2008/4
No.100
1. 巻頭言 2.エレクトレットコンデンサマイクロホンのロバスト化 3. 製図器械

4. 多チャンネル騒音振動計測システム

   
 
 <研究紹介>
     エレクトレットコンデンサマイクロホンのロバスト化

圧電応用研究室  安 野 功 修

1.まえがき
 エレクトレットコンデンサマイクロホン(Electret Condenser Microphone; ECM)は、カルナウバワックスのエレクトレット現象を1924年に江口元太郎博士が発見してから40年後に、Dr. Sessler 及びDr. Westが発明に結びつけたものである[1]。その後、種々の市場要求に合わせて改良され、2000年に携帯電話市場向けで生産数量が飛躍的に拡大した[2]。ECMは性能・品質・信頼性・生産性等多くの面で優れており、水没等の事故を除くと、通常の使い方ではほぼ満足するものができている。今後更に製造バラツキや使用環境の影響を受けにくいロバスト(頑健)な設計を行うためにMEMS (Micro Electro Mechanical Systems)を応用したECMの研究が進められ、医療用、セキュリティ用といった分野にまで用途拡大されていくものと考えられる。

 基本技術の一つはエレクトレット化工法及び材料の耐熱性評価手法である。ここでは固定電極形ECMを例にその手法を一部紹介する。

2.マイクロホンの感度
 固定電極形ECMの代表的な構造をFig.1に示す。エレクトレット材はFEP(四フッ化エチレン六フッ化プロピレンの共重合体)で固定電極上に貼り付けられている。
Fig.1  Basic structure of an ECM.

マイクロホンの感度S

----- (1)

(V) :出力電圧, (N/m2):音圧
Seff
(m2):振動板実効面積
V (V):エレクトレット表面電位
d (m):コンデンサ部分のギャップ
Sd (N/m):振動板等価スティフネス
Sb (N/m):背気容積等価スティフネス
で示される。(1)式より、感度を安定させるには各部品の精度、エレクトレット表面電位を、製造上及び耐環境上安定にすることが求められる。つまり、エレクトレットの信頼性と環境条件で変化しない構造を如何に実現するかが、ロバスト化のポイントである。

3.エレクトレット信頼性
 ECMの感度劣化の主要因は、エレクトレットの表面電位であり、その評価例を次に紹介する[3]。エレクトレットを高温中に放置してその表面電位の劣化量を評価する方法:ICD法(Isothermal Charge Decayを略して)を適用して、常温保存での寿命推定をする。

3-1 耐熱性能の評価
 固定電極エレクトレット形ECMを85℃, 105℃, 125℃, 150℃の雰囲気温度に放置した時、それぞれの温度に於ける感度低下から推定した表面電荷の劣化をFig.2に示す。
Fig.2 The electric charge degradation characteristic of fixed electrode electret (at 80 ℃, 105 ℃, 125 ℃, 150 ℃)

3-2 寿命推定
 次に初期値から3 dBの感度低下を寿命と定義し、ICD法によって得たデータから実験式を求め、25℃での寿命を推定する。アレニウスの反応速度の実験式を応用して寿命Lは

----- (2)

ここでΔE :活性化エネルギー、A :定数、k :ボルツマン定数、T :絶対温度 で推定する。

 固定電極エレクトレットの寿命を推定したアレニウスプロットをFig.3に示す。横軸に放置雰囲気温度(摂氏)、縦軸に経過時間をとる。85℃、105℃、120℃、150℃のそれぞれの雰囲気に放置した時の固定電極エレクトレットの表面電位の劣化値を、数値(dB)でプロットした。次に−0.1 dB、−0.3 dB、−1.0 dB、−3 dBに相当する線を引き、室温(25℃)でおよそ10年間保存すると、表面電位の劣化によるマイクロホン感度の低下は−0.1 dBと推定することができた。
Fig.3 Life presumption of fixed electrode electret

 従来、高温加熱での加速劣化試験によって製品の信頼性を評価し結果の余裕度でその性能を判定してきたが、この推定からは、10年の設計保証に対しては85℃環境でも−3 dB基準の寿命を保証でき、室温であればほとんど変化しないといえる。

3-3 刺激電流測定方法(TSC法)による評価
 TSC(Thermally Stimulated Current)法をECMに適用するにはFig.4の系で測定する。試料に面積20mm2の電極を平坦に当てるために図のような球状の接合腕で押し当てる。電流の向きは図の矢印方向を+とし、この系を恒温槽に入れ30℃から260℃まで10℃/minで昇温した時に、エレクトレットを通して流れる電流を測定する。
Fig.4 The sample and probe relationship at the TSC measurement

 ここで固定電極エレクトレットの耐熱性についてICD法により実験的にT<U<V<Wの順に良い結果が得られている試料について、熱刺激電流法(TSC法)にてその電流のパターンを比較し、Fig.5にその結果を示す。
Fig.5 The TSC characteristic of various fixed electrode electret material

 エレクトレット耐熱性の低いものはピークが大きく、脱分極電流が流れ始める温度及びピーク温度が高いほど耐熱性性能が良い結果になった。

 上記のようにECMのTSC試験では、温度を上げていくと電荷が励起されて自由になった電荷はそこに電界があれば動き出し電流となりエレクトレット電荷は減衰する。

 エレクトレットの表面電位による感度劣化は、このように電荷が試料の深さ方向の固定電極に向かって移動することにより、表面電位が下がって感度劣化につながる。

4.まとめ
 ECMの寿命を決定する最も重要な要因はエレクトレットの表面電位の低下である。固定電極エレクトレットの耐熱性評価は、ICD法での寿命予測、TSC法と電荷の移動の関係を検証することであり、電荷の内部への移動が電位劣化の主要因であることがわかる。今後、MEMS工法でさらに小型化が進むと考えられ、Siプロセスを応用したマイクロホンのエレクトレット化にもこの評価方法を適用することで、更なるロバスト化が可能となろう。


参考文献
1. G.M. Sessler, J.E. West, “Foil-electret microphone,” J.Acoustic. Soc. Am, 35, pp.1354--1357, 1963.
2. Y.Yasuno, Y.Riko, “A chronological review of production and applications of electret condenser microphones for consumer use,”Proc.8th International symposium on electrets, pp 943-948, Paris, Sep.1994.
3. 安野功修, 利光平大, “エレクトレットコンデンサマイクロホンの熱による劣化と耐熱性能向上の研究, ”信学論(A), J89-A,183-189(2006).

 

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