2023/ 7
No.161
1. 巻頭言 2. 多孔質プロピレン(C-PP)エレクトレットの圧電性と振動検出デバイス 3. 肩掛式録音再生機
4. 小型低周波マイクロホン

 
  AI 時代における小林理研  


  監 事  山 田 一 郎

 今年の夏、騒音の国際会議インターノイズ(Inter-Noise 2023)が 12 年ぶりにわが国で開催されます1)。開催地は千葉県の幕張メッセで、日本騒音制御工学会と日本音響学会の共催で8月20 ~ 23 日に開催されます。

 インターノイズは騒音制御に携わる世界の学会等を会員とする 国際騒音制御工学会(I-INCE)が主催する国際会議で毎年異なる国や地域で開催され、多数の参加者が一堂に会して議題を討議し交流を図る貴重な機会となっています。インターノイズの設立や開催の経緯は、当所の山本貢平理事長が小林理研ニュース No. 154 で紹介されています2)。日本での開催は今回で4回目となります。ここ3年間のインターノイズの開催は2020 年春に始まった新型コロナパンデミックの影響を受け、2020 年と2021 年はインターネット上のオンライン開催、2022 年は会場参加とオンライン参加のハイブリッド開催で行われました。今年は感染の収束を受けて会場参加を中心に一部オンラインのハイブリッド開催で実施される予定です。すでに講演論文の投稿も締め切られ、例年に劣らぬ数の講演と参加者が見込まれており、活気のある会議になると思います。今回の会議テーマは“Quieter Society with Diversity & Inclusion” で、テーマに沿ったセッションも用意されるようです。当所の研究員も多数講演を申し込み、開催準備に協力しています。参加検討中の皆様には会議のホームページをご覧になり、奮ってお申し込みいただきたいと思います。

 さて、インターノイズで討議する議題には騒音・振動に関わるあらゆる話題が包含され、最近では20 近くもの技術分野に分け、100を超える数の技術セッションを設けて講演が募集されています。中には長年続くセッションもありますが、年々の会議テーマに沿ったセッション、研究動向や時代のニーズに合せ設けられるセッションもあります。しかし、用意したセッションの枠組みに合わなかったり投稿者の選択によったりして複数のセッションにまたがって講演投稿される議題も少なくありません。昨年のInter-Noise 2022 を例に取って、その会議テーマ“Noise Control in a More Sustainable Future”に関する議題を論じる講演を調べてみました。すると、これをテーマとするセッションはありませんでしたが、sustainableという用語を題目や要旨に含む講演は19 件もありました。sustainability と深く関連しInter-Noise 2023 の会議テーマのキーワードでもあるdiversityやinclusionを含む講演の数も14件ありました。さらに一年前のInter-Noise 2021は、第50回という節目の年の開催で“Next 50 years of noise control”が会議テーマでしたが、これらのキーワードに当てはまる論文は各々14件と4件でした。しかし、もう一年遡ったInter-Noise 2020 では0件/ 0件でした。SDGs への取り組みは2015年に国連総会で採択されて始まったものですが、騒音制御の世界に波及し始めたのが2021 年の頃だったのかもしれません。今年の会議ではどうなるでしょうか。

 昨今、自然言語処理のチャット型 AIの、ChatGPTや Microsoft Bing が大きな話題となっています。そこで、AI(artificial intelligence)および、それと関わりの深い機械学習に関係する講演がどの程度あるかを Sustainabilityと同じように件数の推移でみてみました。artificial intelligence やmachine learning、deep learning、convolutional neural network といったキーワードを題目や要旨に含む講演論文の数を調べてみたということです。その結果、様々なセッションにまたがって講演があり、2022 年24 件、2021 年34 件、2020 年22 件でした。2021 年が多かったのはartificial intelligence をテーマとする企画セッションが設けられたことも寄与したかと思いますが、Sustainability より早くから同程度以上の講演件数があり注目に値します。今年の会議ではこれらのキーワードをテーマに含むセッションは “Artificial Intelligence & Machine Learning on Soundscape”だけですが、様々な分野の講演論文の合計はどれくらいになるでしょうか。

