2020/10
No.1501. 巻頭言 2. inter-noise 2020 3. 深紫外線照射技術を採用した生物粒子計数システム
<技術報告>
深紫外線照射技術を採用した生物粒子計数システム
リオン株式会社 技術開発センター 水 上 敬、 関 本 一 真1.はじめに
小林理研ニュース No.149(2020 年7月発行)の技術報告にて、液体中の微生物を前処理なしにリアルタイムに計数する装置である「生物粒子計数器」を紹介した1)。 検出原理、性能評価及び実施例から、装置が培養法と同等もしくはそれ以上の感度を有していること、リアルタイムに微生物数の把握が可能であることを示した。
しかしながら、様々な分野で実用性評価をしたところ、いくつかの課題が見えてきた。水の中には自家蛍光 が非常に弱い状態下にある微生物が存在し、それらを検 出するために微生物検出感度をさらに高めなければなら ないことや、生物・非生物粒子の分別精度を向上させな ければならないこと、などである。リオンではさらなる 研究を重ね、新たな技術を発明することで、これらの課 題を改善した。本稿では、新たな技術である「紫外線照 射技術」を採用した生物粒子計数システム(以下本システムと呼ぶ)について、その原理と有効性を紹介する。2. システム概要及び原理
本システムの概要を図1に、システム例を写真1に示す。本システムは、前号で紹介した生物粒子計数器をセンサ部とし、計数結果を表示する制御用ノートパソコン と試料流量制御部に加えて、センサ部の上流側に「深紫外線照射部」を備えることを最大の特徴としている。
図1 生物粒子計数システム概要 写真1 生物粒子計数システム例2.1 センサ部概要
前号でも紹介した通り、センサ部では、微生物の持つ生理活性物質の一つである「リボフラビン(ビタミン B2)」の自家蛍光を検出することで生物・非生物を判別し、計数している。詳細は前号を参照されたい。2.2 深紫外線照射部概要
本システムに搭載される深紫外線照射部には、下記4つの利点がある。
(a)微生物の自家蛍光増強効果
(b)偽陽性リスク低減効果
(c)システム内の微生物汚染リスクの低減
(d)溶存有機物由来の蛍光を低減(a)微生物の自家蛍光増強効果
医薬品や食品、医療機器、工業機器等の製造に用いられる製造用水は、膜処理や蒸留などで高度に清浄化され、栄養素が非常に乏しい状態となっている。このよう に極貧栄養な水の中に棲息する微生物は、一般細菌と比べて個体が持つ自家蛍光強度が非常に微弱である。そこで本システムでは、あらかじめ深紫外線(300nmよりも 短波長な紫外線)を微生物に照射する事により、微生物が持つリボフラビンの自家蛍光強度を特異的に増強し検出し易くする技術を採用している2)。
リボフラビンは微生物内で様々な酸化還元状態で存在している。前号で紹介した通り、リボフラビンは特定の波長の光を照射する事で自家蛍光を発するが、その自家 蛍光強度は還元型よりも酸化型の方が強いことが知られている3)。一般に蛍光物質は、深紫外線などの強いエネルギーに曝されると、構成原子の化学結合の切断(酸化など)の影響で自家蛍光が消失するものが多いが、リボフラビンはユニークで、酸化により蛍光が増強する特徴を持っている。
そこで、本システムでは微生物内において様々な酸化還元状態で存在するリボフラビンに深紫外線を照射し、 還元型リボフラビンのN-H結合を切断(酸化)して酸化型とする事で、自家蛍光強度を大幅に増強し(図2、図3)、検出感度を向上させる工夫を施している。
図2 深紫外線の照射によるリボフラビンの酸化 図3 細菌の自家蛍光強度の変化(b)偽陽性リスク低減効果
本システムが測定対象としている製造用水には、配管や継ぎ手などからの発塵に由来する自家蛍光を持つ非生 物粒子(樹脂粒子等)も存在する為、センサ部の蛍光検 出感度が高いほど非生物粒子の自家蛍光を微生物として検出してしまうリスク(偽陽性リスク)も高まる。深紫 外線照射技術は微生物が持つリボフラビンの自家蛍光を 特異的に増強できるため、蛍光有無判定閾値の設定を変更したり、センサ部の蛍光検出感度を低くすることで、 自家蛍光を持つ非生物粒子による偽陽性リスクを低減させる効果がある(図4)。
図4 偽陽性リスクの低減(c)システム内の微生物汚染リスクを低減
深紫外線照射部で照射される紫外線は殺菌線 (約254 nm)が含まれており、試料液体への殺菌線照射量は1000 mJ/cm2 以上と強力であるため、本システム 内の微生物繁殖を防ぐ効果を有する(紫外線に比較的耐性を持つ芽胞菌を99.9%死滅させるために必要な殺菌線 照射量は33.3 mJ/cm2 以上)。したがって、製造配管に 本システムを接続する事による2次汚染リスクを大幅に低減している。(d)溶存有機物由来の蛍光を低減
活性炭処理などをされている水とは違い、地下水(ミネラルウォーターなど)は溶解性有機物がある程度存在 しているため、試料液体自体が有機物由来の蛍光を発す る事で、バックグラウンドノイズとなってしまい、その中に浮遊している微生物の自家蛍光の検出を大きく阻害 する。そこで、深紫外線が持つ波長185 nm の強いエネ ルギーにより炭素の共有結合(C=C)を切断し、溶存有機物を分解することで、純水(有機物が溶存していない水)と同等レベルまでバックグラウンドの蛍光ノイズを 低減することが出来る4)(図5)。
