2021/ 4
No.152
1. 巻頭言 2. 低周波音の施設と装置 3. ピストンホンNC-72B
 

       <研究紹介>
  低周波音の施設と装置


  騒音振動研究室  土 肥 哲 也、岩 永 景一郎

 低周波音は、通常の騒音と異なり建具をがたつかせたり、人に圧迫感を与えたりするなどの環境問題を引き起こすことがある。低周波音による苦情は増加傾向にある が、低周波音の環境基準や規制値などは未だに示されていない。この理由は、低周波音が人体や建具等に与える影響やその対策方法が十分に解明されていないためであ り、調査・研究を行うための実験装置や施設が必要とされている。当所では低周波音問題が国内で発生し始めた1970年代から様々な低周波音発生装置を開発・購入し て調査・研究を実施してきた。本報告では、当所における低周波音に関する施設・装置を概説するとともに、近年の使用傾向について紹介する。

低周波音実験室
 時田らがオールボー大学(デンマーク)の施設を参考にして1980年に建設した実験室[1]。残響室群の一室を低周波音実験室として使用しており、外部からの遮音を 高めている。直径38cmのスピーカ16個を天井部に設置することで、室内水平方向の音圧レベル分布が均一になり、複数の被験者が同じ音圧レベルで同時に実験する ことができる(図1)。これまで低周波音による圧迫感・振動感などの優位感覚を調べた聴感実験や、睡眠影響を調べた睡眠実験などが実施された。近年においても圧迫 感・振動感を調べる実験や、純音性による影響を調べる実験などに使われている。

図1 低周波音実験室(天井部)

低周波音体感装置
 低周波音の体感を目的に開発した移動可能な低周波音実験室(図2)。装置の内寸は幅 1.3m、奥行き 2m、高さ 1.5mであり、同時に最大3人が座って低周波音を体 感することができる(図3)。奥には直径 300mm のスピーカユニットが4台設置されており、5〜2500Hz の周波数帯域における最大出力性能は 100dB 以上で、倍音成分は −25dB 以下に抑えられている。この装置を用いることで感覚閾値を超える超低周波音や、低周波音の圧迫感を体感することができる。また、出入り口には ふすまを設置することが可能で、超低周波音により建具のがたつくデモンストレーションが可能である。本装置はトラックに積載して遠地に運搬できるため(図4)、一 般の方に低周波音を理解して貰うためのイベントで使われているほか、地方自治体や事業の環境担当者を対象とした講習会での使用が予定されている。今後、更に小型 化した組み立て式の体感装置を製作する予定である。

図2 低周波音体感装置
図3 装置内部
図4 2 t トラックのコンテナに格納した状態

実験用低周波音源
(1)トラック積載型装置[2]

 トラック積載型装置の概要を図5に示す。低周波音の発生部は1辺が約 1m の立方体で、向かい合う2面に 1m×1m のアルミハニカム板がそれぞれ設置されてい る。この2枚の板に空圧サーボアクチュエータを取り付け、最大±70mm の変位で振動させて低周波音を発生させる。5〜20Hz の超低周波音域における最大出力性 能は、装置開口部から 3m 離れた点で 110dB 以上であるため、屋外で建具ガタツキの実験を行うのに適している。本装置は 4t トラックの荷台に積載して運搬可能で あり、例えば、本装置を建具のガタつきが問題となっている家屋の近くに運搬し、超低周波音を発生させることで対象建具のガタつき閾値や家屋対策による効果を調べ ることが可能である。本装置は周波数を変化させることが可能であるため、超低周波音を含む低周波音域におけるインパルス応答の計測を行うことが可能である[3]。無風 条件下における 20Hz 以下の暗騒音が 40dB 程度であれば、数百m〜数km遠方までの伝搬実験も可能である。

図5 トラック積載型装置

(2)ワンボックスカー設置型装置[4]
 ワンボックスカー設置型装置の概要を図6に示す。音の放射機構は前述のトラック積載型装置と同様で、1m×1m のアルミハニカム板を空圧サーボアクチュエー タで振動させる。振動板はバックドアを開けた車体後端に1枚設置し、約9m3の容積を持つワンボックスカーの車室内をスピーカボックスとして利用している。 この装置は着脱可能で、音源として使用する時に設置する。所要時間は設置に約2時間、撤去が30分程度である。また、装置を設置する際の車体への穴あけ等の加工 を避けるために、後部座席を固定するフックを利用してアクチュエータを固定している。5〜20Hz の超低周波音域における最大出力性能は、装置開口部から 3m 離れた点で 100dB 以上である。本装置は、トラック積載型と比較すると振動板が1枚で、スピーカボックスの容積も1/3程度と小さいため放射音圧が 10dB 程度低いが、小型で自走できるため可搬性に優れている。

