2009/10
No.106
1. 巻頭言 2. inter-noise2009 3. 鉄の代用:陶器の配電用具 4. 第34回ピエゾサロン
  5. 純水中パーティクルカウンタ KL-30A

 
 聴覚とタンパク質

顧 問  深 田 栄 一

  OttawaのActive 2009の学会で、Southampton University のProf. Elliottは、航空機の機体内部の騒音制御を、内耳の基底膜振動の増幅機構と対比して論じられた。人の聴覚の感度は、最高感度のマイクロホンよりも敏感であるといわれる。音の信号を電気信号に変換する機構は蝸牛核の中に無数に分布している内有毛細胞及び外有毛細胞の作用である。有毛細胞の細胞膜にモータータンパクと呼ばれるタンパク質が存在し、この高分子が基底膜の振動増幅に寄与していることが知られてきた。最近、このモータータンパクの遺伝子塩基配列が決定され、このタンパクはPrestin と命名された。また同時にこのタンパクの人工的合成の可能性も生まれたのである。

 1997年、東北大学の和田仁教授は、モルモットの外有毛細胞を用いて、細胞膜の内外に電圧差を与えたときのPrestin の歪みの測定に成功した。歪みと電圧の比から求めたPrestinの圧電率は約1000 pm/V(=pC/N)という大きな値であった。その後、2003年にBaylor College of MedicineのProf. Brownell等は圧電共鳴の測定から圧電率2.6×104 pC/N を得た。また2002年にNIHのDr. Iwata等は圧電正効果と逆効果から得られた圧電率が一致すること、Prestinの圧電率が20μC/Nという想像以上に大きな値に達することを報告した。

 小林理学研究所には圧電物質研究の長い歴史がある。1940年代から、ロッシェル塩、チタン酸バリウム、PZTセラミックなど無機圧電材料の基礎研究と応用が連続して行なわれた。有機材料については、1950年代のセルロース、コラーゲンなどの生体高分子の圧電性発見から各種の合成タンパク質や光学活性ポリ乳酸の研究に発展した。また、1969年の河合平司博士によるポリフッカビニリデン(PVDF)の大きな圧電性の発見は、その後の圧電材料研究の歴史に大きな変革をもたらした。40年後の現在、PVDFは高分子圧電材料の代名詞として世界で通用するようになった。

 河合博士の夢は内耳のマイクロフォニック電位の機構を解明し、それを人工的に応用することであった。いまやその夢の実現が近づいていると思われる。外有毛細胞の細胞膜に存在するタンパク質Prestinをバイオテクノロジーの技術で大量生産し、それをナノテクノロジーの技術で、機械電気変換素子として利用することである。

 環境の騒音振動から電気エネルギーを取り出すEnergy Harvesting Systemの研究が各国で盛んになりつつある。しかし、現状では圧電材料の機械電気変換効率の低さが隘路となっている。Prestin では、PZTセラミックに比べて数万倍の大きさの圧電率が報告された。タンパク質圧電材料の今後の研究には無限の夢がある。

 

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