2025/ 1
No.167
1. 巻頭言 2. 面ずり圧電を発現する生体高分子とその応用 3. 振動レベル計 VM-57 4. 時間の拡大装置

     
 時間の拡大装置
    - ポータブル口述録音機 -

事務室  倉 益  真 一

 本紙No.163(2024/1)で、不幸にして失敗製品となった録音機を紹介した。優れた技術力で小型化と長時間録音を実現したが、専門家が使うには性能面で物足りず、かといって一般層には容易に手が出せる価格帯ではないという立ち位置にあったようだ。本件の教訓は発想や技術に優れていてもターゲティングが曖昧な製品では成功は難しいということだろうか。

 その点、当所博物館に用途もターゲットも絞り込んだ展示品がある。1960 年代中盤に発売された米国製のポータブル口述録音機である(図1)。ターゲットが一般のビジネスパーソンのためかテレビCM も製作放映されたようで、現在もインターネット上で閲覧できる[1]

図1 口述録音機(ディクテーションマシン) IBM 224
付属のケースには落下防止に手を通すバンドが付いている

 CM は外で遊ぶ少年の映像から始まり、電話の音と「大人になった今は時間がいくらあっても足りない」というナレーションで画面は忙しく働くビジネスの現場に切り替わる。大人になった元少年は電話を切るや本機を手にして何か吹き込む。録音したテープは秘書の女性に渡し、本人は笑顔の秘書に見送られて次の現場に向かう。最後に外で遊ぶ親子の映像が流れてCM は終了する。この録音機を活用して子供の頃のような有り余る時間を取り戻そうという構成である。

 本機の狙いはペンとメモ帳を取り出してアイディアを書き留めたり、メモを整理してとりまとめたり、タイピストとともに口述文書を作るなどの時間の節約だろう。業務効率化を支援促進するツールで、目的も用途も明快なCM 構成である。このCM が当時の日本人の目に触れたかは不明だが、製品とその狙いは伝わっていたようで、雑誌記事では関連製品とともに「時間の拡大装置」という紹介をされていた[2]

 本機の記録媒体は独特で、3インチ(約76 mm)と幅広な磁気テープが本体内部を一周しているだけ。録音可能な時間は10 分ほどだという。気軽に取り出せ片手で操作できるサイズに抑えたボイスメモ特化の設計である。CM の元少年は通話後すぐに声を吹き込み、後の作業を秘書に委ねていたが、そのように使用するのであれば秘書に意図が正しく伝わるよう簡潔明瞭に録音する必要がある。もちろん少し巻き戻して言い直したり、補足を録り足したりすることも可能だが、軽快に使いこなすには即興のスピーチ能力も求められそうである。

 本機が登場した時期、日本では「モーレツ社員」なる流行語が誕生した。「24 時間戦えますか」のバブル期もそうだが、私事を顧みず一心不乱に仕事に打ち込むことが美徳とされた時代である。寸暇を惜しんで働く彼らに「時間の拡大装置」はさぞ魅力的に映ったことだろう。

 と、そんな話を来館された方にしてみたところ「まあ、そういう人の所には際限なく仕事が降ってくるけどね」と返された。

 翻って現代。電子メールなどのテキストコミュニケーションツールは相手と時間を合わせずに用件を伝えることを可能にしたが、それは同時に時間や場所にとらわれず、つまりは休憩時間や移動中にもメッセージのやり取りを行えることとなった。また、近年すっかり定着したオンライン会議は移動時間や費用の節約に貢献したが、その反面対面では困難な「ながら会議」や、会議の掛け持ち連投まで可能にした。これらも時間あたりの業務密度を高めて余裕を作る「時間の拡大装置」だが、そうして作った時間をどう使うのか。拡大した時間を更に拡大しなければならない事態は避けられるよう願いたい。

参考
[1] https://repository.duke.edu/dc/adviews/dmbb20106 など
[2] 城功「再検討せまられる“ 事務伝達”」事務と経営 19(222) 1967 年6 月

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