1997/7
No.57
1. 道路交通騒音の防止対策用施設のCEN規格 2. ASVA 97参加報告 3. タイ国訪問記 4. 回転機械設備の故障監視装置 MM-10/PG-02V
       <会議報告>
 タイ国訪問記

研究企画室 室長 山 本 貢 平

機内アナウンスに耳を疑う
 「当機はまもなくバンコク国際空港に着陸いたします。当地の天候は晴れ、気温は摂氏39度との報告が入っております。」

 機内放送をなにげなく聞き流していた。突然、「何?39度だと?」摂氏39度というアナウンスに耳を疑う。通路を隔てた席の見知らぬビジネスマンに「39度というのは何かの間違いでしょう?」と、つい話かけてしまう。その人は不信そうな目で私を眺めた後、「タイでは5月が最も暑いんです。2月にこちらに来たときは33度でしたから、今の季節で39度というのは間違いないでしょう」とつれなく教えてくれた。

 気温が20度前後という5月のさわやかな季節を迎えた東京を発って6時間半、温度差が約20度もある熱帯にやってきた。ふと、数年前の夏を思い浮かべる。あの時は東京で40度近い気温を記録し、うだるような暑さに呼吸困難を覚えたこともあった。

 飛行機はすでに着陸体勢に入り、窓からは町の様子がよく見える。目的地はおそらくジャングルのなかにあるのだろうと思っていたが、大きな誤解であった。 今回のタイ訪問の目的はタイ工学研究所(The Engineering Institute of THAILAND)が主催するセミナーに参加することである。タイといえば、タイ式ボクシングと映画「王様と私」の舞台程度の知識しかなかったが、はじめて触れるアジアの古い仏教国には親しみを覚えていた。短期間ではあるが、この国での滞在を振り返って見よう。

バンコク市内の交通事構と騒音
 タラップを伝って飛行機から降りる。繰り返して言うと疲れるが、ひとこと言わせていただくと、とにかく「暑い」。むっとするような暑さではなく、焼けるような暑さである。入国を済ませて、リムジンタクシーに乗る。タクシーから外を見ると、街路にそって椰子の木が立ち並び、走る車の荷台には日焼けした人がごろんと寝そべっている。人もイヌもネコもすべてが、けだるそうで動きが遅い。そんな景色をみながら市内に向かう。

 しかし、何という車の多さよ!片側4車線から5車線もある広い道路に、目一杯車が並び、ひしめきあっている。ともすれば隣の車に接触するのではないかと思われるほど混んでいる。その混雑の中を2人乗りのバイクが、隙間をみつけては侵入してくる。これがまた、うるさいのだ。一体、どこの国で製造されたバイクなんだろうか?排出量の規制は行われているのだろうか?つぎつぎと疑問が浮がぶ。

 この平面道路の上には高架構造道路が併設されていた。職業がら周辺騒音が気になった。日本でもよく見られるこのタイプの道路周辺は裏面反射音によって、騒音が高くなるとともに残響音の耳障りさが耐えられないのは容易に想像がついた。おそらく、道路端の位置でLAeqで80dB(A)は軽く越しているはずだ。

 このような沿道環境の悪い状態は、車の多さに起因していることはもちろんであるが、インフラストラクチャーとしての交通網整備が立ち遅れていることに一番の問題がある。すなわち、地下鉄やモノレールなどのコミュータトレイン、都市間の大量高遠輸送鉄道など、自動車以外の交通手段が未発達である。

 一方、日本の状況を考えた場合、都市内には地下鉄、新交通システムなどが網の目のごとく張り巡らされ、さらにこれらは、郊外を結ぶ中長距離の都市問鉄道に接続されている。十分とはいえないものの、郊外と都市の隅々が電車によって、まるでインターネット網のようにつながれている。このインフラストラクチャーとしての鉄道交通網は、日本では早い時期から整備されてきた。

 統計によれば日本における人とその旅程距離の積は、1970年までは鉄道が自動車、航空機、船舶を抜いてトップの座にあった。しかし、1960年以降、自動車の保有台数が年間200万台ぺ一スで増加の一途をたどり、現在6500万台となっている。この数は有効労働者数6500万人の数とほぼ一致しており、労働者一人が一台の車を持つ勘定になる。したがって、現在は自動車による人の旅程距離は鉄道を大幅に抜いてトップとなっている。後から知ったが、タイの交通渋滞は世界的に有名であったらしい。

 小一時間ほどして、タクシーはバンコクの中心街に入る。中心街には中高層のコマーシャルビルが立ち並んでいた。そんな中、恐竜のように立ち並ぶ大型クレーンがあちこちに見られ、建設ラッシュであることがうかがい知れた。

