2019/10
No.146
1. 巻頭言 2. inter-noise 2019 3. Wind Turbine Noise 2019 4. 振動分析プログラム SX-A1VA
   

       <会議報告>
  Wind Turbine Noise 2019


騒音振動研究室  横 山  栄、 小 林 知 尋

 風車騒音に関する国際会議であるWind Turibine Noise は2年に一度、世界各地で開催されており、第8回目の 今回は2019 年6月12 日〜 14 日の3日間、ポルトガル・ リスボンのAltis Grand Hotelで開催された(図1,2, 表 1)。当所からは横山、小林が参加した。横山は、2013年、 2015 年、2017 年に続き4回目の参加で、この会議の常 連ともいえるメンバーとの再会があり、また新たな顔ぶ れも多くみられた。この会議は、参加者の属性が多岐に わたることも特徴の一つで、コンサルタント、開発業 者、製造業者、研究機関や政府機関からの参加者の他、 医学系、公衆衛生等の専門家も参加しており、過去には 風車騒音に影響を受けている風力発電施設の近隣住民の 参加と研究発表もあった。今回の会議には26ヶ国から 152名が参加し、ドイツ39名、イギリス17名、デンマー ク14 名、フランス、ベルギー各12 名で全体の6割以上 を占め、新たにルーマニアやウルグアイからの参加者も あった。ただし、アジア地域からの参加者は当所から参 加した横山、小林の他、日本1名、中国1名、韓国1名 に止まり、ヨーロッパ諸国には未だ大きく遅れを取って いる印象であった。なお、会議には、低周波音分野の創 始者であるGeoff Leventhall先生ご夫妻(図3)のほか、 Dick Bowdler氏、Jean Tourret氏、Mark Bastasch氏、 Frits van den Berg 氏、Norm Broner 氏といった主要 メンバーが多く参加されており、彼らの意見を直接聞く ことができたことは大変貴重な機会であった。

図1 会場のAltis Grand Hotel
図2 講演発表の様子
表1 Wind Turibine Noise 会議概要
開催年
開催都市(開催国)
論文数
参加者数
(国数)
1
2005 ベルリン(ドイツ)
28
130 (22)
2
2007 リヨン(フランス)
32
不明
3
2009 オールボー(デンマーク)
46
160 (25)
4
2011 ローマ(イタリア)
72
200 (25)
5
2013 デンバー(アメリカ)
73
193 ( - )
6
2015 グラスゴー(スコットランド)
89
189 (23)
7
2017 ロッテルダム(オランダ)
78
193 (27)
8
2019 リスボン(ポルトガル)
50
152 (26)
図3 左3人目からGeoff Leventhall ご夫妻,
David Colby 氏, Norm Broner ご夫妻

 Wind Turbine Noise は今回で8回目となるが、横山が参加した第5回(2013年)以降では論文数、参加者数とも最も少なかった(表1)。これは風車騒音に関する世界の興味が失われつつある事を意味するのだろうか? そこで、過去の会議で発表された論文の傾向を見たところ、2009年頃は低周波音や振幅変調音、風車騒音の測定法、風車騒音がヒトへ及ぼす影響、風車騒音に対する政策などが主なテーマであったが、2017年頃には風車騒音の伝搬、音源の予測、風車ブレードの設計方法、ブレード後縁騒音の低減方法などが主要なテーマに移り変 わってきている。実際にこれまでの会議に参加して感じた印象として、以前はコンサルタントや行政関係からの論文発表が多かったが、最近はメーカーやデベロッパー、流体解析を専門とする研究者からの論文発表が多くなってきたと感じている。これらの事実から鑑みると、風車騒音がヒトへ及ぼす影響や、環境騒音としての風車騒音の測定・評価法、騒音規制や環境影響評価等の政策については一定の研究成果が認められて発表件数が落ち着いてきているのに対し、クリーンエネルギの一つとして注目されている風力発電の更なる普及目標の実現に向け、騒音源の詳細な予測手法、騒音低減方法、精密な騒音伝搬予測手法等の開発が近年の課題となってきていると見ることができるだろう。このようにWind Turbine Noiseを取り巻く状況が変わりつつあることもあり、今回の会議では研究成果の発表だけではなく、参加者全員が議論に参加し、各テーマについて1時間程度をかけて話し合うフォーラム(Forum)が開催期間3日間の中で計6回設けられた(表2)。このフォーラムで行われた議論を中心に、主要な議論の内容を以下に紹介する。

