2008/1
No.99
1. 巻頭言 2. ICA 2007 3. 超大型低音用ハーモニカ

4. 第30回ピエゾサロン

  5. 環境騒音観測装置 NA-37
 
 第30回ピエゾサロン

顧 問  深 田 栄 一

 2007年6月1日に小林理研で第30回ピエゾサロンが開催された。Pennsylvania State University, U.S.A.のProf. Qiming Zhang による“Electroactive Polymers and Their Applications”の講演と、Technical University of Liberec, Czech Republic の Prof. Pavel Mokry による“Vibration Control Using Piezoelectric Actuators”の講演の二つが行われた。

 第1部は、電気活性高分子とその応用についてのZhang教授の最近の活発な研究の展望であった。Zhang 教授の有名な研究は、vinylidene fluoride (VDF) と trifluoroethylene (TrFE)の共重合体に電子線照射をすると、7%という大きな電歪が得られるという発見であった。電歪(Electrostriction)は電界Eの下で、Eの自乗に比例して歪みを生ずることである。PVDFでは、電気破壊を起こさずに得られる歪みは1%程度であるが、電子線照射したP(VDF/TrFE)では最大の歪みが7%に達する。

 PVDFは強誘電体であり、キュリー温度Tcを持つ。誘電率は温度の増加とともに増大し、Tcで最大値を示した後急激に減少する。ところが、電子線照射P(VDF/TrFE)では、誘電率は温度の増加に対し、緩やかな増加減少の曲線を示し、極大の温度は測定振動数とともに高温度にずれる(図1-1の右図)。これは強誘電レラクサーの挙動である。また、PVDFでは電界と分極の間にヒステレシスが観測されるが、電子線照射P(VDF/TrFE)では図1-1の左図赤い曲線で示されたように、ほとんどヒステレシスは観測されない。
図1-1 ヒステレシスの消失と誘電温度分散

 

 X線回折の結果から、照射とともに、極性ドメインの大きさが減少し、約2.5 nm以下では、無極性になることが結論された。電子線照射による分子の架橋や切断がドメインを分裂させ非極性化する。

 電子線照射を行う代わりに、P(VDF/TrFE)にchlorofluoroethylene (CFE)を約8%共重合させることによっても、同じような効果が現れた。CFEモノマーの大きな容積が、ランダムな欠陥の場をつくるからである。P(VDF/TrFE/CFE)66/34/8.6の三元ポリマーで、厚み方向の電歪が150 MV/mで7%に達した。

 また、室温ではその誘電率の値が50を超えた。これは高分子の室温誘電率では最高の値である。この三元ポリマーのフィルムに350 MV/mの電界を加えて、充電放電を繰り返したときの放電エネルギー密度は10 J/cm3に達した。
図1-2 PVDFユニモルフを用いるマイクロポンプ

 

 電歪の大きいポリマーは、actuator として用いることが出来るし、直流バイアス電界を付加して、圧電体として用いることもできる。図1-2は流体マイクロポンプへの応用の例である。電歪の小さいPVDFのフィルムの上にP(VDF/TrFE/CFE)の電歪の大きいフィルムを貼り付けると、電界を加えると一方向にたわむユニモルフを作ることが出来る。図1-2の中央2.2×2.2 o2の面積にユニモルフがあり、その下にノズル拡散型の流路が設置されている。ユニモルフは2 Hz, 90 MV/mで80μmの振幅で上下に動く。その結果ポンプされる流速は25μl/minに達したという。

 圧電体は機械的エネルギーを電気的エネルギーに変換することができる。PVDFの大きなフィルムを海中に設置し、波浪による発電を利用するアイデアもある。能動的エネルギー収穫(Active Energy Harvesting)と呼ばれている。周期的応力を加える際、圧電体の電気的境界条件がエネルギー収穫の能率に影響する。

