2016/7
No.133
1. 巻頭言 2. 誘電法による圧電率・弾性率の測定 3. カメラ 4. ローノイズマイクロホン UC-35P
 

      
 誘電による圧電率・弾性率の測定


圧電物性デバイス研究室  児 玉  秀 和

1.はじめに
 圧電物性デバイス研究室は、圧電高分子の圧電発現機構の解明にフォーカスした物性研究とトランスデューサー開発など応用を主体としたデバイス研究の2本柱から成る。本稿では前者に関するトピックスとして、各種誘電測定による圧電率・弾性率の測定について紹介する。前半では圧電高分子における圧電共鳴の観測について、後半では誘電率の非線形性を利用した圧電率・弾性率の測定について紹介する1)

2.一般的な圧電率・弾性率測定方法
 本編に入る前に、一般的な圧電率・弾性率測定方法について簡単に述べる。圧電性とは力を加えると歪みと同時に力に比例した電圧や電荷を発生し(圧電効果)、逆に電圧を印加すると電荷と同時に電圧に比例した力や歪みを生じる現象で(逆圧電効果)、電気系と機械系の結 合効果として知られている。圧電高分子は、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)や奇数ナイロンといった自発分極を有する極性高分子とポリ乳酸やポリγグルタメートといった分子鎖が一軸配向したキラル高分子に大別される。最近は、電荷を溜めた多孔質高分子エレクトレットが、各々の孔に分極が形成し厚み方向の伸縮に対して大きな電荷出力を発現することから、新たな圧電高分子として報告されている。
 圧電高分子の圧電率や弾性率を測定する場合、両面に電極を設けた短冊型フィルムを用い、両端に動的歪みを与え発生した電荷と力を計測する。電荷と力の比は圧電率 d31d32(延伸方向に45°カットしたキラル高分子は d14)を、歪みと力の比は弾性率を与える。逆にフィルムに交流電場を印加し、厚み方向の歪みからd33を測定できる。これらのように、圧電率は力学刺激を与えて電気応答を検出するか、電気刺激を与え力学応答を検出することで測定される。

3.高分子の圧電共鳴測定
 圧電体は電気系と機械系の結合効果のため誘電率に機械的な挙動も含まれることが特徴である。PZT などの圧電セラミックスの圧電諸定数はこの性質を利用して電気インピーダンス測定により求められる。一方、圧電高分子では高分子特有の分子運動由来の緩和現象や電気機械結合係数が小さいことから、圧電共鳴はPZTに比べて顕著に現れにくい。
 圧電共鳴とは、機械共鳴が圧電性を介して誘電率の周波数スペクトルに現れる現象である。誘電率は試料の両面に電極を設け、振幅 1 V 程度の交流電圧を印加して測定され、貯蔵誘電率(実部)ε’と損失誘電率(虚部) ε”から成る複素数 (ε*=ε’−iε”) で表せられる。PVDF などの多くの圧電高分子では、誘電率を周波数掃引しながら測定すると、図1に示すように3つの共鳴スペクトルが観測される。これらは低周波側から、長さ伸縮(LE)、幅伸縮(WE)、厚み伸縮(TE)による圧電共鳴である。伸縮方向の力学条件は共鳴前後で異なり、共鳴より低周波側では自由条件、高周波側では束縛条件となる。束縛条件の誘電率は自由条件の誘電率よりも小さく、これらの比は電気機械結合係数k に依存する。

図1 長さ(L)、幅(W)、厚み(T)の力学条件と圧電共鳴

 圧電体は誘電率を測定する間、わずかではあるが逆圧電効果によりひずみを生じる。そのため試料は極力固定しないことが望まれる。図2に示すようにサンプルの両面に蒸着やスパッタなどで電極を形成し、中央部を針状電極で固定すれば、拘束の影響を極力減らして測定することが出来る。


