2021/7
No.1531. 巻頭言 2. VR技術を利用したリモート騒音測定 3. 音響式容積計・体積計
<研究紹介>
VR技術を利用したリモート騒音測定
騒音振動研究室 石 井 要 次1.はじめに
コロナ禍以降、リモート会議やリモート飲み会など、リモートという言葉が広く使われるようになってきた。そもそもリモート(remote)とは、物理的あるいは時間的に遠いことを意味するが、一般にリアルタイム性のあることを前提として用いる場合が多いと思われる。インターネット回線の高速化に伴い、医療分野ではリモートによる手術が実用化されている。リモートによって手術を行うシステムには、VR 技術を利用することで手術時の手元の映像(術野映像)だけでなく手術室全体の映像を遠隔地で再現できるものもある[1]。
筆者は、このようなVRやリモートに関する技術は騒音測定の分野でも利用価値の高いものと考え、遠隔地の立体的な音と映像をリアルタイムに再現できるシステムを開発してきた。屋外騒音測定をリモート化する利点として、無人測定点への適用が挙げられる。屋外騒音測定では、測定点に測定員を配置し、周囲の状況を記録することが望ましいが、現地の状況や人員確保の理由などから無人にせざるを得ない場合がある。このとき、VR 技術を利用し、遠隔地で音や映像を立体的に再現できれば、高い臨場感で無人測定点の周辺状況を把握することができると考えられる。リモート会議の表現に倣い、「リモート騒音測定」と呼ぶことにする。
本報では、開発を進めてきた遠隔地の3次元的な音と映像をリアルタイムに再現可能なシステム(以降、本システム)の概要、および各種交通騒音を対象としたリモート騒音測定を行った事例を紹介する。2.システム概要
本システムの構成を図1に示す。屋外測定点などで音や映像を収録する収録系、およびオフィスなどで音や映像を再現する再生系に大別できる。収録系と再生系のノートPCは互いにインターネットを介して接続されており、3次元的な音や映像をリアルタイムに伝送・再現することができる。また、収録系のPC などに音と映像をストアしておき、後日視聴することもできる。
収録系は、全天球カメラ(RICOH, THETA V)、サラウンド録音可能な4 chマイクロホン(ZOOM, H2n)、およびノートPC で構成した。ノートPC はWeb サーバ化されており、映像配信ソフトウェアによって全天球映像データおよび4 ch の音データをインターネット経由でリアルタイムに再生系PCへ伝送している。再生系は、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)(DELL,Visor)、ヘッドホン(beyerdynamic, DT990 Pro)、およびノート PC で構成した。HMD には6軸のモーションセンサが内蔵されており、受聴者の頭部の回転情報、および移動情報を取得できる。再生系のノ−トPC は収録系のノ−トPC から取得した音と映像を3次元化し、ヘッドホンとHMD で呈示する処理を行っている。
本システムの特徴の1つは、収録系を簡易的な機器のみで構成していることにあり、小型かつ軽量なため持ち運びが容易である。収録系は1箇所あたり5万円程度(ノートPCを除く)で構築できるため、多地点計測システムへの展開も容易である。
図1 本システムの構成3.音と映像の再現方法
ここでは概要について述べる。詳細については文献[2]を参照されたい。
音の再現方法については、Yokoyamaら[3]が提案した6 ch再生方式をバイノーラル再生によって再現する方法[4]を採った。バイノーラル再生とは、音源に頭部伝達関数(HRTF)をかけることで音像を任意の方向に制御する方法である[5]。本システムでは水平面内の音源を再現対象とし、KEMAR ダミーヘッドのHRTF を用いてバイノーラル信号を生成している。また、HMD のモーションセンサから得られる受聴者の頭部運動情報に合わせて音と映像の呈示方向を動的に切り替えている。図2は受聴者の頭部運動に追従して音像方向を変化させる例である。これにより、臨場感や音像定位精度が向上することが知られている。
図2 頭部運動への追従機能(音像方向の制御)4.各種交通騒音のリモート測定
4.1 鉄道騒音測定への適用
図3に示すように、在来鉄道と道路の間の歩道に測定点を設け、本システムの収録系を設置した。図4は再生系のHMDに表示されていた映像である。受聴者が向いた方向の映像が表示され、音像の到来方向も頭部の動きに合わせて動的に変化する。映像からは列車や自動車などの種類を把握できる。音については、列車位置に応じて音像が移動し、鉄道騒音と道路騒音が重なった場合は、それぞれ音像が空間的に分離して知覚された。また、道路側のマンション方向から鉄道騒音の反射音があるなど、音場の特徴を把握することができた。
