2005/7
No.89
1. 昭和15年8月24日

2. 圧電対による音・振動制御

3. 電気音響変換機(ヘッドホン) 4. 強震観測装置SM-27
       <骨董品シリーズ その56>       
 電気音響変換機(ヘッドホン)

理事長 山 下 充 康

 電話をはじめ各種の通信機、オーディオ機器、医療検査機器など、信号を音として聞くに供する機器は多種多様である。電気的な信号を聞き取るためには電気信号を音響信号に変換しなければならない。いわゆる「電気音響変換機」が必要になる。今日ではラウドスピーカ、イヤホン、ヘッドホンなどが広く普及しているからとりたてて「電気音響変換機」などと大仰な言い方はしないが、これが登場した時期はさして古くはない。
 今から100年前、1905年、ロシアのバルチック艦隊を日本海に迎え撃ったわが国の連合艦隊「信濃丸」が打電した「敵艦観ゆ」は「タタタタ」と暗号化された電磁リレーによる断続信号で、音声信号ではない。モールスによって1830年代に考案された「ツー・トン・ツー・トン・・・」といった電信信号である。受信された信号は紙のリボンに穿孔された記録紙として通信機から繰り出されていた。1900年の初めにあっては艦船間の通信手段といえば、手旗信号か燈火点滅信号、マストに掲げられた信号旗(Z旗が有名)に頼るか、せいぜい打電パルスによる「ツー・トン」信号程度だった。日本海で展開されたのは主に目視が頼りの大海戦だったのである。このため、日本海大海戦の主要戦闘は目視の可能な夕暮れまでに決着を付けなければならなかった。
図1 壁掛式電話機(昭和2年 日本製)とロウソク型受話器
 
図2 ロウソク型受話器内部(円形型震動板と電磁石)

 無線電信でなく電線を使ったのが電話(有線)である。有線電話では無線電信よりも少し早く音声の送受信を実現している。明治33年(1900年)に新橋と上野の停車場構内に日本初の公衆電話が設置された。わが国における実用的な電気音声交信の最初であろう。

図3 鉄道電話機の例
左:日本製(木箱入り:可搬型)  右:米国製(金属製:卓上型)
   
図4 新傅記叢書「エヂソン」(新潮社 昭和17年)に紹介されている受話器
左:フィリップ・ライス(独)考案の送話機  右:炭素型受話器の基本構造

 その後ラジオ放送が始まったのが大正14年(1925年)、庶民がラジオ電波で送られた音声が聞こえることに驚きを感じていた時代である。ラジオ受信機から聞こえてくる音は今日のように豊かな音量のものではなかったらしい。耳をそばだててノイズの中から微かな信号音を聞き取ったことであろう。
 ここに登場するのが音響放射を担当するスピーカやヘッドホンである。一頃若者たちの間で耳覆いのような形のヘッドホンが流行したことがある。電車やバスの中でヘッドホンから漏れるカシャカシャ音が周囲の乗客にとって迷惑音として嫌われたものであるが、音楽などのオーディオを愉しむ若者たちにとっては大音響で聴覚を刺激するのが快感なのであろう。ついでながら大音響での聴覚刺激は難聴の大きな原因となっていることを警告したいところである。

図5 ヘッドホン(1920年代 英国製)と受話器内部
(配線には絹巻線が使用されている)

 電気信号を音響信号に変換するには電磁的なメカニズムが基本的になっている。つまり、永久磁石とコイル(電磁石)、震動板の三つのパーツで構成されている。電磁モータと類似の構造であり、機能もモータに似ている。永久磁石が作る磁場の中に置かれたコイルに電気信号が流れるとコイルは電気信号に対応して位置を変えることになる。コイルには震動板が固定されていて電気信号によって震動する。これがダイナミック型イヤホン、ダイナミックヘッドホン、ダイナミックスピーカの基本原理であって、昨今ではパーツが小型化し寸法の小さな機器が開発され普及している(図6)。
図6 今日の小型イヤホン
(携帯ラジオ用巻きとり型)

 初期のころは永久磁石の無い構造の機種が使われていた。電気信号が電磁石のコイルに流れて磁場を形成して薄い鋼板を震動させるものであった。現代のイヤホンに比べると寸法が大きく、重く、感度の良くない機器であった。これを「マグネティック型レシーバ」と呼び、電話機やラジオ受信機に広く使われていた。
 1860年、ドイツのフィリップ・ライスが図のような送話機(実際には受話器と送話器が共通使用されていた)を考案した。これをアメリカのグラハム・ベルが特許申請して電話機を製作した。 ベルの特許申請文では「音或ひは音声に依って振動電流を発生せしめ、その電流を針金に伝はらし、他端に於いてこの電流を再び音或ひは音声に還元せしむる事を目的とする電気通信方式(翻訳記録のまま)」と規定している。説明図ではマグネティック型の装置であることが見て取ることができる。
 骨董品の中にいくつかの古い受話器がある。外郭はエボナイトやベークライトが使われている。初めのころは木が使われていたらしい。
 ここではマグネティック型とダイナミック型について説明したが、イヤホンの歴史の中で「クリスタル型」を忘れてはならない。このシリーズに登場させたことのある「ロッシェル塩」の圧電効果を利用したクリスタルイヤホンで、小型で安価な上に取り扱いが容易なことから一時期、補聴器や携帯小型ラジオの聴取用に広く利用されていた(図7)。

図7 クリスタルレシーバ
(昭和23年 日本製)

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