2019/7
No.145
1. 巻頭言 2. 楽器用高分子センサー開発と誘電測定 3. リオネットシリーズ 2.4GHz 帯 ワイヤレス通信機能の開発  
   

       <研究紹介>
  楽器用高分子センサー開発と誘電測定


圧電物性デバイス研究室  児 玉  秀 和

はじめに
 2019 年4月25日、平成から令和へ時代が移りゆく中、 新しいエレクトリックアコースティックギターが発表さ れた。このギターには、当研究所、ヤマハ(株)、ユポ・ コーポレーション(株)の3者により新たに開発したコンタクトセンサーが搭載された。本センサーの開発に当たり、当研究所はこれまで培ってきた、共鳴測定および非線形測定と呼ばれる高精度誘電測定法を駆使し開発から製造、品質管理にわたり貢献したので紹介する。

楽器用木材の振動的性質1)
 本稿を執筆中、久しぶりに深田栄一名誉研究員とお会いした。楽器用センサー共同開発が製品化に至ったことを報告すると、先生ご自身の初めての研究が河合平司先生の下での木材の振動であり、それが後の木材の圧電性、骨やコラーゲンの圧電性研究のきっかけとなったとのお話を伺った。先生の文献を調べてみたところ1951年発行の小林理学研究所報告に「楽器用木材の振動的性質」というレポートを見つけることができた。日本楽器製造(株)(現ヤマハ(株))より試料提供を受けたとの記録がある。このレポートでは楽器用木材について、当時では画期的と思われる100 Hz 〜 5 kHz にわたる貯蔵弾性率と弾性損失の周波数依存性データが報告されている。ピアノやバイオリンに適した木材は高弾性、低損失、低密度であり、ばね性が強く損失の小さな木材が特徴であると結論付けられた。
 ヤマハのニュースリリース2)によれば、今回開発した コンタクトセンサーはギターの内部に加えることで、従来のピックアップでは拾いきれなかった音や振動を検出し、アコースティックギターを生音で弾いているかのような自然な音が特徴とある。3者共同開発の成果は、およそ70 年前に行われた深田先生の研究とつながることに驚かされる。このコンタクトセンサーを搭載した新開発ピックアップシステムはAtmosfeel (アトモス フィール)(図1)と名付けられ、エレクトリックアコースティックギターFG / FS Red Label シリーズ(図2) に搭載された。




図1 Atmosfeel イメージ(上)と操作パネル(下)
図2 ヤマハ(株)エレクトリックアコースティックギター
FG / FS Red Label シリーズ

コンタクトセンサーの開発
 コンタクトセンサーにはコロナ放電された多孔性ポリマーシートが用いられている。多孔性ポリマーにコロナ放電を照射すると、各々の孔に分極が形成されたエレクトレットとなり、厚み方向の伸縮に対して圧電性を発現する3)。図3にこの多孔性ポリマーエレクトレットの圧電機構を簡易的に示す。厚み方向に力を加えると孔の厚みが変化し、それに伴い分極量が変化して電荷Qが移動 する。電極に誘起された電荷Qは厚み方向に加えた力に比例し、比例係数より圧電率 d33 が求まる。多孔性ポリマーエレクトレットの d33 は100pC/N以上と従来の圧電ポリマーより一桁大きく、圧電セラミックスPZTに相当することから様々な応用が期待されている。
 多孔性ポリマーの主な用途は合成紙であり、本研究室でも様々な合成紙を入手して圧電性評価を開始した。その後、小林理研は合成紙メーカーであるユポ・コーポ レーションと共同により圧電合成紙の開発に着手した。 当初はユポより市販されている様々な合成紙を試したが、d33 は僅か数10pC/N と報告された値の1/10 以下で あり、100pC/N 以上の d33 を発現しても減衰が大きく安定しないなど様々な課題に直面した。

図3 多孔性ポリマーエレクトレットの圧電性

センサー開発と誘電測定① 共鳴測定
 本開発では課題解決のために、広周波数帯域測定、共鳴測定ならびに非線形測定といった様々な高精度誘電測定および解析を行った4)。ポリマーの多くは電圧を加えると分極を誘起し、電荷を貯蔵する誘電体である。誘起 した分極量は印加電圧に比例し、誘電率という材料固有の物理量で表される。誘電率はインピーダンスアナライザ等で試料の電気容量を測定し、試料の厚みと電極面積の寄与を相殺して得られる。
 圧電共鳴とは圧電効果を介して機械共振が誘電率に反映される現象である。共鳴スペクトルの大きさは圧電率と弾性損失に、共鳴周波数は弾性率に依存する。図4にコンタ クトセンサーに採用された多孔質ポリマーエレクトレッ トの誘電率周波数スペクトルを示す。10 kHz 〜 1 MHz にかけてわずかに3つの共鳴が観測される。300 kHz に見られる最も大きな共鳴は厚み伸縮である。しかし、それでも誘電率変化は2 % に満たない。このように僅かに観測された共鳴スペクトルの解析には、図5に示すようにカーブフィッティング法が有効である。○は測定値、青線は解析結果である。カーブフィッティング法とはスペクトルをある理論式で再現し物理量を求める手法である。



