1.はじめに
圧電物性デバイス研究室は、圧電性高分子について圧電性、誘電性や弾性など圧電機構の解明を目的とした物
性研究と、音や振動を検出するためのデバイス研究を研究対象としている。本稿では、これらを融合した研究例
として多孔質プロピレン(C-PP)エレクトレットの圧電性と振動検出デバイスについて紹介する。
2.C-PP エレクトレットの圧電性
圧電性高分子は、電気エネルギーと機械エネルギーを互いに変換する性質を有し、加速度センサーや超音波トランスデューサーなどに応用されている。高分子の圧電性は、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)を代表とする永久双極子を有する一部の高分子にみられる。図1に示すように、PVDF では多数の炭素(C)が配列した鎖分子に、水素(H)とフッ素(F)による永久双極子が平行に配列し、さらに分子が平行に配列した結晶を形成する。その結果、結晶中では電気双極子が一方向に配列し圧電性を生じる[1]。
一方、C-PP は永久双極子を持たず、それ自身に圧電性はない。図2に示すように、コロナ放電を行うことでC-PP は個々の空孔に電荷を保持したエレクトレットになり、空孔に分極を形成する。空孔の形状を扁平とすることで、フィルムが厚み伸縮すると空孔の厚みが増減し、それに伴い空孔に形成された分極も増減する。この分極変化によりC-PP は圧電性を示す。
表1にC-PP エレクトレットとPVDF について、圧電共鳴で求めた厚み伸縮の電気機械結合係数
k33、圧電応力定数
e33、弾性率
c33、
e33 と
c33の比から導出した見かけの圧電歪定数
d33a を示す[2], [3]。ここで、添え字の33 はフィルムの厚み伸縮を示す。C-PP の
k33 は0.1 でPVDFの半分である。一定の歪を与えたときの圧電率
e33 は、C-PP では正、PVDF では負となる。絶対値を比較すると、C-PP はPVDF の500 分の1 しか示さない。しかしながら、C-PP の弾性率がPVDF の約1 万分の1 と非常に柔らかく、それぞれに同じ力を与えるとC-PP の厚さ歪みはPVDF の30 倍大きい。従って、一定の力を加えたときの圧電率
d33a は、C-PP では正となり、絶対値をPVDF の値と比較すると30 倍に達する。
表1 C-PP エレクトレットとPVDF の厚み伸縮による
電気機械結合係数、圧電率および弾性率
| C-PP エレクトレット | PVDF |
電気機械結合係数 k33 | 0.1 | 0.2 |
圧電応力定数 e33 (mC/m2) | 0.24 | -110 |
弾性率 c33 (Pa) | 540 × 103 | 8 × 109 |
圧電歪み定数 d33a (pC/N) | 440 | -14 |
3.C-PP エレクトレットセンサー
前報ではC-PPエレクトレットを用いたアコースティック/クラシックギター用センサーの開発について紹介した[4]。ここでは、C-PP センサーの時間特性および周波数特性について紹介する。図3にギター音色の一例として、第3(G3)弦を13 フレット(G#4, 415 Hz)で押さえ、撥弦後のA特性音圧レベルLpA周波数特性の時間変化を示す[4]。(A)は金属弦、(B)はナイロン弦、(C)はフロロカーボン(PVDF)弦の結果である。図中n は次数を示す。いずれの弦も撥弦直後のLpA は415 Hz の基本波(n = 1)とその整数倍の周波数成分で構成される。金属弦のLpAは主に1次から8次成分で構成され、撥弦後1秒までは9、10次成分も含まれる。一方、ナイロン弦とフロロカーボン弦ではLpAは4次以上で著しい時間減衰を示し、主に1次から3次成分で構成される。これらの弦では、LpAの減衰時間は、10次成分では30ミリ秒と極めて短くなる。従って、ギター用センサーには、高次成分まで検出できる広い周波数特性と速い時間減衰を再現する時間特性も求められる。
図3 第3弦13 フレット撥弦後のA 特性音圧レベルLpA 周波数特性の時間変化
