2019/10
No.146
1. 巻頭言 2. inter-noise 2019 3. Wind Turbine Noise 2019 4. 振動分析プログラム SX-A1VA
   

 
  アイルランド紀行   


  圧電物性デバイス研究室  児 玉  秀 和

 その大学の中庭は地面に大判のタイルが彩りよく敷き詰められ、平屋か高くてもせいぜい2階建ての、濃い灰色の不揃いなブロックが積み上げられた壁と綺麗に手入れされた木製の扉で造られた、まるで山小屋のような小さな建物が四方を囲む。9月の秋空の下、中庭は新学年が始まり再びキャンパスに戻った学生達が集い活気にあふれている。 中庭を囲む建物は銀行、本屋、床屋、小さなスーパーなど大学のキャンパスでは見慣れたもののほか、我々の感覚ではキャンパス内の施設としては違和感のある2つのクラブが中庭をはさみ向かい合う。“Scholars Club”は小さいながらも室内にステージを持ち、“Stables Club”は名の通り馬小屋を改築した、屋外に演奏ステージを持つ中規模のクラブである。どちらも市街にある小さなミュージックパブと全く変わらず、歴史を感じる薄暗い雰囲気の店内では色々な種類のビールサーバーがカウンターに並び、奥の棚にはアイリッシュウイスキーのボトルが整然と並んでいる。

 ここはアイルランド西部にあるリムリック大学(University of Limerick)キャンパスである。アイルランドはアイリッシュパブで知られている通りパブの文化を持つ。私にとって「パブ」は、イギリスやアイルランドの街では至る所で見かける大衆酒場というイメージが強い。しかしながら、本来パブは“Public House”の略語であり近隣の住民が集う場所としての役割を担った歴史を持つ。アイルランドではその性質が強く、人々の交流はもちろんアイリッシュ音楽の演奏といった文化を継承する場として重要な役割を果たしてきた。パブは我々の生活に置き換えると地域の公民館や集会所としての性質を持つとすれば理解しやすい。University of Limerick は1万2千人の学生が在籍し、教育、ビジネス、芸術、理・工学、ヒューマンサイエンスなどを学ぶ。そのうち2千人は国外からの留学生である。この広大なキャンパスには国内外からは専門分野だけでなく文化や宗教が異なる様々な学生が共に生活する。Scholars Club や Stables Club ではキャンパスで生活する様々な学生が集い、アイルランド伝統の方法で交流を深める。これらは“Public House”としての性質を色濃く残している。特にこれからアイルランドで生活をする国外の学生にとってはアイルランドの習慣を学べる貴重な場である。

 リムリックには米 Analog Devices 社の巨大な工場がある。そのためか Scholars Club の壁にはニコラ・テスラの肖像画が大きく描かれている。テスラは交流電気やテスラコイル等の発明、また磁束密度の単位となったことでも知られている。肖像画にはテスラコイルをイメージしたものであろう、宙に浮いた球からテスラの手のひらに放電する様子が描かれており、その横にはテスラの名言の一つ “I DON’T CARE THAT THEY STOLE MY IDEA… I CARE THAT THEY DON'T HAVE ANY OF THEIR OWN” が添えられている。これは Scholars Club が大学の施設で交流を深めるだけの場所ではないことを我々に知らしめている。テスラの遺したこの一文には常に考えさせられる。

 

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