図4 誘電率周波数スペクトル
図5 厚み伸縮による圧電共鳴


 解析の結果、d33 は440 pC/N でPZT に匹敵し、弾性率 c33 は540 kPa で空気の体積弾性率に近い。代表的な圧電ポリマーであるポリフッ化ビニリデン(PVDF) と比較すると、d33 は10 倍、c33 は10,000 分の1である。 d33はポーリング処理と呼ばれる高電場印加の際に形成 された分極量(残留分極量)に比例し、残留分極量が同 じ場合は、c33 が小さい(柔らかい)ほど大きい。多孔質 ポリマーエレクトレットが保持した分極量はPVDF の 1,000 分の1しかないが、c33が10,000 分の1 しかなく、 その結果d33 はPVDF より10 倍大きい。

センサー開発と誘電測定② 非線形測定
 誘電率は本来電圧の大きさによらないが、高電圧を印加した場合、様々な要因で誘電率が変化することがある。これを誘電率の非線形性という。今回センサーに用いられた多孔質ポリマーエレクトレットは厚み方向に柔らかく圧電率が大きい。そのため高電圧を印加すると圧電性による厚み変化と、電極間に発生する力による厚み変化すなわち電歪が生じる。誘電率が厚みに反比例することをから、バイアス電圧を加えながら誘電率を測定す れば、圧電率や弾性率に関する情報を得ることが出来る。試料が圧電性を有する場合、誘電率はバイアス電圧に比例する。その係数は2次非線形誘電率を与える。ここで、2次非線形誘電率とは電荷に対する電圧の2乗の係数である。2次非線形誘電率はd33 に依存する。さらに、電歪が生じると誘電率はバイアス電圧の2乗に依存 し、その係数より3次非線形誘電率が得られる。3次非線形誘電率はc33 に依存する。
 図6に多孔質ポリマーエレクトレットについて、バイ アス電圧を−40V〜40Vで変化させ誘電率変化を測定し た結果を示す。誘電率変化は僅か0.1%で、バイアス電圧 に対して比例した。この勾配より、2次非線形誘電率は − 5.51×10-21 F/V、圧電率は d33 = 450 pC/N となる。
 図7はコロナ放電未処理で圧電性を有さない多孔質ポ リマーシートの結果である。誘電率はバイアス電圧の2 乗に依存する。3次非線形誘電率は1.43×10-28 Fm/V2、 弾性率はc33 = 350 kPa となる。



図6 コロナ放電処理試料(圧電性あり)の
誘電率バイアス電圧Eb 依存性
図7 コロナ放電未処理試料(圧電性なし)の
誘電率バイアス電圧Eb 依存性

おわりに
 筆者は大学院時代、東京理科大学で古川猛夫先生(現 当研究所特別研究員)ご指導の下、強誘電ポリマーの相転移や分極反転に関する研究を行った。この研究を通じ て共鳴法や非線形法といった様々な誘電測定・解析手法を学んだ。この経験は、当研究室における研究基盤となっている。本共同開発では、シートセンサーの課題を克服し、さらに湿度などの環境試験や品質検査にわたり広く役立てられた。

参考文献
1) 「楽器用木材の振動的性質」深田栄一、小林学研究所報告1 (3), pp.180 − 184, (1951).
2) 「ヤマハ アコースティックギター『FG/FS Red Label シリーズ』」ヤマハ(株)ニュースリリース、2019年 4 月25日 発行
3) J. Lekkala, and M. Paajanen, “EMFi−New Electret Material for Sensors and Actuators,” Proceedings of 10th International Symposium on Electrets, pp.743-746, 1999.
4) H. Kodama, T. Osawa, Y. Yasuno and T. Furukawa, “A Series of Electromechanical Measurements for Determination of Piezoelectric, Dielectric and Elastic Tensor Components in Porous Polypropylene Electrets,” Proceedings of 14th International Symposium on Electrets, 2011.

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