2024/10
No.166
1. 巻頭言 2. 深田先生を偲んで 3. inter-noise 2024 4. 補聴器「リオネット2シリーズ」

 
  なぜ響き過ぎの空間が多いのか


  理事/ 建築音響研究室 室長  杉 江   聡

 学生の頃は感じなかったが、小林理学研究所に入所した頃から、居酒屋や駅の構内等で、なんでこんなにも話しづらい、聞きづらい場所があるものかということに気付くようになった。それは、騒音が大きいこともあるが、響き過ぎていることにもよる。一般の人は、学生だった私同様に「響き過ぎ」の意味はわからないかもしれないし、そもそも室内における「音の響き」という意味が、音響専門家がいう「残響」とは違うのではないだろうか。テレビやインターネットで語られることを見聞きすると、おそらく「音が響く」は、大きな音がするというイメージのように感じる。そこで、響きの意味をインターネットの辞書で調べて見ると、物理的な現象の意味として、音の広がり、反響(反射)、余韻、残響(鐘の響き等)、振動等と記載されているが、専門家が使う意味は掲載されていないことに驚く。

 さらに、私が高校のときに教わっていた物理の教科書を調べてみた。「音波」という単元は、320 ページ中14 ページであった。その内容は「音の高さ、強さ、音色」、「回折」、「干渉」、「共鳴」、「うなり」及び「ドップラー効果」であり、「反射」の記述さえない。大学受験において反射音を扱う問題が出題されるので、記述がないからといって、習っていない訳ではないと思うが、少なくとも高校物理の授業では「響き」は習わなかったようである。したがって、専門家ではない一般の人が、室内音響でいう「響き」の概念を正しく理解していないのは仕方がないことと思うし、「響き」に無頓着な空間がこんなにも多く存在するのも頷ける。一方、一般の人でも、この「響き」を経験的に理解していると思われる場面は多くあり、救われた思いになる。例えば、初学者対象の講習会で、「大きな空間と狭い空間では、どちらの響きが長いですか?」と質問すると、ほぼ全員の受講者が大きな空間と回答する。

 おそらく、当時(今でも同じかもしれないが)の高校物理では、音波は波動現象のひとつとして捉えているのだと思う。しかし、波動現象にも高校で習う力学、熱力学や電磁気学と同様に「エネルギ」という概念が当然ある。例えば、室内でスピーカから音を発生させた場合、時間の経過と伴に一瞬大きくなるが、ある一定の値で落ち着く。これは、音が空気中を伝搬する過程で、かつ壁、床、天井で反射された際に、音響エネルギが減衰し、それと室内に入力される音響エネルギとでバランスするからである。当然、音を切れば、室内の音響エネルギは減衰し続ける(徐々に音が小さくなっていく)、この減衰過程が残響である。この残響は、吸音材を用いればコントロール可能である。吸音材というと簡単には手に入らないと思うかもしれないが、カーテンやクッション等のふわふわしたもので、通気性があれば、ほとんどものが吸音材である。意外に簡単に残響を短くすることができるのである。もし「この部屋、少しうるさいなぁ」と思ったら、クッション、ぬいぐるみ等を置いてみるのはどうだろうか。少しは話しやすい、落ち着いた空間が手に入るに違いない。

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