 町中の人を観察すると、ハンカチで口をおさえながら歩く人が時折見かけられた。さらにすごいのは、子供の頃テレビで見た月光仮面のような姿で道路際に立っている人がいたことである。この月光仮面は実は交通整理や監視をする警察官であることが分かった。結局、大型自動車やバイクの排気ガスによる大気汚染も深刻な問題であった。

セミナー会場で
 タイ工学研究所主催のセミナーは平成9年5月7日に、バンコク市内のSoltwin Towers Hotelの第1ホールで行われた。このセミナーは同研究所の騒音・振動委員会の委員長ナンパポーン氏(女性)の企画によるものであった。セミナーのテーマは「A Seminar on Techniquesin Industrial and Land Transportation Noise Reduction」であり、工場騒音と交通騒音の低減技術に関するセミナーとでも約せばよいのであろうか。2人の講演者がレクチャーをすることになっており、午前はシンガポール国立大学のLim Siak Piang氏、午後が私の担当であった。

 参加者は60名で約半数が環境庁、交通関係の公社の行政担当者、残りがエンジニアであると聞いた。したがって、大半の人のために、まず音の基礎から話す必要があった。この役割はLim氏が引き受けた。「音とは何?」から「なぜ音を計測するのか?」まで、わかり易く説明してくれた。彼は音響学の基礎から、計測、評価、予測、影響などの専門分野にまで幅広い知識をもってる。普通、半日のレクでは初心者に音響学を理解させることが困難であるが、彼はそれを身近な音を例にとりながら、うまく講義した。

 午後は私の番であった。できるだけ、写真と図を多く見せようと思い、0HPを80枚ばかり用意した。下手な英語を図でカバーしようと目論んだのだ。話の内容は(1)日本の道路、鉄道、航空交通ネットワークと騒音の現状、(2)環境基準、(3)道路交通騒音の予測計算法、(4)縮尺模型実験、(5)騒音対策技術(遮音壁、新型遮音壁、ルーバー、シェルター、吸音板、低騒音舗装)とした。

 写真類を見せていくうちに、日本がいかに騒音対策に苦心しているかが自然と伝わったようだ。高さ8mもある遮音壁が、富士山と一緒写っている写真、外側にぎれいな絵をデザインした壁、騒音対策をしながら植物鑑賞にも配慮した新型遮音壁など。見せる度にざわめきが起こる。また、山、谷、家屋、道路、トンネルなど箱庭を思わせる模型の写真にもざわめきが起きていた。

 レクを終えて、質問時間となった。タイ国立チュラロンコーン大学のプラットン教授が進行役を務められ、タイ語と英語の翻訳をして下さった。質問は「模型実験は本当に信用できるのか?」、「模型実験に技術的な問題はないのか?」、「鉄道と道路などから到来する複合騒音を、分離して測定する方法はあるか?」、「今の道路騒音をxxdB下げるのにどんな壁をたてればよいか教えてくれ。また壁の標準的高さはどの程度と考えればよいか?」、「透光性の材料を遮音壁の一部に取りつけたいが、面積配分の最適値を教えて欲しい」、「ダブルデッキ構造で鉄道と道路を建設する際、騒音の効果的な対策方法は何か?」 これらを聞いて驚いた。この会場に来ている人々の意識と知識がずいぶん高いのだ。実は後で知ったことであるが、バンコクでは通勤用高架鉄道の建設が進行中であること、ホープウェル建設工事とよばれる鉄道・道路のダブルデッキがコマーシャルビルと合体する構造の建設工事計画があるという。さらに、地下鉄建設工事も近くはじまるらしい。したがって、建設供用後に予想される騒音の大きさの予測とそれを対策する方法、さらには騒音を計測する方法に強い関心を持っていたのであった。

 質問に対する回答のうち、ホープウェル計画に代表されるダブルデッキ構造の騒音対策法については、希望のもてるよい対策方法はないと答えてしまった。それに対して、彼等はホープウェル建設工事はホープレス建設工事だといってがっかりしていた。

セミナー終了後
 セミナーが終わった後、プラットン教授、タイ環境庁のソンティ氏、ナッパポーン氏、そのほか数人と打ち合わせる。以前から話があったが、タイから小林理研にきて騒音に関する研修を受けたいというのだ。それも8人前後で期間は約2週間。歓迎しますと答えて帰国した。

 私はアジアの国として、台湾、シンガポールに続いて、今回初めてタイを訪問したが、いずれの国も産業の発展がめざましく活気にあふれている。騒音の問題というのは国の活力のバロメータなのであろう。急速な産業発展は我が国の例をみても明らかなように、とかく人間不在となりがちである。彼等が日本に来たら、じっくりと東京を眺めてもらいたいと考えている。

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