図2 共鳴測定のため中心部を針電極で固定したPVDF

 このようにして測定されたPVDF の比誘電率ε’/ε0ε”/ε0 の周波数スペクトルを図3に示す。ここでε0 は真空の誘電率である。試料は延伸方向を長手方向とした短冊状フィルムである。PVDFの誘電率は 10 kHz 以上で ε’/ε0 は減少し、ε”/ε0 は緩やかなピークを示す。これは、誘電緩和と 呼ばれる分子運動に起因する現象で、ε’/ε0 の変化幅より緩和強度はおよそ10、ε”/ε0 のピークより緩和周波数はおよそ 1 MHz となる。この緩和スペクトル上に、わずかながらε’/ε0 の階段状の変化とε”/ε0 のピークが 100 kHz, 300 kHz および 20 MHz に観測される。これらは、低周波よりLE、WE、TE モードの圧電共鳴である。これらを解析すると電気機械結合係数はLE モードから k31 = 0.1、TE モードから k33 = 0.2 となる。 ε”/ε0 のピークは共鳴周波数を与える。共鳴周波数は音速と距離(寸法)の比である。さらに、音速の2乗は弾性率と密度の比なので、共鳴周波数より弾性率を導くことが出来る。LE モードより弾性コンプライアンス 1/s11 = 4 GPa、 TE モードより弾性スティフネスc33 = 10 GPa となる。

図3 PVDF の誘電率周波数スペクトルと圧電共鳴

4.誘電率の非線形性を用いた多孔質ポリマーの圧電率・弾性率測定

i. 多孔質ポリプロピレンの圧電性
 多孔質ポリプロピレン(PP)エレクトレットは、厚み方向の応力に対してPZTに匹敵する大きなd33を示すこと から、新たな圧電高分子として注目されている。この多孔質PPエレクトレットは各孔に分極を形成し、外力による孔の伸縮、伸張により分極が変化し圧電性を発する。歪みに対する圧電率e33 は数100μC/m2である。この値はPVDF の1/1,000 に過ぎない。しかし、厚み方向の弾性率c33が数100kPa とPVDF の1/10,000 のため、 d33(≒ e33 /c33 )はPVDF の10倍となる。したがって、多孔質PPエレクトレットの場合、厚み方向の弾性率を下げるほど高いd33 値を発現する。

ii. 測定原理
 電極間に高バイアス電圧を加えると、厚み方向に応力が発生する。そのため、バイアス電圧を変化させながら誘電率変化を測定すれば、厚み方向の応力に対する機械的振る舞いが誘電率の非線形性として観測されることが期待される。
 図4に誘電率のバイアス電圧依存性に関する測定原理を示す。図中(i)は通常の誘電率測定手法を示す。試料に電場を印加し、生じた電荷量を計測すれば試料の容量が求まる。このようにして得られる容量の計測値C Meas は 誘電率εに寸法l0w0/t0 を掛けたものに等しい。図中(ii) に示すように誘電率を測定すると同時にバイアス電圧 Vb を印加した場合、バイアス電圧により電極間に応力 T3 = ( -1/2 )εEb 2 が発生する。ここで電場Eb=Vb/t0 である。この応力による長さ、幅、厚み方向の歪みを、それぞれ S1 ( =Δl /l0), S2 ( =Δw/w0), S3 ( =Δt/t0)とすると、測定される容量はCMeas=εl0w0/t0 (1 + S1 + S2 + S3 ) となる。