図6 ワンボックスカー設置型装置

(3)大型スピーカ
 図7の右写真は、ヘリコプターによる低周波音の聴感実験を行うためにFostex社に特注した口径約 73cm のスピーカである[5]。バスレフ方式を採用し、カットオフ 周波数は 16Hz である。左の写真の市販されているウーハに比べてスピーカボックスが大きく、20Hz 付近の音を効率よく発生することが可能であるが、密閉型でない ため 16Hz 以下の音の放射効率は悪い。近年は、これらのスピーカを密閉型に改造して 20Hz 以下の実験を行うことがある。
 図8は、当所で製作した屋外用の低周波音源である。装置の外寸は幅 1.1m、長さ 2m、高さ 1.1m であり、側面にはφ400mm のスピーカユニットが計8個設置されている。装置から 3m 離れた点における超低周波音の最大出力性能は、5Hz が 70dB、10Hz が80dB、 20Hzが90dB、30Hzより高い低周波音域では 100dB 以上である。本装置にはキャスターが取り付けられており、人間の手で押してパワーゲート付トラックに積載 し、運搬することができる。また、装置を分解して輸送することも可能である。

図7 低周波音用のスピーカ
左:市販されている口径42cm のスピーカ
右:特注して製作した口径73cm のスピーカ
図8 屋外用低周波音源

(4)衝撃音源[6]
 屋外で使用可能な衝撃音源(図9)。この音源は、圧縮空気の瞬時解放により 5m 離れた位置で最大150dB(600Pa)以上の衝撃音を発生させることができる。
 音源は内径260mm、長さ500mm のアルミ製で、筒の背面から空気を注入し、前面に張っておいたポリエステルシートの破膜により圧縮空気を瞬時開放する.筒の 内部に吸音材を設置することで筒内の反射音の影響を軽減し、インパルス波形に近い音が発生する。発生する音の時間幅は約1ms で、1〜1000 Hz の広帯域な周波数特性を有している。近年では、この音源がトンネル発破音の模擬音源として使われたり、伝搬特性などを調べる試験などに使用されたりしている。また、超低周波音領 域における家屋の遮音性能を現場で計測する際にも使われている。

図9 屋外で使用可能な衝撃音源

 

(5)建具振動試験用の低周波音発生装置(実験室内用)
 建具のがたつき実験用に開発した低周波音発生装置(図10)。1m×1m または 0.5m×1m のアルミハニカム振動板1枚を±10mm の振幅で振動させる。振動板と窓の間にできる密閉空間(2m×2m×0.5m)の特性と、駆動源に油圧サーボアクチュエータを採用することで、1〜50Hz の低周波音を最大で 150dB 発生させることができる。この装置は、前述したトラック積載 型装置と原理は同じであるが、大音圧が放射可能な点 と、振動板の制御システムに信号処理技術を用いること で正弦波だけでなく任意の波形を再生することが可能で ある点で研究への応用範囲が広い。例えば、この装置を 用いることでトンネル発破音などの衝撃性低周波音が、 定常音に比べてがたつき難いことなどが明らかとなっ た。近年では、油圧や空圧を用いた駆動装置を応用して 建具以外の試験体を対象に空気圧を負荷する実験や、空 気圧を用いた材料や装置の疲労試験が行われている。

図10 油圧サーボアクチュエータを用いた建具振動試験用の実験装置

おわりに
 当所が開発・所有している低周波音の施設と装置の一部を紹介した。同じ装置でもその時により使用目的や試験対象が異なる場合が多く、時代のニーズに合わせて装置の改良を即座に行うことが求められている。低周波音の現象や影響を解明するためのこれらの装置が、今後どのような進化を遂げ、どのような別の目的に使用されるのか楽しみである。

参考文献
[1] 時田、中村、織田、「低周波音域暴露実験室の構造と音響特性」、日本音響学会誌、40巻10号、1984.
[2] 土肥他、“可搬型低周波音発生装置の開発、”日本音響学会講演論文集、pp.955-956、2010.9.
[3] 岩永他:20Hz 以下を含む低周波音域におけるインパルス応答の計測、日本音響学会誌77巻 1号、pp28-37、2021.
[4] 岩永他:可搬型超低周波音源の開発、日本機械学会環境工学シンポジウム講演論文集、pp.28-30、2013.
[5] Ohshima and Yamada、 “Study on the effect of sound duration on the annoyance of helicopter noise by applying a technique of time compression and expansion of sound signals、” Applied Acoustics 70、 pp. 1200-1211 (2009).
[6] 土肥他、「家屋内における低周波音の音圧レベル分布―低周波音・衝撃音発生装置を用いたフィールド試験―」、日本音響学会講演論文集、pp.1047-1050、2012.9.

 

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