2009/4
No.104
1. 巻頭言 2. 第13回エレクトレット国際会議 3. 木魚・魚板 4. 第33回ピエゾサロン
  5. 8チャンネルデータレコーダ DA-40

    <骨董品シリーズ その70>
 木魚・魚板

理事長  山 下 充 康

 京都の禅宗の寺、隠元禅師が創建した「黄檗山萬福寺」。中国風(中国福州の寺院を真似ている)の寺院である。境内では多くの観光客に混ざって修行している禅僧たちの姿を散見することが出来る。

 寶殿に続く渡り廊下の天井から魚の形の分厚い大きな板がぶら下げられている。鯉のような、鯛のような姿の得体の知れない魚であるが、口に玉を咥えている。骨董市でこれに似た板を手に入れた。これを打ち鳴らして食事や起床の時刻を報せる。魚が目をつぶらないことから居眠り禁止の意味を持たせたという。「魚板」「魚鼓」などと呼ばれていて、腹を叩くことによって煩悩を吐き出させるとのこと、口の部分の玉は「貧・瞋・癡」の三煩悩(むさぼり・いかり・おろかさ)を表しているとのことである(図1)。因みに「我、昔より造るところの悪行は皆、無始以来の貧・瞋・癡の三毒を因とし、身と口と意より生ずる所なり。今一切をみ仏の前に懺悔し奉る」と懺悔文に記されている(図2は懺悔文がデザインされた羽織裏地で作られた小物入れの袋である)。
図1 魚板
(全長82cm、萬福寺の魚板は約2m)
図2 懺悔文の記された小物入れ

 境内が広いので打ち鳴らされた音が修行僧たちに十分に聞こえないことを懸念して回廊のところどころに「巡照板」と呼ばれる欅の厚板が吊るされている(図3)。木槌が添えられていて時刻を知らせるために当番の僧侶はこの板を激しく叩く。叩かれ続けたので木槌の当たる部分が凹んでいるが、木の板の音は静寂な禅寺の境内に似つかわしい音信号である。ハルピンに旅した時、著名な禅寺「極楽寺」で手からぶら下げた板を叩いて大きな音を発てながら境内を歩き回っている一人の僧に出会ったことがある。その時は喧しいと感じたが、思い返すとあの音は境内に居る修行僧たちへの合図の音信号だったのであろう。
 巡照板には何やら墨で文字が書かれている。「外息諸縁 内心無喘 心如牆壁 可以入道」厳密には意味不明であるがどうやら禅宗の経文らしい。
図3 巡照板
(幅410mm, 高さ310mm, 厚さ52mm)

 前号で取り上げた「拍子木」に続いて今回は木魚の音を紹介させていただくことにした。
 手元に大小二つの木魚がある(図4)。材料は楠。鈴のような切れ目が付けられていて内部が大きく削られて空洞になっている。外側の表面に彫刻されているのは魚の鱗で、こんな所に魚板の名残が見られる。取手に当たる部分に双頭一身の龍が彫られ一個の玉を挟んで向き合っている(図5)。
 木魚は綿入れの座布団に据えられていてこれをバチで叩く。バチは先端に布が巻かれた木の棒で、これで叩き出される音は「ポクポク」と柔らかい。
 もともと木魚は仏具で、読経や念仏を唱える際に調子を取るために用いられている。江戸時代の初めに中国から渡来したとのことであるが、元来は調子を取るための道具ではなく、禅寺の魚板や巡照板と同様に法要や儀式の始まりを告げる音信号に使われたものらしい。
図4 大小二つの木魚
図5 木魚に刻まれた双頭の龍

 近年では音楽の分野でドラムセットに組み込まれて打楽器として使われているのを目にすることがある(木の音が好まれて「ウッド・ブロック」と言う打楽器の一つにされている)。
 魚板、巡照板、大小の木魚の音には個々の特徴があって、各々が固有の音程を持っている。魚板は「コーン」、巡照板は「カーン」、大きな木魚は「ポクポク」、小さな木魚は「パカパカ」と鳴る。打撃時に放射される音圧波形と各々のFFT分析結果を図6に示した。分析には補聴器研究室の田矢晃一研究員、卒業研究生の三谷謙太君にご協力いただいた。

魚板

巡照板

木魚(大)

木魚(小)
図6 各々の音圧波形とFFT分析結果

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