2018/10
No.142
1. 巻頭言 2. リオンホールにおける響きの調整 3. ICSV 25 4. 注射剤管理用液中パーティクルカウンタKL-05
   

       <研究紹介>
  リオンホールにおける響きの調整


建築音響研究室  横 山  栄

1 . リオンホールの概要
 愛称「リオンホール」(図1,2)は、2018 年4月にオープンした国分寺駅北口cocobunji(ココブンジ)プラザ内に新設された最大260席(約280 m2)の多目的ホールで、リオン株式会社が国分寺市とネーミングライツ(命名権)契約を結び、誕生した。リオンホールは、市民の情報発信や交流を主な目的として計画され、音響的には、講演会等を想定した設計がされている。壁面は対向する面が反射面とならないように吸音処理されており、空室状態における残響時間(500 Hz 帯域)は0.7 秒程度の響きに抑えられている。

図1 リオンホール概観
カーテン(窓)の外は隣接する「リオン広場」

2 . 響きの調整の依頼
 このリオンホールで、国分寺市とリオン株式会社が地域活性化包括連携協定締結を記念して、2018年7月に、ベトナム国立交響楽団 蓮の香弦楽四重奏団を招聘し、市民260 名を招待してコンサートを行うことが計画され、演奏に適した響きに調整したいとの依頼を受け、2ヶ月間程度の準備期間で響きの調整を試みることとなった。ベトナム国立交響楽団の音楽監督兼主席指揮者である本名ほんな徹次氏からの要望として、弦楽四重奏には残響時間1秒程度のホールが望ましいとの目標値が伝えられた。なお、今回の調整内容は、改修工事を伴うものではなく、本番当日に実施可能であるものに限定された。

3 . 響きの要因
 主として、講演会を想定したリオンホールの響きが、残響時間(500 Hz 帯域)約0.7 秒と短く抑えられている主な要因は、通常の使用形態で客席後方側となる壁一面と、両側壁面のおよそ半分の面積に敷設された約30 mm 厚の吸音パネルであると考えられた(図2)。また、通常、ステージ側となる壁面は、リオン広場に面したガラス面となっており、二重のカーテンがそれぞれ開閉可能となっている。稼動式ステージを設置して使用する際にはカーテンを閉めて使用されることが多い。天井面および床面には吸音の要素はほとんどなく、弦楽四重奏に適した響きに調整するには壁面に施された吸音面を反射性に替えることが有効であると考えられた。

4 . 響きの調整のための提案
 今回の依頼は、竣工直後のホールを対象としており、準備期間も限られていたことから、諸々の条件を考慮して響きを調整する手法を検討し、以下の3点を提案した。

(1) ステージ周りに音響反射板を設置(図2,3)
 通常の使用形態では、可動式ステージはリオン広場側に設置され、ステージ側(演奏者背面)の壁面にはカーテンが引かれ、反射音が返りにくい。そこで、演奏音を演奏者自身およびホール客席側に返すため、なるべくステージ奥側全体を囲うように音響反射板*を設置することを提案した。
※ 今回はウェンガー社トラベルマスター音響反射板(Wenger Travelmaster™ Acoustical Shell)を9 台使用

(2) 側壁部にパネルを設置(図2,4)
 ホール全体の残響時間を長くするために、壁面の吸音面を反射性の部材で覆うことが有効であると考え、ホール所有の自立型展示用パネル(900×1,800 mm)約40 台を主に側壁面に沿って設置することを提案した。使用したパネルの表面は布地で完全な反射面ではなく、また、天井高さ(約4.5 m)まで敷設された吸音面に対して、パネル高さ(約1.8 m)は充分ではなかったが、壁面の吸音力を低減させる上では有効であると考えた。

(3) ステージ位置を変更し、カーテンを開放(図1,2,4)
 リオン広場に面したガラス面を反射面として利用するため、通常と可動式ステージの位置を反転させ、客席後方側となる壁面のカーテンをすべて開放することを提案した。なお、今回のコンサートは19 時開演であり、この提案が演出上も問題ないことも確認した。