 図1-3は応力付加の1サイクルを示す。T1は応力、S1は歪みを示す。W1 + W2は全体の入力機械エネルギー密度、W1 は収穫される出力電気エネルギー密度、W2は圧電体から周囲に与えられる機械エネルギー密度である。sE11は一定電界(short circuit)での弾性コンプライアンス、sE11は一定電荷(open circuit)での弾性コンプライアンスである。電気エネルギーを収穫するために理想的な条件は、応力が2から3に減少するとき、電界を加えて逆向きの歪みを与えることである。W2がゼロになれば、より大きなW1(電気エネルギー密度)を得ることが出来る。  電子線照射したP(VDF/TrFE)のフイルムを用いた高能率の電気エネルギー収穫の実験例が示された。図1-4はフィルムの延伸方向(1軸)に1 Hzの応力を加え、同時にフィルム面に直角方向(3軸)に1 Hzの電界を90度位相をずらして加えた場合の応力歪み曲線である。図1-3のW1に対応する収穫された電気エネルギー密度は39.4 mJ/cm3に達し、また変換効率k2=W1/(W1+W2) は約10%に達した。この値はPVDFの0.5%やPZTの1.5-5%に比べてずっと大きい。
図1-3 圧電体での応力−歪サイクル
図1-4 位相が90度異なる1Hzの交番応力と交流電圧を加えたときに収穫される電気エネルギーが、応力−歪みループの面積から求められる

 

 終わりに述べられたのは、vinylidene fluorideとhexafluoropropyleneの共重合体P(VDF-HFP)の圧電性に関する最近の研究であった。HFPが10%の場合にd31=43.1 pC/N, k31=0.187というPVDFの2倍に近い値が得られた。

 PVDFの分子構造に物理的化学的に欠陥を導入することによって、結晶構造と分域構造に変化を与え、電歪率や圧電率を大きく向上させるという画期的な研究であった。今後の発展が強く期待される。
図1-5  Penn. State Univ. Prof.Qiming Zhang 講演

 

 第2部は、圧電アクチュエーターによる振動制御についてのMokry博士の講演であった。Mokry博士は2001年に、日本政府奨学生として来日され、小林理学研究所で2年間研究員として滞在された。チェコに帰国後、若くして助教授に就任され、奈良で開催された強誘電結晶国際会議に出席のため再び来日された。小林理研に再び来訪されたことを心から歓迎する。

 Mokry博士の専門分野は、強誘電体結晶の分域構造に関するものであったが、その頃、小林理研では高分子圧電フィルムと負性容量回路を組み会わせた音響および振動の制御に関する研究が始まっていた。Mokry博士はこの問題に対して基本となる理論式を構築し、その後の研究の基礎を築いた。帰国後もLiberec工科大学と小林理研の間の共同研究が続いている。

 Mokry博士の講演は、まず、圧電体と負性容量回路による遮音および防振の一般理論の説明から始められたが、重点は振動伝達制御の安定化についての新しい研究であった。図2-1は、圧電セラミック積層体を用いる振動伝達率制御の原理を示す。加振台(振幅ai)の交番振動が圧電セラミック(弾性率K)を通して質量m(振幅at)に伝わる。セラミックの出力電圧Vが負性容量回路に入ると、フィードバック電圧がセラミックに加えられ、見かけの弾性率Kが無限に零に近づく。したがって振動伝達率も零に近づく。セラミックの歪みが、フィードバック電圧による同位相の歪みによって増幅されるのである。
図2-1 圧電セラミックを用いる振動制御

 

 この防振制御は、振動によってセラミックに発生する電圧と負性容量回路からのフィードバック電圧の位相が常に同じ位相でなくてはならない。回路の時間変化によって、両者の位相差が変化すると、防振効果が低下する。この問題を解決する方法が、Mokry博士の共同研究者であるTomas Sluka博士によって提案された。Sluka博士もLiberec工科大学から派遣されて、小林理研で3ヶ月間共同研究を行った。

 図2-2に示すように、セラミックに加わる力を検出するために、別の圧電セラミックセンサーを挿入した。このセンサーの出力が、負性容量回路と結合された新しい制御回路に導入される。
図2-2 時間変動を制御するため、圧電センサーと制御回路を付加する

 

 図2-3は全体の回路の構成を示す。デジタル化した新しい制御回路が、セラミックに加わる力とフィードバックされた後の歪みとの位相差が生じないように自動制御を行う。
図2-3 振動制御回路と時間変動制御回路

 

 図2-4は圧電セラミックによる振動制御の時間変化の一例を示す。負性容量回路のみを結合したとき、振動減衰率は約20 dBであったが、約6分で約10 dBに低下した。位相制御回路を付加した場合には、約20 dBのまま減衰率の変化は無かった。
図2-4 時間変動制御回路の効果

 

 圧電体と負性容量回路の結合による音響振動の伝達制御の研究は、将来の応用に向かって着実に進歩を続けている。小林理研とチェコのLiberec工科大学との共同研究が大きく結実することを願っている。
図2-5 Tech. Univ. of Liberec Prof. Mokry講演

 

 

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