2019/7
No.145
1. 巻頭言 2. 楽器用高分子センサー開発と誘電測定 3. リオネットシリーズ 2.4GHz 帯 ワイヤレス通信機能の開発  
   

 
  1本の月桂樹   


  騒音振動研究室  土 肥  哲 也

 1本の月桂樹が当所の佐藤記念館(本館)前に立っている。根本の石碑をみると「皇太子殿下行啓記念植樹、昭和21年」とある。研究所50年史を紐解いてみると、佐藤孝二先生が所長の時に東大小谷教授のご案内で当時学習院中等科に御 在学中の皇太子殿下(上皇陛下)がおいでになり、当研究所実験室及び小林理研製作所(現リオン)をご覧になった際に植樹されたと記されている。深田栄一先生(当所名誉研究員)に当時のエピソードを伺った所、前日から研究所内の 準備作業などが大変であり、また、当日は並んでお出迎えをしたとのことだった。殿下の行啓と直接関係があるか定かではないが、佐藤先生はそれから3年後に発足する学習院大学理学部の設立にこの頃深く関係されている。学習院と当 所のつながりは、「音響学」や「物理実験」への講師の派遣や、卒業研究生の受け入れという形で今日も続いている。

 当時、殿下にどの実験装置をご覧頂いたかは不明であるが、それから遡ること20 年前の佐藤先生が音響学研究を始められた大正14年(1925年)の時代。当時の研究は、「音源としてオルガン管を空気圧で鳴らし、音の大きさをレーリー盤の傾きによって測定した」と佐藤記念館披露展示の場で佐藤先生が記されている。当時の装置の一部は、現在も当所音響科学博物館に展示されており、もしかしたら殿下もその当時からみた「昔の実験装置」としてこれらをご覧になられたのかもしれない。当所の博物館には、このような電気を使わない音響実験装置が多く展示されており、昔から創意工夫で実験装置を作ってきた当所の特徴を知ることができる。

 殿下がおいでになられた戦後間もない昭和の時代。当時の研究分野は、理論物理、結晶物理、超音波、音響などであったと50年史に記されている。平成の時代に「小林理研=音の研究所」と思い入所した私は意外な印象を持つ。しかし、音響博物館内の展示物をよくみると、音に関係のない物理実験装置が少なからず展示されており合点がいく。研究所はその後、戦後の高度成長に伴う騒音・振動問題の顕在化により音の研究所としての道を歩むことは周知の通りである。

 それから73 年後の今年、月桂樹を植樹された皇太子殿下は上皇となられ、平成の時代に終わりが来た。平成時代の後半、当所ではいくつかの新しい実験施設が誕生した。その中でも高速道路などに設置される透光板の「耐飛び石性試験装置」、非接触で板などの試験体を押し引きする「非接触圧力疲労試験装置」、1m2程度の開口部を流れる高速気流の流れ難さを計測する「圧力損失試験装置」などは、音と直接関係がない実験施設である。「物理学及びその応用を研究し社会に役立てる」という当所の理念の基本に少しだけ戻る時代の変化を感じる。

 近年は、人工知能(AI)、機械・センサーのインターネット化(IoT)、GPS の精度向上、5G、ドローンなどのテクノロジーが急速に伸びており、当所でもこれらを対象とした研究が進みつつある。技術の進化を活用することで、音、そ して音以外も対象とする理学研究所として時代の変化に追いつき、社会に役立てることができるか。月桂樹は、令和の時代も研究所の変化を見守ってくれるに違いない。

 

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