2022/7
No.157
1. 巻頭言 2. JISに基づく聴覚保護具の遮音性能測定 3. リオン音響校正システムRACS
 

 
  基礎物性の研究から実際的応用へ  


  圧電物性デバイス研究室 室長  児 玉  秀 和

 2022 年5 月2 日に深田栄一先生(当所名誉研究員)の百寿祝賀会が催され、門下生の諸先生方約30 名と共に参加した。この会では、参加者全員に近況など1 分30 秒のスピーチを求められた。そこで約10年前、国際会議に参加したときに、モントリオールからキングストンを経てトロントに至る旅を先生とご一緒した懐かしい思い出を披露した。

 さて、深田先生は1944 年に東大物理学科を卒業後、理化学研究所に移られるまでの約20 年間、当研究所で木材や骨の圧電性に関する研究に従事された。木材の主成分はセルロース、骨はコラーゲンを含む。セルロースは糖が、コラーゲンはタンパク質が化学結合で鎖のように繋がった天然の生体高分子である。これらは後に圧電高分子の起源となる。圧電性には圧力を加えると微小な電流が発生する正圧電効果と、交流電圧を加えると振動が発生する逆圧電効果がある。木材や骨の正圧電効果と逆圧電効果を測定し、それぞれの係数が一致することからこれらの圧電性を実験的に証明された。一言で圧電性の証明というが、1 ニュートンあたり発生する電流量は数ピコアンペア、1ボルトあたり発生する変位量は数ピコメートル(ピコは1兆分の1)しかない。また、セルロースやコラーゲンはせん断力により圧電性を示すため、繊維方向に対して斜めに切断した試験片を用いる必要がある。そこで正圧電効果の測定として、てこで試験片に力を加えてガルバノメータで電流を測定し、逆圧電効果の測定としてロッシェル塩を直列に固定した試験片に交流電圧を加え、ロッシェル塩の正圧電効果を利用して変位を検出された。1991 年、深田先生は再び当研究所に戻られると早速ポリ乳酸の圧電性を報告された。ポリ乳酸は植物を原料としたバイオプラスチックとして知られている。この頃になると圧電性を測定する様々な装置や手法が確立し、正圧電効果の測定はコンピュータで制御された加振器とチャージアンプで行える。また試験片の機械共振周波数周辺で掃引し電気インピーダンスを測定すると、機械共振が電気共振として測定できる。この共振法はインピーダンスアナライザを用いることで容易となり、より正確に圧電率を測定することが可能となった。これらの手法を駆使して、ポリ乳酸はセルロースやコラーゲンと同様にせん断力によって圧電気を発生し、圧電率がこれら天然の高分子のおよそ10倍に達することを報告された。筆者は2000 年より深田先生のご指導の下、圧電材料による遮音防振の研究に携わることができた。この研究は2008年に防音保護具への応用を検討するまでに至った。それまでの間、深田先生と国内外の学会や論文で研究成果を報告し、都度英文論文の校正をお願いした。原稿を持参すると、鉛筆を使い一文一文を丁寧に推敲された。今でも英文論文を執筆するときはこの光景を鮮明に思い出す。現在、圧電研究室は基礎物性の研究として圧電高分子の機構解明、そして実際的応用として音楽音響や医療用の高性能圧電トランスデューサの開発を進めている。これらは当研究室の理念として、深田先生の研究姿勢である「基礎物性の研究から実際的応用へ」を受け継ぎ、さらなる発展を目指すものである。

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