2007/4
No.96
1. 研究者の倫理観考 2. 4th Joint Meeting of ASA and ASJ, inter-noise 2006報告 3. 空中聴音器

4. オープン補聴器リオネットロコ

   
      <骨董品シリーズ その62>
 空 中 聴 音 器

理事長 山 下 充 康

図1 小冊子「僕らの戦時発明」
(金藤正治編 山海堂)

 書庫の隅に奇妙な一冊の書籍があった。粗末な装丁の小冊子で、表紙には「僕らの戦時発明」と記されている。 仰々しく小林理学研究所蔵書之印が押されている。昭和19年に東京神田の出版社から発行された書物で、内容は戦時色で統一されている。「防空用遮光具」、「城壁登擧機」、「密林突破用戦車」・・・・実用に供し得るものから小学生の工作程度の粗末な発明品までが紹介されている。「はしがき」に次のような文章が書かれている。「戦争は陸に海に空に、愈々熾烈を極むるにいたりました。前線では皇軍の勇士が身も心も火の玉と化して敵機に敵艦に体当たりを敢行してゐます・・・。本書は青少年諸君の多数の発明考案の中から、特に兵器や航空機、戦時的なもののみを抜粋して、世の一般識者諸賢に訴ふると共に発明心を鼓舞し、以って偉大なる発明家出でよ、と呼びかけんとした物であります。」(図1)。太平洋戦争末期の昭和19年という時代に刊行されたこの書物に纏められている内容は、今日目にすると苦しまぎれのようでもあり痛々しささえ感じさせられる。

 

 これと同じ年に刊行された(昭和19年)1月の音響学会誌に「空中聴音機」なる記事を観ることが出来る。これも苦しまぎれで粗末なしかけの一つかもしれない。  「敵機の本土空襲といふことが單なる夢物語でなくなつた以上、我々は空の護りについて一層眞劒に考へ、且つ適切なる備へをせねばならない。(原文のまま)」という一文で始まり「空中聴音機」の性能が詳しく紹介されている。「空中聴音機」は「音響兵器」として防空に不可欠な装置でアメリカやイギリスの高射砲陣地からの戦利品の写真が掲載されている。音響学会誌の論文では両耳効果やラッパの音響感度指向性に言及している。エレクトロニクスによる通信が未発達の時代、大口径の複数のラッパを組み合わせて飛行機の飛来音を捕捉するために様々な工夫が凝らされたらしい。大きなラッパにはゴムの管が付けられて医者が使う聴診器のようにゴム管の端末を耳に挿入する。人の耳が頼りの聴音器であるから適切に爆音を捕らえるために担当兵は特別な聴覚訓練を受けたらしい。

 小林理学研究所でも陸軍の要求に応えて聴音器の研究をしていた。実物は寸法が大きいことから遺されていない。制作された聴音器の写真が残されているのでここにその幾つかを紹介させていただく。飛来する敵機の音をいち早く聴き取って、空襲警報を発令したり高射砲や探照灯によって応戦したとの記録がある。図2は軍事用の聴音器の写真である。兵士と比べると組み合わせられたラッパの寸法が大きいことが判る(図2)。写真に添えられた説明書きを図に示した(図3)。
図2 空中聴音機
図3 「空中聴音機」解説文
(図をクリックすると拡大図が開きます)

 ラッパの形状は音響研究者にとって格好の研究対象で、円錐、角錐、エキスポネンシャル、法物体、楕円体など様々な形状のラッパが試作されていた。音響学会誌で紹介されている聴音器の一つに戴頭型がある。「特定の電源も要らず眞空管も用ひず相當實用に堪える處に大いなる特長を認めて然る可きであらうと考へる。」と説明されている(図4)。
図4 戴頭型空中聴音器
(日本音響学会誌 昭和19年1月号)

 ペットの犬や猫に傷口を舐めさせないように「エリザベスカラー」という用具を首の回りに装用させることがある。厚手のプラスティックで作られた円錐形のカラーであるが、これを装着すると飼い犬や飼い猫の音に対する反応が変わってくる。おそらく戴頭型聴音器と同様でカラーによって音の聞こえ方が変化するのであろう(図5)。
図5 エリザベスカラーを着けた愛犬

 指令の音声を聴き取りやすくするために耳の後ろに大きな襟を立てることから水兵のセーラー服には大きなカラーが付いている。小さな動物の発てる微かな音を聴き取るためにふくろうの頭部はパラボラ型の聴音器になっているとのことである。音を聴き取るための工夫は様々な姿で存在しているようである。

 聴音器の写真を探していた折に、興味深い写真を見つけた。伝書鳩用の移動式鳩舎である。鳩小屋を屋根に登載したバスの姿が珍しい。エレクトロニクスが発達する以前、通信手段に伝書鳩による情報伝達が大いに利用されていたことを示す珍しい写真なので、ここに紹介させていただいた(図6)。鳩担当の兵士の頭や肩に鳩がとまっているところも愉快である。
図6 聴音器(右)と移動式鳩舎(左)
(時事写真 大正5年 1月15日号)
図7 複数のマイクロホンを組み合わせた航空機騒音自動監視装置

 空港周辺の騒音環境調査の際に道路交通騒音や地上で発せられる様々な音から航空機騒音を分離して観測する必要があることから、複数のマイクロホンを組み合わせて各マイクロホンに到来する音の位相差を利用して航空機の飛行経路、機種、騒音レベルを観測する装置が実用化されている(本紙1992年4月、No.36参照)。現代版の聴音器である(図7)。

 

 昭和19年の音響学会誌の論文に「肉耳聴音は原始的であるが故に種々の特徴と強味を持って居り、他の如何なる方法を以ってしても代替し得ない一面があるが、(中略)将来は電気的聴音(マイクロホンと電圧増幅器)に新進路を見出す可きであらう。」との記述が見られることをここに付記しておく。今日の測定装置の誕生を暗示していた記述である。

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