2018/4
No.140
1. 巻頭言 2. 残響室法吸音率における空気吸収の影響に関する検討 3. JCSS校正証明書を標準添付した音圧フィードバック方式の音響校正器
   

       <研究紹介>
  残響室法吸音率における空気吸収の影響に関する検討


建築音響研究室  豊 田  恵 美

1 . はじめに
 残響室法吸音率測定では、特に高い周波数帯域において空気吸収の影響を受けやすく、またその影響は、低温度低湿度の場合において非常に顕著であることが知 られている[1]。そのため、残響室法吸音率の測定方法を規定するJIS A 1409(ISO 354:1985 の整合化JIS)や ISO 354:2003では、測定中の温湿度の制限範囲を定めている。これによると、温度の下限は、JIS では10 ℃、その後に定められたISO では15 ℃となっており、日本の冬季には厳しい条件といえる。本研究では、規格上の範囲を満たせない低温度条件においても十分な測定精度を保つために、測定中の空気吸収の変化が最小限となるような温湿度変化の許容範囲を明らかにすることを目的とする。

2. 温湿度の季節変化
 当所の不整形残響室(513 m3, 天井高さ約7 m)では、空気吸収の影響を把握するため、上下方向の温湿度分布を常時観測している[2]。これらの観測結果をまとめて、 各季節における温湿度の変化範囲と、上下方向の温湿度分布の変化幅を表1に示す。上下方向の温湿度分布の変化幅は、1 m間隔で6か所の測定点における最大値と最小値の差異で表すこととし、1日において最も大きい変化幅を代表値として、季節ごとに平均して求めた。残響室法吸音率測定において、空気吸収の補正をおこなう場合には、空気の音響吸収係数m を算出する必要があるが、この値は、残響室内の温湿度から求められる[3]。つまり、上下方向に温湿度分布が生じているということは、どの位置で温湿度計を計測するかによって、算出されるm の値が異なるということである。そこで、空気吸収の影響が最も大きい5000 Hzの場合の、温湿度とm の関係を図1に示す。コンターマップ上には、表1に示した上下方向の温湿度分布の変化幅を、季節ごとに緑の枠で囲って表している。これによると、温度の高い季節は、上下方向の温湿度の変化幅は大きいが、その範囲内でのm の変化は小さい。また、温度の低い季節は、一般的には温湿度の変化によるm の変化は大きいが、上下方向の温湿度の変化幅は非常に小さいため、m の変化も小さいと考えられる。したがって、空気吸収の変化という観点でみると、今回の常時観測で得られた温湿度の変化範囲内であれば、残響室内の空気はほぼ均一とみなせる。

表1 温湿度の季節変化の範囲と上下方向の温湿度分布の変化幅

季節変化の範囲
上下方向の変化幅
温度
相対湿度
温度
相対湿度
4 〜 5 月
 10-20℃ 
 60-70% 
 ± 1.0℃ 
 ± 5% 
6 〜 9 月
 20-30℃ 
 60-80% 
 ± 1.5℃ 
 ± 8% 
10 〜 11 月
 10-20℃ 
 60-80% 
 ± 0.5℃ 
 ± 3% 
12 〜 3 月
 5-10℃ 
 50-70% 
 ± 0.3℃ 
 ± 3% 

図1 空気の音響吸収係数(5000 Hz)

3. 加湿による温湿度変化
 図1から判るように、気温が一定であれば、湿度が高いほどm の値が小さくなる。したがって、低温度条件の場合に、空気吸収の影響を小さくする方法として、加湿は有効な手段であると考えられる。そこで、残響室床面を、モップを用いて水で湿らせることにより加湿を行い、温湿度の時間変化を観測した。この加湿作業を、半日かけて4回繰り返した場合の観測結果を図2に示す。加湿作業を1回行うごとに、1〜2 時間で相対湿度が約 5 % 上昇している。これを4回繰り返すことで、相対湿度は約60 % から約80 % まで上昇したが、温度に大きな変化はみられなかった。また、加湿作業後、一晩経過しても、相対湿度は約80 % を保持した。翌朝の9時よ り、吸音率測定の試験体設置作業が6〜8人で30分程度行われた。この間、温度はわずかに上昇し、相対湿度は約 5 % 低下したが、作業30 分後には、ほぼ元の状態に戻った。試験体の設置作業や撤去作業が長くかかると、その分湿度が低下していくと考えられるため、できる限り作業は迅速に行うのが望ましい。また、作業後は、空気の状態が安定するまで測定を開始すべきではない。

図2 加湿作業中の湿度変化

4. 実験的検討
(1) 測定方法
 低温度条件において、測定中の空気吸収の変化が最小限となるような温湿度変化の許容範囲を検討するため、湿度条件を変化させて、残響室法吸音率の測定を行っ た。測定試料は、空気吸収の影響が大きい高音域において、高い吸音率をもつグラスウール(密度40 kg/m3、厚さ 50 mm、剛壁密着)を対象とした。表2に空室お よび試料設置状態における温湿度条件を示す。湿度を、先に示した加湿の方法を用いて、5 % ごとに調整し、4条件設定した。温度は、どの条件も約5 ℃でほぼ一定であった。表の値は、6か所の測定点で観測された温湿度の平均値を示している。残響室法吸音率 αs を算出する際には、空気吸収の補正を行わない場合には(1)式、補正を行う場合には、(1)式に補正項を加えた(2)式を用いた。

