2009/7
No.105
1. 巻頭言 2. 板ガラスの音響透過損失の測定 3. 風 鈴 4. 自動聴力検査システム
   

 
 新たな研究体制に向けて

騒音振動研究室 室長  加 来 治 郎

 2009年6月7日に米国テキサス州フォートワースで行われた第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで、二十歳の全盲のピアニスト辻井伸行さんが優勝したことは、日本人だけでなく障害を持った世界中の人たちに大きな希望と感動を与えてくれました。わが国では宮城道雄を初めとして和波孝禧、梯剛之など多くの盲目の音楽家を輩出してきましたが、視覚を失った彼らが環境情報を得るため、もう一つの手段である聴覚を研ぎ澄ましてきたことは想像に難くありません。辻井さんは、幼少のときから音符を点字の楽譜から読み取るのではなく、耳で聴いた音をそのまま鍵盤に落したそうです。何よりも「朝ごはんのときの川の音がきれいだった」「木の葉の音が東京と違う」といった彼の一言一言に音に対する並外れた感性が感じられます。

 聴覚器官のルーツは、水流や水中の振動を検知する魚の側線といわれており、機能的には内耳に相当します。大型肉食魚に追われて陸上に生活の場を求めた祖先は、魚→両生類→爬虫類→鳥類・哺乳類へと進化する過程で水圧よりもはるかに力の弱い空気の圧力変化である音を検知するために、外耳・中耳といった複雑な聴覚機構を生み出しました。その目的は外敵の接近をいち早く察知するためでしたが、結果として音による仲間同士の情報交換も可能としました。億単位の進化の歴史と辻井さんの音楽脳の発達とは比べるまでもありませんが、ただ、置かれた環境の中で出来る限りの機能の向上を目指したことが今日の結果に繋がったことは共通の事実と言えます。

 ところで、当研究所では、3つに分かれていた騒音振動研究室をこの4月から一つの研究室に統合しました。それまでは、道路・航空機・鉄道の主たる研究対象に応じた室構成として研究の深化を図ってきましたが、分野によって研究課題に濃淡が見られること、流体音響などこれまでの枠組みを超えた取組が要求されてきたこと、さらには団塊の世代退職後の研究所のあり方を見据える必要性が高まったこと、などが背景にあります。特に、研究員のほぼ3人に1人を占める団塊の世代がいなくなった後の研究体制をどうするかということは大きな問題で、このあたりで一度初心に帰って全員集合もよいのではということからスタートしました。

 世界を席巻している不況の影響は小林理研にも少なからず及んでいます。また、近年環境問題に対する目が専ら地球温暖化対策に向けられ、騒音振動は多少なおざりにされてきたように思います。財政上のかなりの部分を外部からの委託研究に頼っている現状では「小林理研でなければ」という調査研究手法を持ち続けることが必要になります。研究室の一体化により、異なる分野の知見をお互いが共有することで研究室としてのポテンシャル向上は期待できますが、それを個人の資質向上にも繋げなければなりません。各自が現況を正しく認識し、その上でより一層の向上を目指せるよう、旧研究室の室長ともども残された時間を新たな研究体制の基礎固めに費やす所存です。

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