表2 Forum のテーマ
Specific topics
Moderator
1 Propagation David Ecotiere
2 Impact on People David Colby
3 Source Prediction Franck Bertagnolio
4 Future Design of Low Noise Wind Turbines Michaela Herr
5 WHO Environmental Noise Guidelines for the European Region (2018) Andy McKenzie
6 Where to Next Sabine von Hunerbein

SESSION − Tones and Vibration
 リスボンでの会議は、純音性成分に関するセッションから始まり、トップバッターとして小林が発表を行った。 風車騒音の発生源側の測定法としてIEC 61400-11:2012 が広く用いられているが、そのPart 11をベースとした受音点側の測定法がIEC 61400-11-2 として検討されている。 この中では、風車騒音に含まれる特徴的な成分である純音性成分や振幅変調、衝撃性などの影響を考慮することが提案されているが、現在国際規格として発行されている純音性成分の定量化手法(ISO/PAS 20065:2017やIEC 61400-11:2012、DIN 45681:2005 等)で採用されている Tonal Audibility(純音性可聴度)という考え方は、相対的な音圧レベルのみを取り扱うことから最小可聴値やラウドネスが考慮されていないこと、聴感実験による聴感印象との対応関係に関する研究例が非常に少ないこと、分析アルゴリズムの妥当性に関する検討例が少ないなどの課題が残されている。そのような背景のもと、小林は上述した各課題に対する問題点を整理した結果を発表した。これを受けて、フロアからIEC 61400-11-2のWorking Group(以下、WG)のメンバーに対して「絶対的な音圧レベルの大きさを考慮しないのか?」という質問が挙がったが、明確な回答は得られなかった。WGのSecretary を務めるSylvia Broneske氏はこの翌日、規格策定の進捗を発表する中で、小林の問題提起に対し、非常に重要な指摘であり、議論が必要であるとの認識を示した。また、現在、11ヶ国、31 名で構成されるWG には日本と韓国からの参加がなく、是非、両国からの参加を歓迎する旨のコメントもあった。
 小林の次はデンマークの風車メーカーVestas 社の開発者による発表で、同社における純音性成分の発生しない風車の開発に関する継続的な取り組みが紹介された。 我々は、これまでのWind Turbine Noise での発表を見てきた印象として、純音性成分の問題は技術的にはほぼ解決された問題だと思っていた。しかし近年では、ローター回転数の低速化や翼形状の最適化などによって空力騒音の発生レベルが低下している一方で、純音性成分の原因となる機械騒音のレベルは下がっておらず、相対的に純音性成分が目立ってきているとの事であった。このような背景もあり、Vestas社では複数のシミュレーションを組み合わせて純音性成分の発生を予測する設計プロセスを確立し、純音性成分低減に着目した風車の設計を行っているようである。
 このセッションの3件目は、IEC 61400-11-2のWGの メンバーであるコンサルティング会社 DELTA 社の Søndergaard 氏による発表で、WG で実施したTonal Audibility分析方法のラウンドロビンテストの結果について報告があった。ラウンドロビンテストには小林も含め23 グループが参加し、各々がIEC 61400-11:2012 およびISO/PAS 20065:2017の方法によって分析した結果の比較が行われた。IECの方法はシンプルではあるが規格の表現にあいまいな部分があり、必ずしも同一の結果が得られないのではないかと感じていたが、ラウンドロビンテストの結果としては、サンプルソースコードが提供されているISO/PASの方法よりもバラつきが少ない結果となっていた。この原因については言及されていなかったが、国際規格として発行される分析方法であれば、実装したプログラムの妥当性を確認する手法を規定することも必要ではないだろうか。

