2024/ 1
No.1631. 巻頭言 2. 101 歳の物理学者の回想 3. 19th International Symposium on Electret(lSE19)会議報告 4. 自身の聞こえに関する「気付き」を促進するための「聞こえチェッカー」の開発
5. 携帯ワイヤーレコーダ
101 歳の物理学者の回想
名誉研究員 深 田 栄 一私は1944 年に東京大学物理学科を卒業し、音響学の教授だった佐藤孝二先生のお世話で小林理学研究所に入所した。岡 小天先生に高分子物理の分野を、河合平司先生に音響学の分野を指導していただいた。太平洋戦争がまだ終わっていなかったので、三鷹の高射砲陣地に召集されたが幸いに終戦を迎えた。
私の初めの研究課題は、楽器に使われる木材の音響的性質であった。高い弾性率と低い振動損失が望ましいというのが結論であった。1953年に、ロシアで木材の圧電性が発見されたが、英国では疑問視されたというニュースがはいった。木材の成分であるセルロースは結晶性であり圧電性を持つ可能性がある。河合先生のご指導を受けながら、木材の圧電正効果と逆効果の実験装置を組み立て、両方の装置で得られる圧電率が一致することを確かめた。これが私のその後の圧電研究の出発点となった。そのあと、絹糸、麻糸、羊毛、頭髪、クジラのひげなど、結晶性の繊維にはすべて圧電効果を観測することができた。
1956年に、京都府立大学整形外科の保田岩夫先生が小林理研を訪ねて来られた。保田先生は1953年に京都医学会雑誌4巻9号に骨折治療に関する基礎的諸問題という論文を発表して、その中で骨の圧電気現象と共に電流や圧力による仮骨成長について述べておられた。直ちに共同研究が発足し、私は木材の時と同様に骨の逆圧電効果の実験を開始した。骨の正圧電から得られた圧電率と、逆圧電から得られた圧電率は見事に一致した。1957 年に、私と保田先生の共著で、骨の圧電気の論文を日本物理学会の英文誌に発表した。
その頃、米国のNew York大学物理学科の Prof. Shamosと、New York 州立大学整形外科の Prof. Lavine が骨の圧電現象の研究を開始し、1965 年に私を客員教授に招いてくれた。私の滞米中に保田先生もNew Yorkに来られ、Rockfeller Institute で講演された。保田先生の大きな功績は、骨の圧電のみならず、電流が骨を成長させる電気的仮骨成長の発見である。兎の大腿骨の両端の間に 1 Volt の電池と 1 Megohm の抵抗をつないでおくと、陰極から陽極に向かって仮骨が成長するX線写真は有名である。
Prof. Iwao Yasuda (Kyoto Prefectural Univ. Med.)Table 1 に示すように、その後の研究によって、生体高分子のおそらくすべてに、圧電性が存在することが明らかになった。1969 年に、河合平司先生が合成高分子である PVDF(Polyvinyliden Fluoride)に圧電性を発見されたのは、画期的な研究であった。
PVDFは、すでにスマートフォン、超音波機器、ロボットなどで応用が進んでいるが、PLLA(Poly-L-lactic acid)などの生体親和性の良い圧電高分子も研究が進んでいる。現在魅力的な研究は圧電高分子の工業的応用と並んで医学的応用であると思われる。
Table 1
Piezoelectric Biopolymers -d14(pC/N) 1955 Cellulose (Wood, Ramie) 0.1 1956 Silk Fibroin 0.3 1957 Collagen (Bone, Tendon) 0.2-2.0 1969 Blood Vessel Walls 0.1 1970 Myosin, Actin (Muscle) 0.1 1972 Deoxyribonucleate(DNA) 0.01 (-100℃) Membrane Protein 2002 Prestin (Outer Hair Cell) Wada 1000 2021 ba3 Cytochrome c Oxidase Tofail 0.3 整形外科の分野では、骨の圧電気を利用して骨折の治療を行う方法が、すでに半世紀前から行われてきた。骨折部の周りにコイルを巻いてパルス電流を流すBassettの方法、交流電流を流すBrighton の方法、超音波刺激のDuarte の方法があるが、骨折部に超音波を当てて、骨の中のコラーゲンから出る圧電流で骨細胞を刺激する方法が製品化されて広く使用されている。骨折の治療期間が半減するといわれている。
