2006/7
No.921. 五十嵐 寿一先生の思い出 3. スキャニング法による音響パワーレベル測定 4. 骨 の 笛 5. 第26回ピエゾサロン 6. 耳管機能検査装置 JK-05
第26回ピエゾサロン顧 問 深 田 栄 一
平成18年1月25日に小林理研の会議室で第26回のピエゾサロンが開催された。芝浦工業大学教授の大賀寿郎先生が、“圧電材料を用いたスピーカ、マイクロホンのバラエティ”という題で講演された。大賀先生の多年の研究開発の発展に基づいて、圧電セラミックや圧電高分子を用いた音響機器の歴史的展望と最近の研究の紹介が行われた。
すでに1965年に先駆的研究として、圧電セラミック材料を用いた電話用イヤホンが電電公社通研で開発されている。電気インピーダンスが大きく容量性であるので、電話システムに適合しているとされた。その後、1984年には、電電公社通研で801型電話機ハウディの音響部品として、圧電セラミック振動板が採用された。電気容量55 nF, 共振周波数1200 Hzの振動板がマイクロホン、イヤホン、サウンダに共用されるまでに発展した。
高分子圧電材料であるPVDF(ポリフッカビニリデン)は、1974年にはじめてパイオニアがヘッドホンや高音域スピーカに用いて商品化に成功した。延伸したPVDF膜を発泡ポリウレタンで張り上げて振動膜とした。また1977年には松下電器がPVDF膜を用いたノイズキャンセリングマイクロホンを製作した。二枚のPVDF膜を用いることにより、振動の影響を低減させることができる。1980年には電電公社通研からPVDF膜による電話機用マイクロホンの提案もあった。
1980年頃には、軟らかいが圧電感度の低い高分子と、硬くてもろいが圧電感度の高いセラミックの融合を目指して、高分子セラミック複合物圧電材料の研究が行われた。表1は高分子セラミック複合物圧電材料の特性を示す。1972年に電電公社通研による複合物圧電材料による平面スピーカの発表もあった。
表1 高分子セラミック複合物圧電材料(1980年当時)
圧電d定数pC/N 比誘電率 ヤング率109Pa 密度103s/m3 機械的性状 備考高分子複合物圧電材料 10〜45 10〜140 0.5〜6.0 <= 6 やや脆い NTT通研延伸PVDF 27 12 3.6 1.8 軟らかい 田村(パイオニア)よりPZT セラミック 145 1760 83 7.9 脆く割れやすい 市販品の一例1990年代は、磁石材料の目覚しい進歩のために、動電型音響機器が全盛となり、圧電型音響機器は主流でなくなった。しかし、21世紀は携帯電話などのモバイル機器の普及に加えて、材料や部品の改良によって、圧電材料による音響機器が再評価されようとしている。
最近の例では、2000年頃に特殊形状のセラミック板を用いた圧電スピーカ(松下電器)が発表された。振動板の特異な形状によって、共振周波数を分散させている。また、多層セラミック板を用いた圧電スピーカ(太陽誘電ほか)が現れた。同じ厚さで、圧電板をn層にすると電気容量はn2倍になる。電池で働く携帯、モバイル機器の用途には、電気インピーダンスが低く、低電圧大電流のほうが歓迎されるので、今後使われる趨勢にある。
PVDF膜のサイレントバイオリンへの応用(ヤマハ)は興味深い。共鳴胴は使用しないで、駒の下にPVDF圧電膜をセンサとして置いて振動をピックアップする(図1)。また最近、PVDFバイモルフによるタックスピーカ(クレハほか)が実用化されようとしている。バイモルフの圧電フィルムを波型に配置した構造であり、100 Hz以下に共振周波数を持つ圧電スピーカが初めて実現した(図2)。
2004年には、ゲルで支持したセラミック振動板による骨導マイクロホン(アシダ音響)が商品化された。振動板の自由共振周波数は約3.2 kHzにあり高周波の特性がよい。最近、超音波モータを用いたスピーカ(新生工業,芝浦工大ほか)が出現した。スピーカコーンの振動系に圧電式超音波モータを結合し、モータに速度変調をかけて、スピーカを駆動する。超低周波までの良い特性が期待される。
図1 サイレントバイオリン(左)とサイレントバイオリンを演奏する大賀先生(右)
図2 PVDFバイモルフによるタックスピーカ 図3 超音波モータを用いるスピーカ今後の圧電材料への要望としては、セラミックでは、薄型化でより高い共振周波数を実現すること、多層化でより大きな静電容量を実現すること、大型化でより大きな振動板を実現すること、量産可能な用途を見出してより低価格化を実現することなどがあげられる。高分子では、軟らかさやしなやかさを保持したままで、圧電定数の増大による高感度化、温度係数の低下、接着性の確保などが望まれる。
圧電高分子の応用の例としてデモンストレーションが行われた。PVDFを用いたサイレントバイオリンを大賀先生が演奏され、PVDFを用いたタックスピーカから音楽が流されたのである。1969年に小林理研で河合平司先生がPVDFの圧電性を発見されてから、37年の歳月が流れた。2006年に、同じ小林理研でPVDFを用いたバイオリンとスピーカで演奏が行われたことは、大変な感激であった。
講演に続いて、多くの質問や討論が活発に行われた。特に圧電超音波モータを用いたスピーカは目新しく、大きな関心を呼んだ。4個のPVDFタックスピーカ、サイレントバイオリン、付随する電気機器を持参して、見事なデモンストレーションをしていただいた大賀先生と援助をしていただいた方々に感謝いたします。
文献
大賀寿郎、根岸廣和,超音波TECHNO17(6),43-48
大賀寿郎、鎌倉友男、斉藤繁美、武田一哉 共著(2005), 音響エレクトロニクス−基礎と応用−,培風館