 (1)

 (2)

ここで、V は残響室容積(m3)、S は試料面積(m2)、T1 は空室状態、T2は試料を入れた状態での残響時間(秒)、c1T1 測定時、c2T2 測定時における音速(m/s)、m1T1 測定時、m2T2 測定時における、空気の音響吸収係数(m-1)である。補正を行う場合、m1 およびm2 を算出する際に用いる温湿度は、表2に示した値とした。
 どちらの計算においても、空室および試料設置状態、各4条件での残響時間測定結果の組み合わせによって、 16 通りの結果が算出される。なお、残響時間の測定は、音源2か所、測定点5か所とし、インパルス二乗積分法を用いた。1条件当たり5分以内で行い、その間の温湿度は一定であった。

表2 温湿度の季節変化の範囲と上下方向の温湿度分布の変化幅


 空室状態 
 試料設置状態 

 Case 1 (約60%) 
 5.2℃, 57% 
 5.2℃, 57% 
 Case 2 (約65%) 
 4.8℃, 64% 
 4.9℃, 64% 
 Case 3 (約70%) 
 5.1℃, 72% 
 5.2℃, 72% 
 Case 4 (約75%) 
 4.8℃, 77% 
 5.2℃, 76% 

(2) 測定結果
 空気吸収の補正を行わない場合の測定結果を図3に示す。16通りの結果のうち、温湿度の変化のない4通りの組み合わせから算出された吸音率結果の平均値をリファ レンスとして示す。800 Hz 以下の周波数帯域においては、測定結果に差異はみられない。高い周波数帯域においては、空室状態と試料設置状態における湿度変化が大 きいほど、空気吸収の影響により、リファレンスとの差が大きくなる。次に、空気吸収の補正を行った場合の測定結果と、その補正値((2)式の補正項の絶対値で表す) を、空室状態と試料設置状態における湿度変化ごとに分類分けして図4に示す((a) 5 %, (b) 10 %, (c) 15 %)。これらの結果のうち、全ての周波数帯域においてリファ レンスとの差異が0.05 以下であるのは、Case 3 とCase 4 の組み合わせ(湿度変化 5 %)の2 条件のみであった。その他の条件では、補正値が大きいほど、リファレンス との差異が大きくなる傾向がみられる。特に、補正値が約0.2 より大きい場合には、リファレンスとの差異が顕著となり、空気吸収の影響による誤差が生じていると考えられる。
 そこで、補正値が0.2 以下という条件を閾値とし、低温度条件において、これを満たす温湿度変化の許容範囲を考察する。空室状態と試料設置状態における湿度変化 が、(a)5 %、(b)10 % と仮定して、5000 Hz の場合の補正値を計算した値を図5に示す。この時、温度の変化は無く一定とし、5 ℃、10 ℃、15 ℃の場合について示した。この結果から、温度が15 ℃の場合、相対湿度が 55 % 以上で、湿度変化が5 % 以内であれば、閾値0.2 を下回る。また、相対湿度が70 % 以上であれば、湿度変化は10 % まで許容されることが判る。同様に、温度が 10 ℃の場合、相対湿度が60 % 以上、また、温度が5 ℃の場合は、相対湿度が70 % 以上であれば、湿度変化 5 %以内が許容範囲と考えられる。ただし、これらの許容範囲は、今回の実験条件(V= 513 m3, S = 9.9 m2)に限定された結果であり、容積が大きい残響室における一例であるといえる。一般的な大きさの残響室と比較して、厳しい許容範囲ではあるが、簡単な加湿作業によって、十分実現可能であると考えられる。

図3 残響室法吸音率測定結果 空気吸収の補正なし

図4 残響室法吸音率測定結果 空気吸収の補正あり

図5 測定中の湿度変化を(a)5%、(b)10% と仮定した場合の補正値(5000 Hz)

5. まとめ
 残響室法吸音率測定では、空気吸収の影響を受けやすいため、低温度条件での測定は困難とされてきた。本報では、低温度条件においても十分な測定精度を保つため に、空気吸収の変化が最小限となるような温湿度変化の許容範囲について、実験的に検討した。段階的に湿度条件を変化させ、吸音率測定を行った結果、空気吸収の補正値が大きいほど誤差が大きく、補正値が0.2 以下という条件が閾値となることが判明した。低温度条件においては、加湿によって相対湿度を調整することにより、この閾値を満たすことができる。

参考文献
[1] Yoshito Hidaka, Hiroo Yano, and Hideki Tachibana, “Correction for the effect of atmospheric sound absorption on the sound absorption coefficients of materials measured in a reverberation room,” J. Acoust. Soc. Jpn., (E) 9, 5, 217-223 (1998)
[2] Emi Toyoda and Junichi Yoshimura“, Experimental study of the effect of air absorption on the sound absorption measurement in a reverberation room,” in Proceedings of Inter-noise, Innsbruck, Austria (2013).
[3] ISO 9613-1: 1993, Acoustics ─ Attenuation of sound during propagation outdoors─Part 1: Calculation of the absorption of sound by the atmosphere.

 


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