2021/ 4
No.1521. 巻頭言 2. 低周波音の施設と装置 3. ピストンホンNC-72B
脱炭素社会と道路交通騒音
理 事 長 山 本 貢 平2017年秋。自動車騒音関係者による意見交換会での話題である。「将来、自動車の形態が変わったとき、道路交通騒音は低減されるだろうか?」というのがKey Questionであった。自動車の形態が変わったときというのは、ある記事のことを指していた。それは数か月前の2017年7月にイギリス、フランス両政府が「2040 年以降ガソリン・ディーゼルエンジン車の新車販売を禁止する」という発表をしたことである(現在、イギリスは2040年を2030年に前倒ししている)。つまり、新規販売車はすべて電動モータ車(電動車)でなければならないということである。そ の目的は、大気汚染防止と気候変動の抑制への取り組みである。欧州では燃料効率の高いディーゼル車の人気が高く、その反面、ディーゼル車が主要都市に深刻な大気汚染問題をもたらしていた。さらに、1997 年に採択された京都議定書や、それに続く2015年のパリ協定の合意に基づき、欧州諸国は積極的に脱炭素社会に向けた取り組みを行っていた。ガソリン・ディーゼルエンジン車の販売抑制や禁止策が発表されたのはその一環である。
あれから3年経過し、自動車の形態が変わるのは欧州だけでなく日本でも現実味を帯びてきた。菅首相が2020年10月 の所信表明演説で2050年のカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現宣言を行い、これを受け、政策目標として2035年までに電動車100%を掲げた。また、東京都は2019年5月にゼロエミッション東京戦略を打ち出していたが、翌2020年12月には「2030年までにガソリン車ゼロ( HVやPHV を含むのかどうかは不明)」という前倒し政策を発表した。このように脱炭素社会実現の一つの手段として自動車の電動化が政策目標にされているのである。
それで、Key Question に戻るが、自動車が全て電動車に変わって騒音は下がるのかという問いに対しては、イエ スとノーの2つの答えが存在する。電動車は低速運転する限り極めて静かである。あまりにも静かなので、背後から近づく自動車に気づけないほどである。歩行者の安全を考えて、電動車には小さな自動車模擬音が人工的に付加され ている。一方、電動車が 40 〜 60 km/h以上の高速で走行すると意外に大きな騒音が発生する。それは、モータ音に代わりタイヤ/路面騒音が支配的となるためで、自動車の電動化を図ってもここがボトルネックとなる。つまり、 タイヤ/路面騒音を低減させなければ脱炭素社会でも道路交通騒音は減少しないという残念な結論に至る。このタイヤ/路面騒音を低減させ、脱炭素化が大いに進むと評価されるような新たな技術が、何とか出現しないだろうか?
自動車の電動化は、脱炭素化のごく一部にすぎない。電動車を製造する過程で膨大な電力が必要なので、電力を供給する火力発電所からは大量の炭酸ガスが放出される。結局は、この電力供給のための再生可能エネルギー活用 の遅れが、今度は脱炭素化のボトルネックとなってくるだろう。騒音という名の廃棄エネルギーを、大気中に放出する量を抑制する新たな技術が、脱炭素とは言わずとも、少なくとも省エネルギー化に結びついて欲しいと願う。