5 . 響きの調整のための提案
 提案した各調整内容について、聴感的、物理的な音響効果を確認するため、リオンホールにおいて各提案手法を試行した。まず、今回の依頼が弦楽四重奏のコンサートであることを考慮して、バイオリン奏者の協力を得て、各条件において試奏して頂き、演奏者位置および客席側における聴感印象をそれぞれ確認した。併せて、音源に12 面体無指向性スピーカを用いてステージ上のほぼ中心に設置し、客席側5ヶ所にマイクロホンを設置して、各条件におけるインパルス応答を測定した(図3,4)。

図2 リオンホール平面

図3 可動式ステージ周りの音響反射板設置の様子

図4 側壁部のパネル設置の様子(カーテン開)

5.1 聴感印象による確認
 各条件において、バイオリン演奏を試聴した結果、ステージ上の演奏者位置近傍、客席側でも、いずれの提案内容についても、それぞれ響きが豊かになる、響きが長くなる、音量が大きくなる等の聴感印象の変化が感じられ、提案手法の効果が確認できた。なお、ステージ上の立ち位置によっても印象が異なったため、可動式ステージの使用台数を事前に確定し、コンサート当日の各演奏者のステージ上での立ち位置もバイオリンの試奏によって検討し、提案した。

5.2 物理測定による確認
 上述のバイオリン試奏による検討の結果、以下の4条件でインパルス応答測定を実施し、各オクターブバンドの聴感物理量を算出した。

① 音響反射板なし、パネル設置なし、カーテン閉
② 音響反射板あり、パネル設置なし、カーテン閉
③ 音響反射板あり、パネル設置あり、カーテン閉
④ 音響反射板あり、パネル設置あり、カーテン開

(1) 残響時間の比較(図5)
 各条件において、客席側5点でそれぞれ測定したインパルス応答から算出した残響時間を平均した結果を図5に示す。結果を見ると、ステージ周りに音響反射板を設置した条件②は、条件①と比較して2k Hzおよび4k Hzの残響時間が長くなっている。また、側壁にパネルを設置した条件③では、低音域の残響時間は短くなっているが、500 Hz 以上の中高音域の残響時間は条件②よりさらに長くなっている。また、カーテンを開けることで、全体的に残響時間が長くなり、500 Hz 帯域で約1秒となっている。空室条件ではあるが、依頼された1秒に近い残響時間に調整することができた。また、通常の使用形態(条件①)では、低音域の残響時間だけが顕著に長くなっていたが、調整した条件④では、残響時間の周波数特性がバランスよく平坦になっている。

(2) 音圧レベルの比較(図6)
 つぎに、各条件において測定したインパルス応答から算出した音圧レベルについて、条件①を基準に差分を取った相対音圧レベルの結果を図6に示す。条件①と比較してステージ周りに音響反射板を設置した条件②では全体的に音圧レベルが高くなっており、高音域では2 dB 程度の変化が見られた。また、側壁にパネルを設置した条件③では、125 Hz 帯域の音圧レベルは低くなっているが、中高音域では最大3 dB 程度高くなっている。さらに、カーテンを開けた条件④では、条件③より全体的に音圧レベルが高くなっており、通常の仕様形態(条件①)と比較して最大3.5 dB 程度の変化が見られた。

図5 残響時間測定結果の比較
図6 音圧レベル測定結果の比較

6 . コンサートを終えて
 2018 年7月下旬、上述の提案手法によって響きを調整したリオンホールに約260 名の市民の方々を迎えて、蓮の香弦楽四重奏団によるコンサートが行われた。響きを調整した空席時と比べれば、ほぼ満席となった本番での響きは多少短くなってしまったが、それでも、コンサートを終えた演奏者や来場された方々の表情から、良いコンサートとなった様子が伺えた。音楽監督の本名氏からも、労いの言葉をいただくことができ、無事にコンサートを終えることができた。

謝辞:ご協力を頂きました国分寺市、リオン株式会社他、関係各位に心より感謝いたします。

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