2025/ 1
No.167
1. 巻頭言 2. 面ずり圧電を発現する生体高分子とその応用 3. 振動レベル計 VM-57 4. 時間の拡大装置

       <研究紹介>
  面ずり圧電を発現する生体高分子とその応用


圧電物性デバイス研究室  大 久 保 則 男

1.はじめに
 1955 年から1957 年、深田栄一先生によって木材、シルク、骨に圧電性があることが発見されて以降、生体高分子の圧電性に関連する様々な研究が行われている[1]。生体高分子は圧電性高分子の一種であり、面ずり圧電を発現することが報告されている[2][3]。
 当研究室では、圧電性高分子の圧電性、誘電性や弾性といった圧電機構の解明を目的とした物性研究と、音や振動を検出するためのデバイスを研究対象としている。本稿では、当研究室における最近の研究動向の報告として、面ずり圧電を発現する圧電性高分子とそれをデバイスに応用した一例について紹介する。
 近年の社会動向として、人間拡張の研究が期待されている[4]。この技術は「生体機能の向上、補完する技術」であり、パワーアシストスーツや、遠隔医療、または眼鏡や補聴器も人間拡張技術の延長にある。向上した生体機能を管理するにあたり、生体センシングを可能とする圧電性高分子の応用が考えられる。
 圧電性高分子は電気系と機械系のエネルギー結合効果と高分子特有の柔軟性を兼ね備え、脈波や血流など軟らかい組織の振動や固体音が検出可能といった特徴を持つ。コラーゲンやセルロース、シルクといった生体高分子は、人体埋め込みによる人間拡張への応用に発展する可能性がある。

2.生体高分子の圧電性
 高分子は一般に、結晶と非晶の不規則な複合体である。一般に高分子鎖は延伸方向に配向する。この時できる∞回軸は軸性であるが、高分子が不斉炭素を含みキラル(鏡像対称性を持たない)であると、鏡映対称が欠如する。この高分子に延伸処理を加えると圧電性を示すことが多くの生体由来高分子において報告されている[2] [3]。これは面ずり型と呼ばれ、図1に示すように面内にずり応力(せん断応力)を加えることでその垂直方向に分極が発生する。ここで、座標軸と記号の添字の意味を記載する。

図1 生体高分子の面ずり圧電
 生体高分子では電極を設けた面の法線を1軸とし、配向方向を3軸、1軸と3軸の垂直方向を2軸とする。記号の添字は電場や電気変位が発生する面の法線、面ずり応力や、面ずりひずみが生じる面の法線とそれらの向きを表す。記号の添字を4とした場合、面ずり応力と面ずりひずみはそれぞれT4S4 と表記する。電場E は電極間に作用する単位長さ(厚み)あたりの電圧(V/m)、電気変位D は単位面積(電極)あたりの電極に誘起した電荷(C/m2)である。ED はこの面に作用し、それぞれE1D1 と表記する。
 伸縮を生じる応力とひずみの場合、作用する面の法線と力、変位の向きは等しい。一方、面ずり応力と面ずりひずみでは、2軸と3軸の面の法線に対して垂直方向に力、および変位が作用する。面ずりひずみは2軸に法線を持つ面に対して3軸方向の力または変位が作用すると同時に、3軸に法線を持つ面に対しても2軸方向の力または変位が作用する。

2.1. 電気エネルギーと機械エネルギーの相互変換
 圧電体は電気エネルギーと機械エネルギーを相互変換する性質を持つ。機械エネルギーを電気エネルギーに変換する効果は正圧電効果、電気エネルギーを機械エネルギーに変換する効果は逆圧電効果と呼ばれる。生体高分子の圧電的効果 (d-Form) を示す方程式は式(2.1) となる。

(2.1)
 ここで、S44 は材料における面ずりの弾性コンプライアンス(ヤング率の逆数(m2/N))、εは誘電率(F/m)である。sEεT の上付き文字は、それぞれ電場E、応力T が一定であることを表している。また、d14 は加えた面ずり応力T4 と発生する電気変位D1 の関係を表し、圧電d定数と呼ばれる。

3.生体高分子のデバイス応用
 ポリフッ化ビニリデン(PVDF)やチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)といった従来用いられる圧電体は、伸縮の応力やひずみにより圧電d 定数 d31d32 を示す。先述のとおり、伸縮では力やひずみが作用する面の法線とこれらの方向が一致する。したがって、音圧や振動で直接伸縮ひずみを生じることが容易にできる。
 しかしながら、生体高分子で正圧電による電気応答を得るには、面ずり応力を加える必要がある。面ずり応力は圧電体の側面に、面の法線に対して垂直方向に力を加える必要がある。生体高分子の厚みは数10μm から数100μm であり、端面に直接面ずり応力を加えることができない。そのため、生体高分子をデバイス応用する難易度は高い。
 生体高分子をセンサにする場合、端面に直接ずり応力を加える代替として、圧電素子と同じ寸法の板バネを積層したユニモルフ(モノモルフ)にし、さらに圧電素子の対角を筐体に固定し、その対称角に振動板を固定することで、ねじりによって面ずり方向のひずみを発生させる構造(以降、ユニモルフねじり構造と表記)がこれまでに提案されている[5] [6]。図2はユニモルフねじり構造の動作イメージを示しており、ユニモルフの変形時における2軸、3軸方向に変位のベクトルを表している。

