2008/10
No.102
1. 巻頭言 2. 墨 ツ ボ 3. 第32回ピエゾサロン 4. リオネット ルーク(RUHQ)
   

 
 言者不知とはいうけれど

 

理 事  山 田 一 郎 *

 最近知ったことだが、夜空は意外に明るいらしい。日経サイエンス2008/2月号によれば太陽光や宇宙線で上層大気の分子が励起されて生じる「夜間大気光」によって夜空は常に満月ほどの明るさで照らされている。あいにく波長が近赤外より少し長いため、人間には闇としかみえないが、その光を使えば夜でもストロボなしで明瞭な写真が撮れるという。これには驚いた。ただし、ゲルマニウムのセンサーを使用する必要があり、それを効率よく作ることが困難であったため、一般には使われなかったのだが、最近うまい方法が開発されたそうだ。いずれ、製品が市中に出回ることになるかもしれない。そうなると、漆黒の闇に粗を隠すことも難しくなる。

 夜間大気光についてもう少し詳しく知りたいと思い、Googleで検索してみたが、難しいことが書かれているばかりであり、わかったのは夜間大気光のほかにも空を照らす光があるというだけである。検出もままならない強度のものばかりだが、ビッグバンの証拠とされる宇宙マイクロ波背景放射やクェーサーから来る宇宙X線背景放射である。思いがけぬことに夜空は光が溢れている。

 蛇足ながら宇宙マイクロ波背景放射を表す用語はCosmic Microwave Backgroundであり、しばしばCMBという略記号を使って表すようだ。しかし、この記号をGoogle検索してみたら全く異なる意味に使われていたので驚いた。コロンボ空港を表す記号であった。そこでKIPRを調べてみると、非営利団体であるが小林理研でなく、KISS Institute for Practical Roboticsというロボティクスについて啓発活動を行う協会が出てきた。これは面白いとCBAを調べると、費用対便益分析という社会経済分析手法Cost Benefit Analysisを表す記号の積もりであったがCommonwealth Bank of Australiaという銀行が出てきた。本当に色々あると驚くばかりだ。我田引水の感は免れないが、航空機騒音についての費用対便益分析のCBAについて最近聞いたことを書こう。

 昨年10月下旬、ICAO/CAEP航空機環境保全委員会の主催する「航空機の運航が気象変動・騒音・大気環境に及ぼす影響を定量化するための科学的知見・不確かさ・相違に関する評価」というワークショップに参加した。ICAO/CAEPにおける航空機運航に伴う環境影響の課題は、いずれもグローバルに取り組まなければならない課題であるけれども、地域ごとの問題である空港騒音 (Airport Noise; AN) と大気環境 (Local Air Quality; LAQ)、及び地球全体の問題である地球温暖化 (Global Warming; GW) に分かれ、これまでの施策は部門ごとに実施され、その有効性を最大化することを基本方針にして基準立案、指針文書策定等が行われてきたのであるが、投資可能なリソースが限られ、各課題への取り組みが相互に影響を及ぼしあうことから、課題間の依存性を考慮して施策のあり方を考えることが不可欠になってきた。しかし、様々な面で異なる点の少なくない課題間で施策に掛かるコストと効果を比較し、便益を最大化することは容易なことではない。そこで、共通の評価尺度の確立に向けて、各課題が人の健康と福祉に及ぼす影響についての最新の科学的な知見をレビューし、未解決の事項を洗い出して研究を進めようということになった。それがワークショップの目的であり、関連分野の研究者やCAEP及び加盟国の関係者からなるオブザーバーを招集し、討議を行ったというわけである。総勢80名ほどが参加して侃々諤々の議論が行われたが、AN部門の議長の一人は小林理研の客員研究員、Lawrence Finegoldであった。会議の成果は一冊の報告書にまとめられているが、9月下旬に開催されるCAEPの上層委員会に報告された後に公開される予定なので、ここでは様々な施策の有効性を比較・検討し、全体の便益を最大化するための分析方法、CBAについて論じられたことを紹介するにとどめる。

