図6に、音圧波形を図7に、周波数分析結 を図8に示す。因みに、モーターサイレンの定格回転数は6,000rpmとなっており、基音は800 Hzとなる。
図5 サイレン音の収録方法
図6 手廻しサイレンの回転速度と騒音レベル
図7 サイレン音の音圧波形(1msec/div.)
図8 サイレン音の周波数分析例
音響パワーレベル測定にあたって使われる校正音源はシロッコファンタイプの送風機で、安定した音響出力を得ることが出来る。サイレンに似た構造の機器である(屋外で大音響のサイレンを鳴らすわけにいかないので、実験は無響室内で耳栓を装着して行った。サイレンの音の分析等は補聴器研究室の田矢室長の協力を得た)。