 AIに関係するホットな話題といえば名人戦を制して史上最年少名人になり、同時にタイトル七冠制覇という偉業を達成した藤井聡太新名人とChat-AI でしょうか。将棋では2017年のAI ソフトとプロ棋士の対決で、AI が現役名人に勝利してAIが人を超えたと云われるようになりました。今では多くのプロ棋士がAIソフトで勉強しているそうです。藤井名人も例外ではないようです。しかし、新名人の凄いのはその読みがAIを超える時があるとみられることのようです。将棋ソフトの開発者が次のように語っています3):「AIは凡退しないが、全打席本塁打を打てるわけでもない。AIが二塁打止まりの時、人間が本塁打を放てばAI超えとなる。一手一手の局面では読みがすごいとAI 超えの局面は生まれやすくなる。ただAI は平均値としてミスが少ないので一局を通じるとやはりAIに分がある。AI超えとは逆に解説の棋士が人間には指せないと話す一手を藤井名人が指す。そうした複雑な局面は事前研究の範囲から抜けているはずだが、そこでそんな手が指せるのは、やはり読みの力と大局観なのだと思う。」別の雑誌記事で羽生善治元名人も語っています4) :「AI が何百万、何千万局も指している中で……人間が一生でできる将棋はたかが知れている…… AIの枠組みとその外側のAIが評価しないところとの『間の場所』が絶対にあるはずだ……人間だから見つけられてAIは見つけられない場所が。人間の死角の方が遥かに大きいけどAIにも死角がある。その場所を見つけられたらいいな」。

 人はAIを使って経験を積んで進歩するけれど、AIに勝つにはAIの常識を超えていくことが必要ということでしょうか。しかし、AI はその経過すらも新たな糧としてさらに進化すると思います。人とAIが共に努力し、共に進化していくことが理想なのかもしれません。

 Chat型AI についてもうひと言書きたいと思います。ある論文を読んでいるときにYOLO という用語を見つけました。「養老?変な用語だな」と思い、Chat型AIのBing に「YOLOってなに」と質問すると、次の答えが返ってきました:『こんにちは、Bing です。YOLO とはコンピュータが画像中の物体を検出するときに使われる代表的なアルゴリズムのことです。YOLO という名前は You Only Look Once. という英文の頭文字をつなげて作った造語で日本語に翻訳すると一度見るだけで良いという意味になります。YOLO の特徴は画像を一度だけ見るだけで物体の種類や位置を高速かつ高精度に判断できることです。YOLO に興味がありますか?』、と逆に質問されてしまいました。YOLO などのアルゴリズムは騒音や振動の研究でも使われているようです。こうした技術は今後、どのようなインパクトをインターノイズにもたらしていくでしょうか。楽しみです。

 まとまりのない雑文を長々と書き連ねてしまいました。コロナパンデミックもようやく収まってきたようです。パンデミックで人の交流や交通、経済が停滞しオリンピックも延期になりました。パンデミックを通して活動様式も一変しました。オンラインでの会議は当たり前、テレワークだって身近なものになりました。一方、地球温暖化が進み気象変動にも著しいものがあって持続可能な発展に舵を切ることが求められています。さらに最近ではChatGPT やBing などの対話型AI がごく手軽に利用できるツールになりました。こうした出来事や科学技術の進歩変遷が騒音の国際会議に反映されています。「物理学の基礎と応用を研究し社会に貢献する」ことを研究の基本方針とする小林理研の活動はどのように進められていくでしょうか。

文献

  1. Inter-Noise 2023 のホームページ
  2. 山本貢平、第50 回を迎えたinter-noise、小林理研ニュース No.154 巻頭言 (2021/10)
  3. 藤井聡太名人、最強AI開発者が見た強さの理由 期待高まる藤井定跡、
    朝日新聞デジタル2023 年6 月2 日 14 時00 分
  4. Number 1060号、ロングインタビュー羽生善治「来るべき、小さな光」(2022 年10 月6 日)

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