2024/ 1
No.1631. 巻頭言 2. 101 歳の物理学者の回想 3. 19th International Symposium on Electret(lSE19)会議報告 4. 自身の聞こえに関する「気付き」を促進するための「聞こえチェッカー」の開発
5. 携帯ワイヤーレコーダ
携帯ワイヤーレコーダ ─ 追跡 謎の珍品 ─
事務室 倉 益 真 一「VHS のビデオテープカセットほどの大きさの片端に録音ワイヤーの巻かれた二つのリールとヘッドが見える。年代、メーカともに不明。単三電池が4本使われている。どなたかこの携帯用ワイヤーレコーダの素性をご存じではあるまいか」。20年以上前になるが、山下充康前理事長が本紙に上の文章と図1を掲載して情報提供を求めたことがあった。上首尾であれば「骨董品シリーズ」で紹介する予定だったが、結果は芳しくなかったようだ。
「年代、メーカともに不明」とあるが、本体裏面に “KOSTH MEASURING INSTRUMENT CO., LTD. TOKYO JAPAN” とあり、英名は判明している。問題はその詳細で、当時は情報がなく社名を手掛かりに調査するのは困難だった。また年代の方は、単三電池を使用することからワイヤーレコーダの時代(1940年代)とは考えにくく、オープンリールテープレコーダ全盛の1950 年代中盤以降と思われる。そんな時期になぜ敢えてワイヤーに先祖返りさせたのか?不明な点は多いが解明するまで死蔵するのは惜しいということで、不明は不明のまま本機は長く「謎の珍品」として当所博物館の記録具・録音具コーナーに展示されていた。
図1 携帯ワイヤーレコーダ リビホーン QR-101
寸法約123 × 87 × 32 mmその後、時間とともにインターネットから取得できる情報も増え、国立国会図書館デジタルコレクションからいくつか本機に関係しそうな記事を発見した。早速プリントアウトを取得したので以下に紹介する。
まず、メーカの和名は「コッス測定器株式会社」で、工業用計測機器などの開発製造を行っていた(余談だが「コッス」は創業メンバーの頭文字に由来する)。そして本機は、自社の成長のため、より大きな市場への進出を目指して1963 年に「世界最小の録音機」として発売した。なおテープではなくワイヤーを採用した理由は、長時間録音と本体の小型化を両立させるためとのこと。
これらの情報は当時の経済誌の新製品紹介からで、ワイヤーを採用するにあたっての課題である音質や切れやすさの対策については「独自の研究」「回転部の動きを精巧化」で解決したと曖昧な説明しかない。ただ、当時のテープレコーダより携帯性に優れ1時間の録音が可能、価格面も対等以上、加えて世界最小となれば話題性も十分である。記事には現在は作った端から警察関係に引き取られる、また海外からの引き合いもあり輸出も予定しているとあった[1][2] 。記事に提灯持ちの性格があるとしても、後に「謎の珍品」となる製品とは思えない。
だが、次に思わぬ文献でコッス社の名を見ることとなった。その名も「倒産の原因・成長の条件」である。
これによるとコッス社は本機量産のため新工場を建設するなど巨額の資金を投入したが、見合うほど販売が伸びず1964年に倒産したとのこと。同書はコッス社が技術偏重で販売を等閑視する傾向にあったのが原因としている[3]。優れた製品でも様々な理由で失敗製品の汚名を着ることがある。本機もその不幸な一例であったようだ。
景気の悪い話となったので、最後に海外のレコーダ愛好家フォーラムで見つけた書き込みを紹介したい。匿名のため真偽は不明だが、本機は「秘密情報機関の誰もが使用していた」とのこと。「予定」とあった海外輸出は実現していたことになる。会社倒産という結果を招いたものの、製品自体は一部で高く評価され相応しい活躍の場を与えられた。そう思うと多少は救われた気分になる。
参考
- 関忠果「世界最小の録音器開発 コッス測定器」財界 創刊10 周年第二記念11(16), 1963.09
- 「話題の製品 コッス測定器」週刊日本経済16(30)(610), 1963.07
- 金井澄雄「倒産の原因・成長の条件」ダイヤモンド社, 1964