2018/10
No.142
1. 巻頭言 2. リオンホールにおける響きの調整 3. ICSV 25 4. 注射剤管理用液中パーティクルカウンタKL-05
   

 
  事業理念について  


  理 事  安 野  功 修

 この夏はことのほか暑かった。この巻頭言が目に留まるころには涼しい穏やかな秋が来ていることを望みたい。

 私が社会人になって初めて音響の世界に足を踏み入れ、エレクトレットコンデンサマイクロホン(ECM)の開発をスタートしたのは、ついこの間のことのように思われる。歳を取ると時が経つのが早いというが、楽しかったことは早いというのが本意ではなかろうか。最初に取り掛かったのは、高分子膜(FEP:四フッ化エチレン、六フッ化プロピレンの共重合体)のエレクトレット化で、表面電位の劣化が問題であった。ECMの商品化にエレクトレットの信頼性向上は必須で、以来エレクトレットの寿命を追及して45 年になる。その間、事業経営という側面も勉強したが、ここ十数年は、種々材料のエレクトレットの信頼性研究を継続してやってきた。一貫した研究を長く続けられるのは、価値ある研究であり求められているから、運が良いからだけではないようにも思う。

 ところで、物の価値とか商品には賞味期限があるように、社会環境の変化によって価値が変化し、商品寿命が決められるものが多く見受けられるようになってきた。たとえば購読者の減少で新聞の寿命は後20年、携帯電話の普及で固定電話の寿命は後10 年といわれている。また気候変動(大雨、猛暑、地震、津波)による未曾有の天災により考え方が大きく変化し、科学者として追及すべき研究対象と一般の人々への研究の落とし込みも大切なものになってきた。食の安全、医療の安全もしかりで、科学者としてこれらの変化に対応する心構え準備が必要となっている。

 1970 年代初頭の日本では、会社は永久就職場所で高度経済成長期。そして第一次オイルショック。給料は15%平均で伸長した。バブルがはじけてからは大リストラ時代で早期退職者が増加。ここ数年は経済回復基調にあるが、いずれにしても右肩上がりの成長期は再来しない。会社組織の寿命は30年といわれ、大会社でも倒産の憂き目にあい、継続していくためには確固たる理念を持った価値ある組織体であることが求められる。そんな中で自立した研究を継続できる財団法人は、個人、家族、日本、世界、宇宙の平和への思いを追求することができる組織体であり、個人の思いと理念との合致を常日頃から追及することが大切である。

 小林理学研究所は1940年設立、オリンピックイヤーの2020 年には80 周年を迎える。設立趣意書にある「理学及びその応用を研究し公益に資す」という真理を礎とした科学者の心構えは、事業継続の「理念」に値する。現在は物理学の進展に、環境、騒音、音響材料を主テーマとして、一般の人々に直接貢献する工学の分野への橋渡しをする役割も担っている。「あるべき姿」を求めていく研究者、目前の課題に泥臭く取組む研究者、流行や風潮に流されない科学者の心構えは、結果として、人類の安全、安心、幸福に寄与する研究をすることにつながる。今後、進むべき方向に迷った時には、この理念に照らし合わせて道を選んで行くことがわれわれ研究者の使命ではないだろうか。

 

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