2009/4
No.104
1. 巻頭言 2. 第13回エレクトレット国際会議 3. 木魚・魚板 4. 第33回ピエゾサロン
  5. 8チャンネルデータレコーダ DA-40

第33回ピエゾサロン
  「ナノスケールでの電気力学」 Sergei V. Kalinin
  「高分子系での圧電性の発現」 Reimund Gerhard

顧 問  深 田 栄 一

 平成20年9月18日に東京理科大学森戸記念館で第33回ピエゾサロンが開催された。9月15日〜17日にはお台場の日本科学未来館で、第13回エレクトレット国際シンポジュームが開催された。東京理科大学教授の古川猛夫博士が会長であった。18日の午前には、森戸記念館でエレクトレットに関連したワークショップが開催されたので、その午後、小林理研と国際会議の共催でピエゾサロンが開催されることになった。
第33回ピエゾサロン 開催風景

ナノスケールでの電気力学  S. V. Kalinin
 初めの講演の題は、Oak Ridge National Laboratory, USA のDr. S. V. Kalininによる「Electromechanics on the Nanoscale: Principles and Emerging Applications」(ナノスケールでの電気力学:原理と創発的応用)であった。Kalinin博士は最近、圧電研究の分野にナノスケールの観測手段を導入し、目覚しい研究成果を発表している新進気鋭の学者である。講演はガルヴァニの蛙の筋肉の電気収縮から始まり、強誘電体結晶や生体高分子の微視的構造の観測についての格調高い内容であった。

 走査型プローブ顕微鏡 (Scanning Probe Microscopy, SPM) は先端のとがった探針を表面で滑らせ、原子レベルの高分解能の観測が可能である。走査型トンネル顕微鏡(STM)や原子間力顕微鏡(AFM)などがあるが、新たに、圧電応答顕微鏡 (Piezoresponse Force Microscopy,PFM) の開発が行われた。

 図1はその原理を示す[1]。探針に伝導性を与えておき、圧電体に交流の電界を加える。圧電体表面の伸び縮みがカンチレバーの光反射の変化から測定できる。PZTなどの強誘電結晶体のスイッチング、局所分極、強弾性、核生成、ドメイン境界、局所相転移などの観測結果の展望があり、ナノスケールでの電気機械変換の研究に大きく役立つことが示された。特に興味深いのは、生体を構成するコラーゲンやキチンなどの生体高分子の圧電効果がナノスケールで見事に示されたことである。

 図2(a)に示すように、圧電体に電界を加えたとき、カンチレバーの面に垂直方向の変位 (VPFM)と面内の変位(LPFM)を同時に測ると、圧電変位をベクトルとして観測することができる。 (b), (c)は歯のエナメル質400× 400 nm2の面積の立体図形および弾性変形の図である。(d), (e)は探針に10Vppを加えたときのVPFMとLPFMである。(d)の垂直スケールは−7.5〜7.5 pm/Vである。(f)はベクトルPFMで、色はベクトルの配向を示す。(g),(h)は分子配向を半定量的に示す。これらは、エナメルに存在するタンパク質のらせん構造を示唆している[1]。
図1 圧電応答顕微鏡の原理[1]
図2 ベクトルとして計測
歯のエナメル内のタンパク質のらせん模様が見える[2]

 図3(a), (b)は、蝶とその羽のスケール(うろこ)の光学顕微鏡図を示す。(c), (d) はその原子間力顕微鏡図である。(f)はベクトルPFMの図であるが、最大1pm/Vの精度で羽の微細構造が見られる。(d−f)で挿入した線の長さは1μmである[2]。
図3 蝶の羽のスケールの微細構造[3]

 これらの例で見られるようにPFMは10nm以下のスケールで、生体分子の持つ微小な圧電効果 (〜1pm/V) を利用して、生体の精細な構造とそれによる機能の解明に役立つことが見出された。強誘電結晶の超微細構造の観測に対する貢献はいうまでもないが、従来観測が困難であった生体組織の圧電性と構造の研究に強力な実験手段を開いたものであり、将来の大きな発展が期待される。
文 献
[1]S.V.Kalinin et.al, Recent Advances in Electrochemical Imaging on the Nanometer Scale: Polarization Dynamics in Ferroelectrics, Biopolymers, and Liquid Imaging, Jpn. J. Appl. Phys.46, 9A, 2007, p.5674-5685.
[2]S,V,Kalinin et.al, Bioelectromechanical Imaging by Scanning Probe microscopy: Galvani’s Experiment at the Nanoscale, Ultramicroscopy 106, 2006, p.334-340.