これにより、これまで測定できなかった井戸水やミネラルウォーターの測定が可能となり、適用範囲の拡大に 貢献する。
図5 溶存有機物由来の蛍光を低減3.非飢餓および飢餓状態の細菌の検出性能確認
前述の通り、製造用水など高度に精製された水は非常に栄養が希薄な為、その中にいる細菌は超貧栄養の状態(飢餓状態)に置かれた形で存在している5)。そこで、飢 餓状態の細菌が本システムの測定原理において検出可能であるか、複数の細菌種(下記(a)〜(d)参照)を用いて試験を行った。
(a) Methylobacterium extorquens NBRC15911 (【日本薬局方】培地性能試験用菌株 前号参照)
(b) Pseudomonas fluorescens NBRC 15842 (【日本薬局方】培地性能試験用菌株 前号参照)
(c) Aquaspirillum psychrophilum NBRC 13611 (飢餓によりコロニー形成能力が低下する菌種5))
(d) Flavobacterium flevense NBRC 14960 (飢餓により代謝に寄与する酵素活性が無くなる菌種5))
本試験では細菌の水中での活性状態(飢餓状態)を模擬する為に、第十七改正日本薬局方6)の参考情報(製薬用水の品質管理、4.4.2. 培地性能試験)に示されている 方法に準じて行った。
上記各試験菌を純水中に約105〜106個/mLの濃度となるように縣濁し、縣濁直後(非飢餓状態)と、22.5 ± 1℃ で3日間および7日間暗所静置(飢餓状態)を行い、そ れぞれの飢餓日数において、本システムならびに培養法(R2A 寒天培地、培養条件:22.5 ± 1℃、7日間培養)、蛍光染色法(DAPI 染色:全菌数の測定、CFDA 染色:生菌数の測定)により菌数を測定した(結果は図6参照)。
図6 非飢餓および飢餓状態での各菌種の測定結果飢餓状態に置かれた細菌の計数結果は、各試験法に対して様々な特色がある事を確認した。菌種によっては、飢餓状態に陥っても、各試験法の計数結果にほとん ど影響を及ぼさない菌種(菌種(a))や、飢餓状態によって培養法の計数結果に大きく影響がでる菌種の存在を確認した。
また、菌種(c)(d)を用いた測定では、CFDA 染色による代謝に寄与する酵素活性を有する菌数(生菌数)と比べて、培養法(R2A寒天培地)では非飢餓状態で約1ケタ少なく、飢餓状態においては3ケタ以上少なく検出される結果となった。
一方、本システムでの計数値は、飢餓にほとんど影響されない結果となった。培養法では検出できないが活性を有する細菌を高感度に且つ安定して計数できており、 培養法と比べ同等以上の検出感度を有している事を確認 した。
また、本システムは非飢餓状態および飢餓状態共に蛍光染色法による全菌数(DAPI 染色)とほぼ同様な計数値の推移を示す結果となった。4.おわりに
新たな技術である「深紫外線照射技術」を採用した本システムは、微生物の活性状態等に影響されず高感度に細菌を検出できることが確認され、自家蛍光が非常に弱 い状態下にある微生物を検出するという課題は改善された。また、2.2(b)に記述した通り、深紫外線照射技術により生物・非生物粒子の分別精度も向上した。
培養法は微生物の分析において歴史が古く、有用性の高いツールではあるが、試料の採取、培地への接種、コロニーカウント等、どうしても人手と時間を要する方法 のため、断続的な検査にならざるを得ない。従って培養法を用いた製造用水の微生物汚染管理は、手間と時間を要する断続的な「分析」手法を繰り返し実施する事で 「検知」を兼ねさせる管理方法となっている。
今回紹介した本システムは、「汚染リスク上昇の検知(ファーストスクリーニング)」という役割に特化し、自動でリアルタイムかつ連続的に微生物汚染リスクの上昇 を検知できる特徴を有するため、微生物汚染リスクの低減、最終製品の安全性の向上、製造管理コストの低減等に寄与できると考えている。
リオンでは現在、本システムを一体化した評価試験器を 開発し、対象となる市場での現場評価を実施している。今後も各市場の要求に応じた装置の開発を継続し、微生物汚染管理において「ファーストスクリーニング」を目的とした新たな管理手法を広く利用して頂けるよう取り組んでいく所存である。<参考文献>
1) 水上 敬、関本一真: < 技術報告> 生物粒子計数器, 小林理研ニュース No. 149(2020/7)
2) 関本一真: 生物粒子計数システム及び生物粒子計数方法, 特許第6126400 号(2017-04-14)
3) S.Ghisla : Fluorescence and Optical Characteristics of Reduced Flavins and Flavoproteins, Methods in Enzymology, 66, pp.360-373. (1980)
4) 関本一真: 生物粒子計数システムおよび生物粒子計数方法, 特許第6240280 号(2017-11-10)
5) 佐々木次雄 他: 平成15年度「日本薬局方の試験法に関する研究」研究報告−製薬用水中の微生物評価培地“R2A 培地”に関する研究−, 医薬品研究, 35, pp.638-652 (2004)
6) 厚生労働省: 第十七改正日本薬局方,(2016)