FORUM 2 − Impact on People
 本フォーラムは超低周波音の知覚に関する議論から始まり、2019 年4月に終了したEURAMETによるEARS Project 1, 2, 3 の成果が紹介された。その成果によれば、「聴覚閾値を僅かに下回る大きさの超低周波音が脳内の不安中枢を刺激することはあるが、この現象は閾値を数dB 下回る程度までしか及ばないこと」が明らかとなり、 Alec N. Salt 氏による「聴覚閾値を遥かに下回る超低周波音に対しても脳が反応することがある」と結論付けた理論は正しくないことが裏付けられたとの報告であった。参加者の多くが、この成果が公表された今年3月にドイツで開催された当該プロジェクトのWorkshop : “Perception and impact of infrasound on humans” における議論の内容を共有し、これを支持しているように思われた。また、「実際、風車騒音の1 Hz の大きさは、一般的に閾値より60 dB 程度も小さく、そのような音は脳に影響を及ぼすことはなく、超低周波音および可聴音のどちらについても、風車から発生する音には、直接的に身体組織の病理に影響を及ぼし、病気を生じさせる可能性はほとんどない」との考えも支持された。しかし、風力発電施設の近くで病気になる人がいるという事実に疑う余地はなく、これらの人々の中には、風力発電施設に対する反応が理由で、あるいはその他の理由や複合的な理由で病気になる人もいると考えられ、彼らは本当に病気なのであり、適切な医療措置を必要としていることを理解することが重要であるとの見方が支持された。
 一方、公衆衛生に関して、インターネット上で風車騒音に含まれる超低周波音の危険性など誤った情報が拡散されることによる問題の他、風車騒音が引き起こす健康影響の一部は医療の問題ではなく、開発業者と近隣住民の関係性といった非音響要因が非常に重要であることが指摘された。なお、すべての開発において、少なからず住民側の妥協が求められるため、苛立ちを感じる住民もいると考えられ、この問題の解決にはコミュニケーションが不可欠であり、可能な限り早い段階から住民の声を聞くことが重要であるとの意見も支持された。

FORUM 5 − World Health Organization Environmental Noise Guidelines for the European Region (2018)
 2018年10月にWHOから公表された“Environmental Noise Guidelines for the European Region”に関する議論が行われた。このフォーラムでは、特別プレンゼンターとしてカナダ保健省のDavid Michaud 氏が選出され、年間の時間帯補正等価騒音レベル(Lden)に基づく風車騒音の暫定的な推奨値を含んでいるWHOガイドラインに関する意見が述べられた。

 この後に議論された主な論点は、WHOが示した推奨値ではなく、評価量として年間Lden が適用された点であった。

その他の意見としては、以下の様なものがあった。

 このフォーラムの司会を務めたAndy McKenzie は、以下の様に綴っている。

 “WHO のガイドラインは風力エネルギー開発に責任を持つ方法を模索している意思決定者にとっての価値が限られているのではないだろうか。2018 年10 月のガイドラインの発表前にいくつかの重要な研究が科学誌に掲載されたが、これらの文献がWHOによって最新のガイ ドラインに考慮される前に10 年が経過するのではないか。(一部省略)WHO によって公開されたガイドラインは国際的な利害関係者のための基準点として役立つが、現在の形での参照資料はいくらよく見ても不完全で、潜在的に誤解を招く可能性が存在するためである。  また、ガイドライン策定グループが結論を導き出した過程にも懸念があり、業界との協議は行われていないように見える。協議の機会があったのであれば、Ldenの欠点はその分野の専門家によって抑圧されていただろう。また、こちらからの要請にもかかわらず、WHOの誰もが会議での講演や討論会に参加する意思がないことも注目された。Michaud 氏らは科学界からWHO への正式な返答を望んでいる。会議の参加者の多くはこの件に関する専門家であり、その返答へ参加することを歓迎する。”

 ここで紹介した以外のフォーラム(表2)においても、参加者が自らの研究対象にとどまることなく当該分野をより良くしていこうと非常に前向きで活発な議論が行われていた。Wind Turbine Noiseという国際会議を通して、関係各位が力を合わせて風車騒音に関する問題を解決していく姿勢は、テーマが多岐にわたる他の国際会議では見られない特徴的な点であろう。我々も風車騒音の問題解決の一助となるよう、今後も研究を行っていきたい。

図4 リスボン旧市街:コメルシオ広場
(ポルトガルの黄金期を築いた功績を持つマヌエル1世の王宮跡)
図5 リスボン旧市街:4 月25 日橋
(Ponte 25 de Abril :リスボンと テージョ川対岸のアルマダとを結ぶ長さ2,277 m の吊り橋)

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