これは、骨折部の骨のコラーゲンの圧電気による電流を利用するものであるが、合成した高分子材料を直接骨折部に挿入してその圧電流を細胞増殖に利用するアイデアがある。このアイデアは、筆者が20 年間にわたって共同研究を行ってきた東京医科大学の正岡利紀先生と、山形大学でPVDF の単結晶を作られた表 研次博士との討論による未発表のものである。
最近の合成圧電高分子材料には実にさまざまのものがある。例えばインドの大学で行われている、卵の殻やレモンの皮の薄膜をPVDFと組み合わせた膜、あるいは、圧電セラミックのPZT と高分子膜の融合など、生体分子に圧電気刺激を与える薬品が開発されている感じがある。骨折治療に超音波を使う研究は、整形外科のみではなく、他の分野にも広がっている。虚心症の血管再生や認知症の神経回復にも超音波刺激が有効である。血管の場合には、エラスチンが圧電性を持つので骨のコラーゲンと同様に、細胞増殖に圧電流が効くと考えられる。
生体高分子と合成高分子の圧電性に関する研究は小林理研で1955~1969年に始まった。その後2000年頃からこの分野の研究論文が世界中で急速に増加した。欧米は勿論であるが中国での研究が目覚ましい。圧電高分子の医学的応用に最初に成功するのは中国ではないかと感じている。
2001年から2年間チェコの Dr. Pavel Mokryが日本政府留学生として、小林理研に滞在した。伊達宗弘博士が発明した遮音回路の理論解析に成功した。2004 年、Mokryさんの母校の Liberec の大学で誘電体に関する国際会議があった。その時、骨の圧電気に関する講演をする人がいた。アイルランドの Univ. of Limrick のDr. Tofail であった。骨の圧電気は、コラーゲンの結晶性によるものとされていたが、Dr. Tofail はイスラエルの Prof. Lang の協力も得て骨の他の成分ハイドロオキシアパタイトの圧電性の証明にも成功した。Bangradesh 出身の国際的に活発な研究者である。現在は Limrick 大学の物理学科の主任教授をしている。彼は2006 年以来、3回も Limrick 大学での国際会議に私を招待し、生体高分子の圧電性の新しい研究の討論をした。また彼も日本の学会への訪問を繰り返した。
Prof. Pavel Mokry (Technical Univ. of Liberec)2013 年の3月にアイルランドの University College Doublin の Dr. Rodrigues が Electromechanics の Workshop を開き、私の誕生日に記念講演を依頼してくれた。これは大変な名誉であった。コラーゲンの圧電マトリックスの測定が行われていた。装置は最近米国で Dr. Kalinin と Dr. Rodrigues らによって開発されたミクロの測定ができる圧電応答顕微鏡であった。1957 年保田先生と共に発表した圧電マトリックスと形は同じであるが、ミクロの絶対値はかなり大きかった。最近の Mokry さんからのメールによると、ヨーロッパでの国際会議の席上で、Prof. Tofail の講演があり、私のことを Father of Bio-piezoelectricity と呼んでくれたそうである。人生の最後に無上の光栄を得た。
右側がProf. Tofailドイツの Researchgate という会社は、新しい研究論文の最後にある引用文献の著者に、その新しい論文を知らせるというサービスを行っている。研究者にとって非常に有難い事業である。最近の Researchgate の統計によると、私の名前が著者の中にある論文を引用した論文の総数が9000台の終わりに近づいたそうである。これは研究者として最大の喜びである。大勢の共同研究者とご指導をいただいた多くの諸先生に心から感謝をささげる。