2010/4
No.108
1. 巻頭言 2. 補聴器試聴システムの開発 3. お呼び出しチャイム 4. 圧電式加速度ピックアップPV-90T
   

 
 アンギラスの行く先   

所 長  山 本 貢 平

 アンギラス(Anguirus)。今、この名を知る若者は少ない。しかし今から50年前に若者(子供)であった人々は、この名に郷愁を覚えるはずだ。アンギラスは、映画「ゴジラの逆襲(1955年)」に登場した架空の怪獣である。ゴジラと同じく原水爆の影響で蘇ったとされる太古の恐竜で、ゴジラとの対決を行った。大阪の街に現れて家々を踏み潰し、ゴジラと戦って大阪城を破壊したので当時の子供たちには怖がられた。それゆえアンギラスは荒れ狂う破壊者の代名詞でもあった。一方、ゴジラはその後も様々な怪獣たちと戦い、どうやら地球を救ってくれるらしいということがわかったので、子供たちの人気者となってしまった。

 アンギラスという名前に興味を覚えた。早速 Yahoo で検索。それによれば怪獣アンギラスという名称は、モデルとなった恐竜「アンキロサウルス」から映画会社内の公募で決まったようだ。一方、Angiras(発音はアンギラースか?)という名称は古代インドにあったとされているが、映画制作者がこれを知っていたか否かは不明である。

 インドでは「神々と人間の使者として動く者」という意味で理解されていた。この Angiras は Ang という語根に由来し、ギリシャ語の Aggelos(→Angel)と語源的に 関係があるとされている。また、「リグ・ヴェーダ」の火神アグニが Angiras と解されていたので、アンギラースは古代インドでは火のような光線を放つ神々と理解されていた(中村元、「サンユッタ・ニカーヤ」の注)。興味深いことに、このアンギラースは、ギリシャ語やラテン語のエンジェル、すなわち、神の使いとしての天使の意味になるということである。暴れ狂う怪獣と、やさしく人に微笑みかける天使が同じ音で表現されるというのは面白い。

 話はかわる。昨年秋に政権が変わった。新しい首相や副首相は理工系出身者であることから、わが国の科学者たちは、科学や技術に理解ある政権ができたとして歓迎した。しかし数ヵ月後、その期待は裏切られる。政府の公開事業仕分けで、スーパーコンピュータの開発など科学技術立国として国際競争力に関わる予算が次々に無駄と判定された。その結果、ノーベル賞受賞者など国を代表する科学者や学協会までが、政府の姿勢に異論を発したのは記憶に新しい。無駄か無駄でないかの判定はきわめてグレーである。だれが見ても100 %無駄なものは既に廃止されている。科学技術予算には長期的展望に根ざした議論が必要であるのに、短時間で、しかもテレビのショー番組のごとく扱われたことはとても残念である。

 このテレビに映る事業仕分けの有様は、まるで凶暴な怪獣アンギラスが古い町々を踏み潰して破壊する様子に似ていた。さて、この先にはゴジラが現れ、科学技術の味方となって再びアンギラスと対決するのであろうか。それとも、アンギラスは微笑みの天使に豹変して科学立国日本を救うのであろうか。アンギラスの行く先。これを見守りたい。

 

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