2008/10
No.1021. 巻頭言 2. 墨 ツ ボ 3. 第32回ピエゾサロン 4. リオネット ルーク(RUHQ)
第32回ピエゾサロン
「有機蒸着薄膜の双極子配向制御による 強誘電性・圧焦電性」久保野 敦史顧 問 深 田 栄 一
平成20年6月26日に小林理研で第32回ピエゾサロンが開催された。「有機蒸着薄膜の双極子配向制御による強誘電性・圧焦電性」と題して、静岡大学工学部物質工学科准教授の久保野敦史博士が講演された。
![]()
静岡大学工学部 久保野 敦史博士 講演 まず、蒸着重合したポリ尿素薄膜が分極処理をしないで約50 pC/Nの高い圧電率を示すという発見について紹介された。図1に示すように、両端にNH2をもつジアミンのモノマー分子と、両端にNCOをもつジイソシアナートのモノマー分子を真空中で蒸発させ、基板の上で重付加させる。二つのモノマーの間に作られる尿素結合は4.9 debyeの大きな双極子能率を持つ。この双極子を基板に垂直方向に配向させれば、薄膜には大きな残留分極が発生し、圧電効果が現れる。すなわち、膜の厚み方向に応力をかければ電圧が発生し、逆に膜に電圧をかければ厚さ方向に歪みが生ずる。圧電率d33で表される効果である。
![]()
図1 ジアミンとジイソシアネートの重合による尿素結合の生成 通常は蒸着重合した膜を加熱しながら電界を加えて双極子を配向させるポーリング処理を行なう。ところが、久保野博士はこのポーリング処理をしないで、双極子が配向したポリ尿素膜の作成に成功されたのである。
図2に示すように、MDIというジイソシアナートとFDAというジアミンの蒸着重合によって、ポリ尿素薄膜が作られた。FDAはフルオレン環を持つ平面状の分子である。膜厚は約300 nmである。基板は常温処理のAlである。図3は蒸着重合槽の概略を示している。また図4に示すように、蒸着膜の上面にAlを蒸着して電極とし、圧電率や焦電率などの測定を行った。
![]()
図2 MDIとFDAの重付加で生成したポリ尿素
![]()
図3 蒸着重合の原理図
![]()
図4 ポリ尿素を蒸着した後にAl電極を蒸着して測定 図5に無分極の膜にバイアス電圧を加えたときの圧電率d33の値を示す。バイアス電圧ゼロのとき、約50 pC/N (pm/V)である。これは、従来から良く知られているポリビニリデンフロライド(PVDF)を分極した膜で得られるd33の値の約2倍に達する。PVDFの分極をしない膜では、双極子の配向がランダムであるため、残留分極がなく、d33の値はゼロである。
![]()
図5 ポーリングしていないポリ尿素膜の圧電率バイアス直流電圧に対する変化 このポリ尿素の膜で、分極処理をしないで、なぜ双極子の配向がおこり、高い圧電率d33の値が得られるのか。この質問への解答のヒントを得るために、真空蒸着についての従来の研究成果の展望が行われた。
低分子の蒸着の場合、基板への分子の付き方は分子の形と官能基に依存することが知られている。例えばパラフィンなどの棒状分子は基板温度が高いと垂直に立つが、基板温度が低いと(たとえば-100℃)基板に平行に並ぶ。フタロシアニンなどの平板状分子は基板温度が高いと基板に平行に付くが、基板温度が低いと垂直に立つ。
高分子の蒸着の場合には、熱によって主鎖や側鎖が切断されるので複雑になる。しかしポリフッ化ビニリデンの場合には基板の温度によって、配向のみならず結晶型の制御も可能であることが報告されている。
蒸着重合は低分子のモノマーを二つ同時に蒸発させて、基板に蒸着と同時に重合させる新しい技術である。Al基板の上で、二つのモノマー、MDIとFDAが重付加しながら配向する機構が課題である。Alの表面は少し酸化されている可能性がある。尿素結合のNH基とAl板との親和性、FDAの平板状の形による垂直配向などが基板と蒸着分子との相互作用として考えられる。基板の第1層で双極子の配向が起これば、第2層以上にも力の場が及ぶものと考えられる。現在の自然配向の薄膜の厚さは約300 nmである。
図6は未分極ポリ尿素膜の圧電率d33の温度変化である。約50℃に緩和があるが、約120℃まで安定である。焦電率は約1×10-5C/m2Kである。IRスペクトルの測定からも尿素結合の電気モーメントが基板に垂直であることが確認された。配向蒸着膜生成の再現性にまだ課題が残されているが、基板と蒸着分子の相互作用の基礎研究が進めば、やがて解決されるものと思われる。
![]()
図6 ポリ尿素膜の圧電率の温度変化 従来の圧電ポリマーでは電界を加える分極処理が必要である。センサーなどへの応用を考えると、無電界配向は大きなメリットである。ドライプロセスで、基板に蒸着できることはナノ回路への結合にも都合が良い。従来のポリ尿素膜の研究から、十分な耐熱性と安定性も期待される。MDI-FDA蒸着重合ポリ尿素の発見は圧電高分子の特に応用面で画期的な成果であり、今後の大きな発展が期待される。
文献 A. Kubono et. al., Jpn. J. Appl. Phys.47, 5553 (2008)