高分子系での圧電性の発現  Reimund Gerhard
 第二の講演は、University of Potsdam, Germany のProf. Reimund Gerhard による[Tailoring Piezo - electricity in Polymeric Systems] (高分子系における圧電性の発現)であった。合成高分子による圧電体及び焦電体の分類から始まり、それらの原理を解説し、将来の可能性までにいたる優れた展望であった。主要な分類は、
1.結晶性極性高分子(例PVDF)
2.強誘電体粒子と高分子媒体との複合体(例PZT/EPOXYあるいはPT/P(VDF-TrFE))
3.空孔性強誘電エレクトレット
4.Maxwell-Wagner強誘電エレクトレット
 強誘電高分子のPVDFではCF2-CH2モノマーが2.1 Debyeの双極子能率をもち、分子が平行に並んだβ結晶構造では、延伸分極後に残留分極を発生する。この場合には、主に二つの機構によって圧電効果が発生する。一つは、外力によって結晶内の双極子が変形することによる結晶の圧電性である。もう一つは、軟らかい非結晶部分が歪むために、残留分極が電極に誘起する電荷が変化する寸法効果による圧電性である。
 C-C鎖をB-N鎖で置き換えた高分子では、モノマー[BF2-NH2]の双極子能率が大きくなるために、圧電率が約2倍に増加することが知られている[3]。
 PZTのような強誘電体粒子をエポキシ樹脂に分散させた複合体は、圧電率が大きく加工性が容易である。分散粒子としてチタン酸鉛(PT)を用い、分散体に強誘電性高分子P(VDF/TrFE)を用いた場合に, 図4に示すような興味深い状態が得られた。P(VDF/TrFE)は強誘電−常誘電転移のキュリー温度が60℃にあるため、ポーリングの方法を工夫すれば、室温での媒体及び分散粒子の分極の大きさと向きを自由に制御することが出来る。図4において、(a)は媒体のみが分極、(b)は粒子のみが分極、(c)は媒体と粒子の分極が平行、(d)は媒体と粒子の分極が反並行の場合である。
図4 強誘電結晶粒子と強誘電高分子媒体の複合系[4]

 (d)の反並行の場合は、PTとP(VDF/TrFE)の焦電率の符号が同じであるため、焦電効果は打ち消される。しかし、圧電率の符号は反対であるために強め合って、d33=20 pC/Nが得られた。(c)の平行の場合には、圧電効果は打ち消し合ってほとんどないが、焦電率p =−42μC/m2Kが得られた[4]。
 最近盛んな研究は有孔性高分子エレクトレットの圧電性である。ポリプロピレンの二軸延伸フィルムに数μmの大きさの空孔が分布している。ポーリング操作で、孔の上下に正負の空間電荷をトラップさせると、いわば人工の巨大双極子が作られる。図5に示すように、フィルムに圧力をかけると空孔は容易に変形するので、双極子モーメントの大きな変化が生じ、外部電極に誘導される電荷も大きく変化する。分極した有孔性ポリプロピレンでは数100 pC/Nの圧電率が観測される。
 外から加える電界を大きく変化させると、空孔内で放電が起こり、その結果トラップされた電荷の符号が反転する。したがって電界と分極の間には強誘電体に似たヒステレシスが観測される。そのため、強誘電エレクトレット(Ferroelectret)と呼ばれるようになった[5]。
 二種類の高分子フィルムが重なり合って、二重層を形成しその界面に電荷が分布している場合を考える(図6)。二つの高分子の硬さ(弾性率)が異なると、圧力を加えた場合に、二層の厚さの変化が異なり、電極に誘導される電荷の値も変化する。したがって、両電極の間には電流がながれる。図7はPTFEとPFCBの二層構造の境界面に電荷をトラップした後、圧力を加えたり切ったりしたときの圧電応答である。見かけの圧電率が数100pC/Nに達している。トラップした空間電荷による圧電効果が意外に大きいことが分かる[6]。
図5 空孔性ポリプロピレンの圧電性発現のモデル[5]
図6 軟らかい高分子層と硬い高分子層の境界に電荷がトラップされたモデル[6]
図7 図6のモデルに圧力を断続的に加えたときの圧電応答[6]

 高分子膜に人工双極子を導入するモデルとして、厚さ50μのTeflon膜にレーザー加工で直径0.5mmの孔を多数作り、両面にTeflon-FEPの膜を接着してから荷電した状態が図8に示されている。このような構造に圧力を加えれば、人工双極子の大きさが変化するので、両電極間には電流が流れる。PVDF並みの圧電率が観測されたという[7]。
図5 空孔性ポリプロピレンの圧電性発現のモデル[5]
左:R. Gerhard博士 
右:R.J.Fleming博士(Monash大)
左:S.V.Kalinin博士 右:筆者

 圧電高分子の初期の研究は、セルロース、コラーゲンなどの天然高分子で行なわれ、その起因は結晶構造の中のOHなどの双極子の内部変位によるとされた。その後発見された延伸分極したポリフッカビニリデンPVDFの圧電性の起因としては、結晶構造のCF2などの双極子の内部回転と並んで、分極によって生じたトラップ電荷の寄与が考えられた。
 絶縁性の良い合成高分子では、高電界の印加やコロナ放電などによって、空間電荷を安定にトラップすることができる。圧力によって、電荷層と電極の距離が変化すれば、電極に誘導される電荷が変化し、圧電効果が現われる。エレクトレット層から狭い空隙を隔てて振動膜が存在するエレクトレットマイクロホンと同じ機構である。
 絶縁性合成高分子膜の内部に多数の空孔を導入し、その上下に正負の電荷をトラップさせれば、巨大な双極子が多数分布した高分子膜ができる。圧力をかければ、空孔は容易に変形し、巨大な圧電効果が出現する。
 圧電高分子の研究が半世紀を経た現在、圧電高分子の注文仕立て(Tailoring)が出来る段階に達したと言うのが、Gerhard博士の演題の由縁であると思われる。
文 献
[3] S.M.Nakhmanson et al., Phys.Rev.Lett.92, 115504, 2004
[4] B.Ploss et.al, IEEE Trans. Diel. Elec.Ins. 7,2000, p.517-522
[5] S.Bauer, R.Gerhard-Multhaupt, and G.M.Sessle Physics Today, Feb.2008, p.37-43.
[6] G.S.Neugschwandtner et al,Appl.Phys.A70, 2000, p.1-4
[7] R.A.P.Altafim et al, Proc. 13th Int.Symp.Electret 2008, p.100

 

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