図3 測定地点の様子
(a)視聴者が線路側を向いたときの映像 (b)視聴者が道路側を向いたときの映像 図4 HMD に表示される映像の一例(鉄道騒音)図5は、リモート測定による音源識別精度を検証するために別日に実施した簡易的な実験の結果である。現地に1名の測定員を配置し、遠隔地(オフィス)では別の 測定員が再生系システムを用いてリモート測定を行い、それぞれの測定員の音源識別結果を比較した。リモート測定においても、現地と同様に、列車、車、話し声をそれぞれ識別できている。ただし、リモート測定では、一部の音源に対して音の方向を誤って知覚する現象が生じていた。これはバイノーラル再生に用いるHRTF の個人差によると考えられる[5]ことから、今後、HRTFの個人化機能を搭載し、音像制御制度の向上を図りたい[6]。
図5 現地測定とリモート測定の音源識別結果の比較
(赤の破線は音像方向の誤りを表す)4.2 道路交通騒音への適用
交通量の多い道路沿いに測定点を設け、道路交通騒音を対象にリモート測定を行った。図6はリモート測定時にHMDに表示されていた映像である。車の種類などが 把握できる。音については、車と人の話し声などを分離して識別できた。しかし、頭部を静止した状態では音の到来方向の前後誤りが生じる場合があった。
図6 HMD に表示される映像の一例(道路交通騒音)4.3 航空機騒音への適用
空港近くの公園に測定点を設け、航空機騒音を対象にリモート測定を行った。図7はHMD に表示された映像の一例であるが、航空機の大まかな形状が確認できる。 音についても航空機の移動とともに、概ねその方向に音像が知覚された。また、セミの鳴き声が定常的に図7の右端にある木から聴こえることも確認できた。ただし、 本システムの収録系において上下方向のサラウンド録音に対応していないため、別途実施した高高度(5500 ft 程度)で飛行する航空機を対象にした測定では方向感が不 明瞭であった。映像についても高高度で飛行する機体の特徴を把握するためには画質が不十分であった。収録・再現している360°映像の解像度は4K 映像であるが、 HMD に表示される映像は、4K 映像の一部となるためで ある。今後、8K 映像などへの画質向上が課題となる。
図7 HMD に表示される映像の一例(航空機騒音)4.4 現地踏査への適用
本システムは小型・軽量であるため持ち運ぶことが容易である。測定点の事前踏査などにおいて簡易的に 3次元的な音と映像を再現することができる。しかし、HMDで視聴した結果、映像の揺れにより長時間の視聴 は困難であった。今後、現地踏査に利用するためにはカメラ用スタビライザーを使用して映像の揺れを抑制する など、いわゆる“VR 酔い”への対策が必要である。5.課題と今後の展望
(1) 音の再現精度の向上
受聴者ごとにHRTF を個人化することで頭部を動かさなくとも高い音像定位精度が得られることが示されている[6]。本システムにもHRTF の個人化機能を搭載する予定である。(2) 遅延速度の改善
本システムは、収録してから再生するまでに10 秒程度の遅延を要している。遠隔会議システムのように、収録系と再生系の間でコミュニケーションを取るために GPU などを利用した遅延時間の改善を検討している。(3) AI 機能の導入
再現する映像や音の情報からAIが物体を自動検出し、それを通知する機能を搭載すれば、測定員は常にHMD を装着する必要がなくなる。また、拡張現実(AR)を利用し、再現する映像において、車や鉄道などの物体を検出してその位置を呈示する機能や、音の到来方向を可視化する機能などを導入したい。6.おわりに
本報では、リアルタイムに3次元的な音と映像を再現できる音場再現システムを開発し、鉄道騒音、道路交通騒音、航空機騒音を対象としたリモート騒音測定に適用した事例を紹介した。今後は、音像制御精度の向上、耐久性の向上など、改善を進めていきたいと考えている。参考文献
[1] 津田他,電子情報通信学会技術研究報告,100(350), pp.121-128(2000)
[2] 石井,日本騒音制御工学会,Vol.44, No.4 pp.194-197(2020)
[3] S. Yokoyama et al., Acoust. Sci. & Tech. 23, 2, pp.97-103 (2002)
[4] T. Yokota et al., Proc. Inter-Noise 2015, in15-526 (2015).
[5] M.Morimoto and Y. Ando, J. Acoust. Soc. Jpn.(E), 1, pp.167-174(1980)
[6] K. Iida et al., J. Acoust. Soc. Am., 136(1), pp.317-333 (2014)