ギター弦は、弦の振動がサドルを介して響板に伝搬するようにギターボディーとブリッジピンで固定される。一般に、ギター用センサーはサドルと響板の間に挟むか響板の裏に貼られる。ここでは後者を想定し、センサーの時間応答および周波数応答を評価した。図4に示すように響板の裏側にセンサーを貼り、小型インパクトハンマーでサドルに衝撃力を与え、出力信号の時間応答と周波数応答を比較した[2]。ここでは、小型加速度ピックアップ、C-PP センサー、従来用いられる圧電セラミックセンサーを比較した。C-PP センサーと圧電セラミックセンサーに接続したプリアンプは同一のものとした。響板にセンサーを設ける場合、響板の振動に影響を与えないようにセンサーは柔軟かつ軽量でなければならない。小型ピックアップとC-PP センサーは直接響板に両面テープで張り付けたが、圧電セラミックセンサーは、響板の振動モードに影響を与えないようにフェルトを介して響板に貼り付けた。
図4 圧電センサーの時間応答、周波数応答の測定方法
図5に各センサーの時間応答を比較する。(A)に示す響板の振動加速度は、打撃後10ミリ秒でほぼ収束した。(B)に示すC-PPセンサーの出力信号も同様に10ミリ秒でほぼ収束し、響板の振動加速度の時間変化と対応した。(C)に示す圧電セラミックセンサーはC-PPセンサーの10 倍の出力電圧が得られたが、出力信号の時間減衰が響板の振動減衰の倍以上の時間を要した。
図5に示した波形の周波数特性を図6に示す。(A)は 1×10
-5 m/s
2を基準値とした振動加速度レベル
LvA、(B)および(C)は1 mV を基準としたプリアンプ出力レベル値である。(A)より響板の
LpA は200 Hz にピークを示し、さらに10 kHzにわたる周波数成分が観測された。(B)に示すC-PP の出力レベルは、
LvA で200 Hz にみられたピークは示されなかったが、400 Hz以上では
LvAとほぼ一致した。(C)に示す圧電セラミックセンサーの出力レベルは、(A)に示した
LvAと異なる周波数特性を示し、200 Hz のピークは観測されたが、高周波になるにつれて感度が低下する傾向を示した。
以上のように、C-PPセンサーはC-PPの柔らかさと軽さのため、直接響板に貼り付けることができる軽量かつ柔軟なセンサーであり、時間応答、周波数応答ともに響板の特性を反映する結果を示した。
4.おわりに
本稿では、圧電高分子に関する物性研究と応用研究を複合した研究例としてC-PPエレクトレットの圧電性と振動検出デバイスについて紹介した。本来、圧電性高分子は永久双極子を有する一部の高分子にみられる性質である。C-PP 自身には圧電性はないが、コロナ放電により個々の空孔に分極を形成し、厚み伸縮に対して圧電性を示す。C-PPを用いた振動検出センサーは、多孔質シート由来の軽量、柔軟性のため、振動に影響を与えることなく対象物に直接貼ることができる。ここで紹介したギター用センサーでは、衝撃力を与えたとき時間特性、周波数特性は、いずれも響板の振動特性に類似した結果となった。すなわち、C-PP センサーはギター響板の振動を忠実に電気信号へ変換するセンサーであることが示された。
参考文献
- 古川猛夫,「圧電ポリマー研究の話」小林理研ニュース,No. 148, 2020 年4 月
- H. Kodama et al., “Piezo-electret Vibration Sensors Designed for Acoustic-Electric Guitars”, IEEE Trans. Dieltr. Electr. Insul., Vol 27, pp. 1675-1682 (2020).
- H. Kodama et al.“, Piezoelectric resonance and electro- mechanical relaxation in uniaxially-drawn and poled of polyvinylidene fluoride”, Proceedings of 16th International Symposium on Electrets, Leuven, Belgium, 2017.
- 児玉秀和,「楽器用高分子センサー開発と誘電測定」 小林理研ニュース,No. 145, 2019 年7 月.
- H. Kodama et al., “Attenuation characteristics of tones and vibrations in guitars with nylon, fluorocarbon, and phosphor bronze strings pressed down against fret”, Acoust. Sci. & Tech., Vol. 44, pp. 218-229 (2023).
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