 さて、CAEPではこれまで課題ごとに費用対効果分析 (Cost Effective Analysis; CEA) をして施策の有効性を判定してきた。CEAは、「同じお金を使うのなら効果の大きい使い方をする方が良い」という考え方に基づいて施策の優劣を比較、検討する、簡単かつ確立した手法であり、施策の順位づけが容易という利点があるものの、課題ごと、施策ごとの効果(影響低減量や影響人口といったアウトプット)しか得られないため、施策の絶対的な意義や課題間の依存度合いや影響を評価することができず、どの課題をどの程度優先して実施すればよいかといった政策的判断に資することも難しい。それに対し、費用対便益分析 (Cost Benefit Analysis; CBA) は効果を一元的評価尺度、金銭単位で表し、費用との差異を算定して純便益として表すため、個々の施策の有益性を判断することができるし、種々の施策のオプションの優劣を比較、検討することもできる。ただし、CBAを使うには物理的な影響や健康影響の変化を評価する手法の確立、評価の不確かさの見積もり、金銭評価への抵抗の払拭の算段などについて検討しておく必要がある。航空交通の環境影響の課題はその空間的、時間的なスケールも影響内容も課題ごとに大きく異なり、価値感を左右する生活、文化の様式が異なる国や地域の違いを超えて金銭評価をしなければならないため、CBAはおよそ容易なことではない。筆者の理解するところでは、当面のこととして、ANとLAQについては地域的課題であるので健康影響を軸にCBA解析し、GWはCEA解析するという二段構えで解析が行われることになる可能性が高いかと思われる。GW単体でのCBA解析は行われているものの地球全体に及ぶ課題のため、ANやLAQと同列に論じるのが難しい。いずれにしてもこのCBA/CEAという困難な課題に果敢に取り組んで行こうとするCAEPの活動は、新鮮な驚きであったとともに、その一端に参加できてよかった。

 もう一つ、今年7月の下旬に米国東部のProvidence近郊のFoxwoods Resortで開催された「公衆衛生問題としての騒音に関する国際会議」ICBEN 2008での話題について述べる。この会議は5年毎に行われてきたものであり、過去5年間にわたる騒音の健康影響に関する研究成果のレビューの結果が報告された。  まず、航空機騒音の曝露レベルが大幅に低減されているにも関わらず、うるささの社会反応が大変厳しくなっている。これはわが国にもいえることであり、十分予想されることではあるが、環境意識や価値観の変化で環境品質の一層の向上が求められていること、騒音曝露回数が増え、曝露人口も増えたことに起因するという。

 航空機騒音による高血圧やCVD(Cardio Vascular Diseases:心臓血管系疾患)のリスク増大が一段と確実になった。欧州の主要6空港周辺での45-70歳成人の面接調査の結果、騒音暴露レベル10dB増が高血圧の有意な増加をもたらすと報告された。そういえば、環境騒音と大気汚染等の複合作用がCVDのリスクを増大させる可能性に関する研究が実施されているという報告もあった。

 小児・学童への騒音影響にも関心が高まっている。病者、弱者の保護、幼少期の騒音曝露の将来影響の観点からであり、学習能力・発達への影響が懸念されている。小児の聴力障害に関する懸念も報告され、驚き、かつ、頷かざるを得ぬものであった。小児の騒音曝露レベルは予想外に高く、聴力を守るには周囲の大人、とくに両親への啓発教育が不可欠という報告には注目させられた。大音量で音楽を楽しむ親の傍らにおかれた赤ちゃん達は、突然、身構える余裕もなく意味もわからぬ音に強制的に曝露される。恐るべきことである。

 水中の環境騒音レベルの増大により水中哺乳動物や魚類に通信妨害や聴力障害が発生し、リスクが高まっているという。水中での音圧レベルが概ね200dB/1μPaを超えるとTTS(一過性閾値変化)が起きるようだ。また、2000年以前の水中の環境騒音は潜水艦のソナーが主な発生源であったが、その後は様子が変わり建設工事等の様々な原因により騒音が発生し、影響を及ぼすようになっているという。これも予期せぬことであった。

 老子曰く、言者不知。されど、あれやこれや思いもかけぬこと多く、知ったか振りが止まらない。陳謝敬白。

* (財)空港環境整備協会 航空環境研究センター所長

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