2009/7
No.105
1. 巻頭言 2. 板ガラスの音響透過損失の測定 3. 風 鈴 4. 自動聴力検査システム
   

    <骨董品シリーズ その71>
 風  鈴

理事長  山 下 充 康

 「打ち水 風鈴 吊りしのぶ」  路地裏で見かける蒸し暑い夏に涼を呼ぶ風景である。冷たい風が緩やかに吹き抜けて、糸に吊るされた短冊を揺らし、風鈴がチリーンと鳴る。

 風鈴の涼やかな音は日本の夏に良く似合う。土産に買い求めてきた風鈴を軒端に吊るしてその音を楽しんだ、と言うのは日本の家屋が隙間だらけだった昔の話。現在では外壁も窓や扉などの開口部の遮音性能が向上して軒端に吊るされた風鈴の音は家屋内に侵入しにくくなった。夜ともなると風鈴を吊るした本人は窓を閉め切ってテレビを見たりベッドに横たわったり・・・。

 風鈴の音は家屋内に入らないで周辺の隣接地に響き渡る。風鈴を吊るした持ち主には風鈴の音は聞こえていない。夜の夜中までチリーンを聞かされるのは赤の他人であって、この音に閉口させられることになる。しばしば住宅地にみられる近隣生活騒音苦情の一例として「風鈴」の音が社会問題に浮上したこともあるほどである。

 さて、この風鈴、涼感を呼ぶ音として古来から庶民の生活に深く根を下ろし、夏の音として愛されてきた。JR東北線の水沢駅では駅舎に幾多の風鈴を吊り下げて夏のイベントとしている。奥州市が南部鉄器の産地であることから南部鉄の風鈴が鳴り響くことになる。風鈴の音は夏の風物詩かもしれないが、その音はチリーンどころではない。列車が巻き起こす風で風鈴が一斉に鳴りだすのだからその音は耳を覆いたくなるほどの刺激音になっている。

 人通りが途絶える炎天下の家並にチリーンと音を響かせるのが風鈴である。これが団体でジャラジャラ鳴っても涼しさを感じさせることはあるまい。

 音響科学博物館の音具のコーナーに古今東西の風鈴を展示してみた(図1)。

図1 音響科学博物館に展示されている風鈴たち
左より江戸風鈴二種、南部鉄風鈴、火箸風鈴、貝殻風鈴、備長炭風鈴、かんかん石風鈴

 その気になって集めてみると奇妙な風鈴がある。ガラスに色付けをした「江戸風鈴」、南部鉄器で造られた「南部鉄風鈴」、鉄製の「火箸風鈴」、硬い木炭(備長炭)の「備長炭風鈴」、二枚貝の貝殻をモビールのように吊るした「貝殻風鈴」、四国讃岐に産するサヌカイトを利用した「かんかん石風鈴」等等、材料は様々であるが、どの材料にも共通しているのは硬いことである。材料が硬いから甲高く、継続時間の長い音を発てる。

 タイのバンコックには沢山の寺院が建てられている。
 寺院の屋根や仏塔の屋根に風鐸(ふうたく)と呼ばれる金属の鐘がつけられ、これが風に吹かれて特異な音を鳴り響かせている。バンコックの寺院に特有の音風景である(図2)。

図2 タイの寺院に取り付けられた風鐸たち

 タイで買い求めた竹製の風鈴がある(図3)。中央の木製の小さな円盤を取り囲むように複数の竹の筒がぶら下げられている。中央の円盤が竹の筒に当たるとポコン・コロロンと鳴る。材料が竹だから甲高くなく低い落ち着いた音である。インドネシアの竹製の楽器「アンクルン」に似た音色である(図4)。風に吹かれて揺れれば鳴るので風鈴かもしれないが風鈴というよりもドアチャイムとして使われていたようである。

図3 タイの竹製風鈴

図4 インドネシアの竹製楽器「アンクルン」

 「残したい日本の音風景100選」の一つに水沢駅の風鈴が含められているが、沢山の風鈴が一斉に鳴るときの音はすさまじい。軒を接するような住宅密集地では涼やかな音色の風鈴も生活騒音として嫌われる場合がある。風鈴を吊るす側の人は風流感覚であろうが、夜間の風鈴の音が気になって神経を苛立たせる人にとっては騒音でしかない。音を愛でる側の人は周囲に無頓着であってはならない。風鈴を吊るす際には音についての気配りが求められる。

 日本では古来、音を使うことによって「静寂」を演出する知恵がある。「しし嚇し」の竹筒がコーンと鳴って日本庭園の静けさを感じさせる。「古池やかわず跳び込む水の音」、「しずけさや岩にしみいる蝉の声」・・・。

 過日、「卓上型の風鈴」というのが売られているのを目にした。近隣への音の迷惑を気遣って作られたものであろうが、机の上でため息をついてチリーンと鳴らす風鈴は如何なものであろうか。

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