2010/1
No.107
1. 巻頭言 2. 2009 IEEE IUS 3. 電灯線からのAC電源 4. 振動分析計 VA-12
   

    <骨董品シリーズ その73>
 電灯線からのAC電源

理事長  山 下 充 康

 本紙、前号で太平洋戦争末期、東京大空襲の折に空から雨霰と降り注いだ鉄製の焼夷弾と鉄不足の時期に使われた瀬戸物のテーブルタップを取り上げた。今日では家庭内に電化製品が急速に普及したので、日常生活ではAC100ボルトの電源を取得するのに苦労することはない。現在の一般家屋では居室をはじめ、キッチンやバスルーム、廊下にまでAC100ボルトのコンセントが壁の一部に設備されているのが普通である。テレビやオーディオ、電気掃除機その他様々な電化製品に電気を供給するのにさしたる苦労は無い。壁のコンセントが足りなくなるとテーブルタップを用いて電源の取り出し口を増設することになる。

 一般家屋に家庭用電化製品が現在ほど豊富に使われていなかった時代、電気アイロンや電気コンロに電力を供給するのに利用されていたのが、今回紹介させていただく電灯線からの分岐ソケットであった。

 部屋の中を照らす電灯のソケットから卓上電気スタンドを点すための電力を取り出す器具もこの種の分岐ソケットだった。数年前までは一般の家庭で普通に見られた配電器具であったが、今ではほとんど姿を見かけなくなった。今日では骨董品になってしまったようである。

 分岐ソケットには様々な形のものが工夫されていた。本来は電灯用のソケットであるから、電球をねじ込んで使用する。当時の電灯のスイッチは壁に取り付けられた「パッチン」のオンオフスイッチではなくてソケットの根元のスクリュー状の蝶ねじを廻して接続をコントロールしたり、紐でスイッチレバーを引っ張って消灯したり点灯したりするような構造になっていた(図1)。ソケットが分岐していない場合には電球の代わりにコンセントの付いたプラグをねじ込んで電力を取り出すこともあった(図2)。

図1 スイッチ付きソケットと紐付きソケット

図2 ソケットにねじ込まれたコンセントプラグ(手前)

 

 ACプラグを電灯用ソケットに直接差し込んで使用するタイプの電源用配線器具も市販されていた(図3)。

 鉄が不足していた時期に鉄の代用品として使われていた瀬戸物の配線器具に次いで多用されていたのが電灯用ソケットからの電力供給用配線用具であった。

 天井からぶら下げられた電灯線のソケットから沢山の電源コードが枝分かれしていた風景は昭和半ばの家庭を象徴するものであったようである。今考えれば不安定で蛸足配線状態だから安全の上からもとても薦められたものではないが、当時の家庭用電化製品への電源にはこんなもので十分だったのかもしれない。

 電源コードは今ではプラスティック被覆の細い電線が使われているが、プラスティックが普及する前はゴムで絶縁された二本の導線を繊維で束ねた布巻き電線だった。太くて頑丈なものだったから、一本の電灯線が蛸足配線された沢山のコードの重さに耐えたことであった(図4)。

図3 コンセント付き電灯用ソケット

図4 電球と電気鏝の接続されたソケット

 

 電気鏝や電気アイロンの電源に使われている光景を眼にする機会は多かった。電気鏝やアイロンを動かすと光源の電球が揺れてすこぶる作業がしにくいものであった。

 研究室の中でも半田鏝への電力供給用の電源にはこの種の配線用器具が使われていた。導線に半田をなじませるために使われた松脂ペーストの焦げた匂いが漂う研究室では不安定に揺れる電灯の灯りが点され、その下では研究員が実験用の電気回路の配線に取り組んでいた。そんな光景がつい最近のように想い起こされる。

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