図4 バイアス電圧印加による非線形誘電率測定原理

 多孔質PPエレクトレットの場合、長さ、幅方向に比べて厚み方向が極めて柔らかく、かつ大きなd33 を有する。そのため、バイアス電圧による歪みは主に厚み方向に生じる。したがって、誘電率はεMeas = CMeas t0 /l0w0 = εd33εEb + 1/2ε2s33Eb2となる。この式からわかるように、εMeasには新たにEb項とEb2項が加わる。これらは圧電率と弾性率に起因する誘電率の非線形成分である。Ebの係数は圧電率d33を、Eb2の係数は厚み方向の弾性コンプライアンスs33 を与える。

iii. 測定方法
 誘電率バイアス電圧依存性は、図5に示す多目的誘電測定装置で測定することが出来る。パーソナルコンピュータとAD/DAボードを用いて、様々な電圧波形が形成出来、印加電圧と電荷応答を同時に取り込み誘電率を算出する。試料の電荷応答を検出するに当たり電荷増幅器を用いる。最近は、コンピュータ、AD/DA ボード ともに高性能かつ小型化が進み、コンパクトなシステムが可能である。

図5 多目的誘電測定装置の基本構成

 図6にダブルウェーブ波形と試料の変形の様子を模式的に示す。試料に低周波大振幅電圧と高周波小振幅電圧を足し合わせた、いわゆるダブルウェーブを印加すれば、低周波により周期的な応力を試料に与え、同時に高周波により誘電率を随時測定することが出来る。例えば、低周波電圧の周波数を 1 Hz、高周波電圧の周波数を 1 kHz とすれば、試料は1秒間に2回圧縮され、その間に誘電率が1000 回測定される。

図6 ダブルウェーブ波形と試料の圧縮変形

iv. 未分極処理多孔質PPの誘電率バイアス電圧依存性
 図7はコロナ放電処理していない多孔質PPについて、ダブルウェーブ法により測定した誘電率バイアス電場依存性を示す。周波数 1 Hz、振幅 400 V の低周波電圧と周波数 1 kHz、振幅 2 V の高周波電圧を足し合わせたダブルウェーブを試料に印加した。横軸は試料にかかる電場E、縦軸は 1 kHz の誘電率である。赤丸で示した測定値は電場に対して下に凸となる傾向を示した。 測定値をE 2 の関数であてはめると青線のようになり、誘電率がE2 に依存することを示す。
 空孔を多数含むため試料の誘電率は比誘電率に換算して 1.14 と低い。試料の厚み方向にかかる応力T3 は電場 E = 6 MV/m 時に最大 180 Pa が圧縮方向に作用し、その時の誘電率は10-3増加する。これは厚み方向の圧縮歪みに相当する。歪みと応力の比は試料の弾性率を与えるので、厚み方向の弾性率はc33 = 180 kPa となる。

図7 多孔質PP の誘電率バイアス電圧依存性

v. 多孔質PPエレクトレットの誘電率バイアス電圧依存性
 図8はコロナ放電処理した多孔質PPシートの結果である。先に述べた圧電共鳴測定で圧電率 d33 = 450 pC/Nに達することが確認されている。ここでは、誘電率は電場 600 kV/m で電場に比例する傾向を示した。この電場は図6に示した測定と比べて1/10 に過ぎない。誘電率は、電場が正の場合に減少し、負の場合は増加する。誘電率の減少は厚みの増加、誘電率の増加は厚みの減少を意味する。比例係数は -εd33 であり、圧電率はd33 = 450 pC/N となる。

図8 多孔質PP エレクトレットの誘電率バイアス電圧依存

5.おわりに
 誘電による圧電率・弾性率の計測について紹介した。高分子では、圧電共鳴は高分子特有の緩和現象や、圧電率が小さいことから、セラミックスと比べて緻密な計測・解析が要求される。多孔質ポリマーのように厚み方向が極めて柔らかい試料に対しては、誘電率の非線形性を利用した圧電率と弾性率の計測が有効である。この手法は 0.1 % 以下の歪みを誘電率変化で読み取ることを特徴とする。

参考文献
1)“A Series of Electromechanical Measurements for Determination of Piezoelectric, Dielectric and Elastic Tensor Components in Porous Polypropylene Electrets”, H. kodama, T. Osawa, Y. Yasuno and T. Furukawa, Proceedings of 14th International Symposium on Electrets, 2011.

 

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