2021/7
No.1531. 巻頭言 2. VR技術を利用したリモート騒音測定 3. 音響式容積計・体積計
アーリア人の記憶と痕跡
理 事 長 山 本 貢 平ウィーンフィルハーモニー管弦楽団は、ヨーロッパの伝統音楽を守り続ける世界最高のオーケストラである。ハリウッドの映画音楽など演奏しない。ところが、2021年2月発売のウィーンフィルBDアルバムは、アメリカ人作曲家ジョン・ウィリアムズ指揮による、自身の手掛けた映画音楽の演奏ライブであった。圧巻は当日プログラムにはなかったスターウォーズの「帝国のマーチ」である。演奏が始まるやウィーンの聴衆にどよめきと興奮と歓喜の声が上がり、演奏が終わるや老いも若きも満場総立ちのスタンディングオベーションが起こった。「ジェダイの騎士対悪魔の戦い」というSF 映画音楽に、ヨーロッパの人々がなぜこのように強く反応するのだろうか?
スターウォーズの面白さは善と悪との尽きることのない戦いのドラマにある。また、「帝国のマーチ」に象徴されるダースベイダーは、愛のために善の世界から悪の世界に落ちた人物という悲しいストーリを持ち、人々の共感を呼んでいる。悪魔というものは、時としてキリスト教寺院の並ぶヨーロッパの街に出現している。19世紀末にはデカダンス(退廃)の中で、「神は死んだ」とニーチェが語らせた超人ツァラトゥストラが現れ、20 世紀にはホロコーストを起こしたナチスドイツが現れた。前者はリヒアルト・シュトラウスの音楽作品「交響詩ツァラトゥストラはかく語りき」としても有名である。後者のナチスは実在し、自らを世界で最も優秀なるアーリア人種と称して、他民族を侵略して大帝国を作り上げようとした。
アーリア人に興味を持った。紀元前30世紀〜前15世紀に中央アジアで牧畜民として存在し、進化しながらヨーロッパ、イラン、インドに移動したという(青木健著「アーリア人」)。身体的特徴は金髪・碧眼・長身・細面であって、今のヨーロッパの人々の容姿に近い。また、言語学的共通性により、インド・ヨーロッパ語族とも呼ばれる。アーリア人の宗教は拝火信仰のゾロアスター教である。ゾロアスター教の神官がザラスシュトラ・スピターマであった。ドイツ語ではツァラトゥストラと発音される。ニーチェが「神の死」を語らせたのは古代オリエントの神官ザラスシュトラ・スピターマであったのだ。興味深いのは、ゾロアスター教が「光と闇という善悪二元論的世界観」を持っていたということである。「騎士と悪魔の戦い」という映画スターウォーズの音楽は、現代のヨーロッパ人に、遠い祖先アーリア人が信じたゾロアスター教的世界観を、その記憶の痕跡の中から興奮とともに目覚めさせたのに違いない。
日本にもアーリア人の痕跡がある。仏教とサンスクリット文字である。インドに移動したアーリア人からゴータマシッダールタが現れた。サンスクリット語を記録する文字も生み出された。それらはインドから中央アジア、シルクロード、長安を経由して日本に伝来している。散策中に、武蔵国分寺の塔婆に墨で書かれた不思議な模様を発見した。梵字(サンスクリット文字)である。我々には読めないが、こんな身近にアーリア人の痕跡があったことに感動した!