2006/1
No.91
1. 謹んで新年のお慶びを申し上げます

2. ブラジルでのエレクトレット国際シンポジューム

3. 1st ISMA参加および Technical University of Liberec 訪問報告 4. レイリー板の復元 5. 4chデータレコーダ DA-20
       <会議報告>
 
ブラジルでのエレクトレット国際シンポジューム

顧 問 深 田 栄 一

 2005年9月11−14日に、BrazilのSalvadorで第12回のエレクトレット国際シンポジュームが開催された。エレクトレットは永久分極をもつ誘電体のことを言うが、1920年代に江口元太郎がブラジル産のカルナウバ蝋に松脂を混ぜて、初めてエレクトレットを作ったことは有名である。現在では、小型の高分子エレクトレットマイクロホンが、携帯電話や補聴器の中に組み込まれている。
 エレクトレットの電気分極の機構や、圧電性、焦電性の応用の研究は世界的に広く注目されている。1967年Chicagoでの第1回国際シンポジュームから始まって今回は第12回になる。その間に、第4回は1978年に京都で開催され、次回は2008年に東京で予定されている。

Brazil, Salvador の大西洋の海岸
 
アフリカンブラジリアンとのダンス

 筆者の招待講演の題は"Recent Developments of Piezoelectric Polymers‐Polyurea, Odd-Nylon, Vinylidene Cyaide Copolymer, and Polylactic acid"というものであった。
 圧電高分子でもっとも有名で工業的にも利用されている材料は、小林理学研究所の河合平司博士によって発見されたPolyvinylidene Fluoride (PVDF)である。しかし、その後日本を中心として、種々の新しい圧電高分子が発見されてきた。PVDF以外の圧電高分子材料の研究について、展望をすることが課題であった1)
 Poylurea(ポリ尿素)は硬い耐熱性樹脂であるが、その薄膜を作ることが蒸着重合の方法で可能になった。二つのモノマーを真空中で同時に蒸発させ、基板上で付加重合させる。薄い膜に高電界を加えると、尿素結合の双極子が配向して、残留分極が発生し、圧電性や焦電性をもつようになる。200℃までの耐熱性があり、真空操作で製膜できる利点がある。
 奇数ナイロンは、分子鎖が水素結合で並んだ平面内で、水素結合の双極子が同じ方向に向くため、大きな残留分極を発生する。この圧電率はガラス転移温度以上で増加する。
 Vinylidene CyanideとVinylacetateの共重合体は無定形の高分子であるが、高電界を加えるとCN双極子が配向して大きな誘電分極を発生する。透明な非結晶性の圧電高分子という特色がある。
 Poly-L-lactic acid(ポリ乳酸)は高電界を加えなくても、延伸操作だけで、圧電性が現れる。不斉炭素を含むヘリックス状分子がずりの圧電性をもつからである。
 しかし、高温で高電界を加えると、残留分極を発生することも知られている。生分解性があり、環境適合性高分子としても知られている。
 最近のトピックスとしては、目の角膜に約1000pC/Nという大きな圧電率が観測された論文がある。しかもその圧電率は水分が多いほど大きくなる。角膜はコラーゲン繊維が配向した液晶状のゲルで多量の水分を含んでいる。通常は水分はその電導性のために圧電分極を打ち消すと考えられている。しかし角膜の場合は、水分中のイオンによる界面分極が働いているのではないかと想像される。
 シンポジュームで関心の多い研究は、強誘電性エレクトレットであった。代表例は、有孔性ポリプロピレンである。ポリプロピレンフィルムを二重配向させると繊維状組織の中に細長い空孔が多数発生する、このフィルムにコロナ放電を加えると、空孔の両面に正負の電荷がトラップされ、双極子を形成する。フィルムに圧力を加えると、空孔の厚さが減るために、双極子の値が変化し、電極間には大きな分極の変化が生じる。その圧電率の値は1000pC/N にも達する。また低周波の交流電界を加えると、空孔内での放電の結果、電荷の反転がおこり、見かけ上ヒステレシスカーブが観測される2)
 高分子エレクトレットマイクロホンに耐水性を与える研究も注目された。音を通すため0.1o位の孔を空けた膜の上に撥水性処理を施す。水面下1mのところに30分間マイクロホンを放置しても、特性に変化はなかったという1)
 筆者は1974年にサンパウロ大学のSao Carlos分校に数ヶ月滞在して、エレクトレットと圧電高分子の講義を行ったことがある。そのとき聴講生であった Prof. Giacometti が今回のシンポジュームの主催者であった。また当時生体エレクトレットの研究で活躍していた Prof. Mascarenhas や、滞在中世話になった Prof. Camposにも再会することが出来た。どちらもすでに長老の名誉教授であった。
 バンケットの席で、私とこの二人の名前を呼ばれて驚いた。このシンポジュームからエレクトレット研究の功績に対してそれぞれ感謝のプレートが贈られたのである。
地球の裏側まではるばる行った甲斐があり嬉しかった。
右からProf. Mascarenhas, Prof. Camposと筆者
 
エレクトレットシンポジュームからの感謝のプレート
文献
  1) Proceedings of the 12th International Symposium on Electrets, 2005
  2) Physics Today Feb. 2004, p.37-43

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