2014/4
No.124
1. 巻頭言 2. シリコンエレクトレットマイクロホンの温度特性 3. 鈴 4. パワータイプの防水型補聴器HB-W1RA
   

      <研究紹介>
 シリコンエレクトレットマイクロホンの温度特性


圧電物性デバイス研究室  安 野 功 修

1.まえがき
 マイクロホンの小型化、高性能化、高信頼性の実現のためにMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)を応用した研究が進められ、通信用途から車載、医療、セ キュリティといった分野にまで用途が拡大されてきた。
 しかし、その評価方法はIEC 60268-4, JIS C 5502 等 に規定されているような基本性能に限定される。幅広い用途での使用に耐えるロバスト性、安定性を確保するた めには、デバイス設計時の温度特性評価は必須のものになる。先行研究では、E. Frederiksen(B&K)等が計測用マイクロホンにおいて、金属振動板にすることで感度 温度係数−0.0083 dB/℃ を実現している。当時のエレクトレットコンデンサマイクロホン(以降ECM)は、一般市場用途で感度温度係数 +0.0583 dB/℃ であった[1]。 本報では、最近のシリコンECM を例に、感度及び振動膜の温度特性測定について紹介する。

2 . マイクロホンの温度特性
 携帯電話用途で爆発的な生産量を達成したECMの温度特性は、振動膜とインピーダンス変換器の温度特性が支配的であることを検証した[2]

2-1 感度の温度特性
 コンデンサマイクロホンのスティフネス駆動領域(振動板共振周波数以下の)での感度S は、

で示される。(2-1)式より、使用環境で温度に影響されるパラメータの主要因は振動膜等価スティフネスsdであり、背気室スティフネスsbは音速及び空気密度の温度特 性で変化することが考えられるがほとんど一定である。 ここでは振動膜等価スティフネスsdの温度特性を評価する方法として、温度変化に対する真空中での振動膜共振周波数f0 の測定を行う。

2-2 共振周波数測定方法
 マイクロホンの共振周波数は、真空槽内に被測定マイクロホンを設置し、外部発振器でFET の内部寄生容量を介してコンデンサマイクロホンに交流信号(100 mV)を印加する。この交流信号により振動膜の変位が最大になる(出力が最大になる)周波数を測定する。測定回路及び低温時の測定例を図1に示す。

図1 Circuit for measuring resonance frequency (Left)    
Low temperature measurement scenery (Right)

 

2-3 振動膜の温度特性
 シリコン振動膜の温度変化による共振周波数応答を導出する。方形振動膜が常温(25 ℃)で一様な張力を受けている場合、自由振動の等式より次の関係が導出される[3]。

 ただし、T は振動膜の張力(N/m)、ρ0 は振動膜の面密度、R は振動膜の一辺である。
 次に、張力T と振動膜に加わる応力F の関係は、


となり、振動膜に加わる力F とヤング率Y(引張弾性率)の関係は、

 


 ただし、h は振動膜の厚さ、l0:振動膜の元の長さ、 Δ lT によって引っ張られている長さである。
 方形振動膜の基本共振周波数は式(2-2)及び(2-4)より導かれ、

 また、振動膜の常温時での全長l は、

 ここで、振動膜が温度変化によって伸縮すると仮定すると式(2-4)は、

 

 ただし、Ftemp:温度変化による応力、t:常温から上昇した温度、δは1℃あたりの伸縮量である。
 t [℃]での方形振動板の基本共振周波数f0 temp は、                 

 共振周波数の温度特性は式(2-5)及び(2-8)より求める。                 

 ここでρは振動板の密度、k( =δ/l0 )は熱膨張係数である。
 上記のように常温での共振周波数が測定できれば、 t [℃]での共振周波数は計算できる。振動膜等価スティフネスsd は真空中の振動膜共振周波数f0 より、

 から求めた。ここでmd は振動膜等価質量である。図2に振動膜等価スティフネスの温度特性の例を示す。

図2 Temperature characteristics of diaphragm stiffness

2-4 感度周波数特性の温度特性測定
 マイクロホンの温度特性を測定するために、音源及び基準マイクロホンは室温のままで測定できるシステムを図3に示す。被測定マイクロホンは −10 ℃〜 +80 ℃ まで温度制御できる治具上に設置し、基準マイクロホンは近傍で室温状態に保持する。基準マイクロホンでスピーカ特性を測定し(A)、同時に被測定マイクロホン でスピーカ特性を測定する(B)。マイクロホンの感度周波数特性は(B)/(A)を計算して求める。
 シリコンECMの感度周波数特性及び感度(1 kHz)の温度特性を図4 , 5に示す。感度周波数特性の中音域までの小さな変動は、実験室内の周囲雑音によるものと推定する。

図3 Jig for measuring temperature characteristics of sensitivity frequency characteristics

図4 Temperature characteristics of a silicon ECM

図5 Temperature coefficient with a sensitivity of 1 kHz

3.温度特性決定パラメータ
3-1 振動膜総合コンプライアンス
 (2-1) 式に示すように、マイクロホンの背気室容積のスティフネスsbと振動膜等価スティフネスsdの統合され た振動膜総合コンプライアンスが感度を決定する。しかし、試作したシリコンECM では背気室容積の等価スティフネスは振動膜等価スティフネスに比較して非常に小さいため、図2の振動膜等価スティフネスsdの変化のみで感度換算し、結果を図6に示す。 

図6 Temperature characteristics of a diaphragm compliance


3-2 インピーダンス変換器の温度特性
 コンデンサマイクロホンのインピーダンス変換器は、 FET をソースフォロア回路で使用するのが一般的であり、使用したFET のGain 温度特性を図7に示す。

図7 Temperature coefficient with a gain of FET at 1 kHz

4.まとめ
 以上マイクロホンの温度特性測定方法と、シリコン ECM の実測例を紹介した。
(1) シリコンECM試作品の振動膜等価スティフネスの温度係数(+0.0044 dB/℃)は、Gain の温度係数(−0.0032 dB/℃)でほぼ相殺される。
(2) シリコンECM 試作品、一般ECM、1/4inch 計測用マイクロホンの3種の感度温度係数を測定し比較した。 図8に示すように、シリコンECM 試作品は1/4 inch 計測用マイクロホンより著しく改善した値を実現した。

図8 Temperature coefficient comparison of various microphones

5.おわりに
 ECM は、一般市場用途に準じて技術、量産工法が発展してきたが、MEMS工法を応用したシリコンECMではさらなる性能向上、ロバスト化の可能性がある。今後 は用途拡大に、この温度特性評価法が広く応用されることを期待する。

参考文献
[1] E.Frederiksen, N.Eirbyand, H.Mathiasen, “Prepolarized  Condenser Microphones for Measurement Purposes,” Noise & Vibration Control worldwide, 88-96,Mar.1980.
[2] Y.Yasuno, J.Ohga, “Temperature characteristics of electret condenser microphones,” Acoust. Sci.& Tech. 27,  216-224, April 2006.
[3] Y.Yasuno, “Temperature Characteristics of Electret Silicon Microphones”, POMA, Vol.9, 030002, April 2010.

 

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