図2 ユニモルフねじり構造の動作イメージ

3.1. シルクシートの特性
 本稿では、面ずり圧電性を示すシルクシートの音響変換器について報告するが、先に、作製したシルクシートについて述べる。シルクを配列するように重ね巻きし、シート状に成型し、厚み方向の両面に電極を設けることで面ずり圧電d14 を発現することが報告されている[7]。
 作製した約800μm 厚のシルクシートの誘電率、弾性率、圧電d 定数を表1に示す。圧電体の圧電性および弾性率は、複素誘電率周波数スペクトル上に現れる、圧電共鳴スペクトルより求められる。シルクシートについても同様に圧電共鳴が生じる[8]。圧電d 定数d14はシルクを構成するフィブロインにより発現し、結晶化度と分子の配向度に依存する。

3.2. シルクセンサの作製
 作製したセンサの外形図および断面図を図3に示す。振動板と筐体を樹脂で造形し、4μm 厚のポリエステルフィルムを振動膜とした。ポリエステルフィルムを接着したケースに振動板を押しつけ、テンションを張ることでフィルムは復元力(ばね性)を持つと考え、作製した(図3(a))。
 図3(b) には圧電性シルクセンサの断面図であり、板バネを接着したシルクシートは筐体固定部を支点とし、その対角を振動板固定部とすることで、音圧p に振動板面積をかけた値である力F が振動板固定部にかかり、変位を生じさせる構造を示している。


(a) 外形図

(b) 断面図
図3 圧電性シルクセンサの構造
 ここで、音圧p を面ずり応力T に減衰なく変換できていると仮定すると、(3.1) 式から(3.3) 式を定義することができる。
(3.1)
(3.2)
(3.3)
 t はシルクシート厚[m]、l はシルクシート1辺の長さ[m]、A はシルクシート電極面積[m2] を表している。(3.3)式より、シルクセンサの感度Q は0.006 pC/Paと算出できる。

3.3. シルクセンサの感度評価
 音圧感度の評価においては、シルクセンサの振動板面をスピーカに対向させた状態で、正弦波の音に対するシルクセンサの出力を測定し、基準マイク(40BF、GRAS)の出力電圧の差分より感度を算出した。シルクセンサの出力はフィードバック容量100 pF のチャージアンプで電荷増幅し、記録した。
 その測定結果として、100 Hz ~ 10 kHz までのシルクセンサの音圧感度- 周波数特性を図4に示す。感度の代表値は0.02 pC/Pa (at 250 Hz ) であり、2.6 kHz に一次共振がみられた。シルクセンサの感度計算値0.006 pC/Pa に対して、実測値が3倍以上の値のため、ユニモルフねじり構造によって面ずりひずみ S4 が増幅されている可能性が示唆された。
 現状、ユニモルフねじり構造によって感度が増幅される原因が分析できていないが、今後シルクシートにおけるテンソル毎の弾性率、圧電定数を得ることで構造要因による増幅を検証したい。

図4 シルクセンサの感度- 周波数特性

4.終わりに
 本稿では、人間拡張への応用可能性がある生体高分子の面ずり圧電についての解説と、面ずり圧電をデバイスに応用する例としてシルクシートの音響変換器について報告した。生体高分子を人間拡張に応用するにあたっては、面ずり圧電をデバイスに応用することの難しさが課題と考えている。今後は、ユニモルフねじり構造の解析、および本構造以外の面ずりひずみ変換構造についても探求していく予定である。

参考文献
[1] E. Fukada, J. Phys. Soc. Japan. Vol.11, No.12, p.1301A-1301A, 1956
[2] E. Fukada et al., J.Phys. Soc. Japan, Vol.10, No.6, p.722, 1971.
[3] E. Fukada, Rept. Prog. Polym. Phys. Jpn., Vol.34 p.269-272, 1991
[4] 川瀬将義,人間拡張:Augmented Human ~人間の能力を拡張する期待の技術~,みずほ情報総研レポート,vol. 20,2020
[5] 内野研二,圧電/電歪アクチュエータ -基礎から応用まで-,森北出版株式会社,p.82, 1986.
[6] 西巻正郎,改版 電気音響振動学,株式会社コロナ社,p.165, 1978.
[7] 中嶋宇史他,第40 回強誘電体会議(FMA40),2023.
[8] 大久保則男他,音講論(秋),1-R-19,2024

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