1.はじめに
低周波音による苦情件数は近年増加傾向を示している[1-2]。低周波音の苦情として知られている建具のガタつき[3] や、人体で感じる圧迫感・振動感[4] は、音圧レベルが大きい場合に生じることが多い。一方、低音圧レベルの場合においても、聴覚閾値を超えると苦情が発生することがあるが、その苦情が100 Hz 以上の「騒音」によるものか、もしくは地盤振動や耳鳴り等の低周波音以外によるものなのかを一般の方が判別することは困難であり、必要以上に低周波音に対して不安を感じている場合も少なくない[5]。また、苦情を受けて調査する自治体職員においても、環境担当職に配属されたばかりで低周波音を実際に聞いた経験が少ない場合には、適切な住民対応や調査を実施できない可能性が懸念される。
これらの現状を解決するためには、多くの関係者が気軽に低周波音を体験できる機会が重要と考えられるが、一部の研究機関などにある低周波音実験室[6] は主に調査・研究を行う設備であり一般利用は難しい。学会等が主催する低周波音の講習会などでそれらの施設を体験できることもあるが、遠方に住む高齢の方などは施設までの移動が困難である。また、低周波音を再生できる環境を整えることが難しいことからオンライン配信も現実的ではない。そのため地域の広場などで地震を体験できる「起震車」のように、様々な場所で低周波音を体験できる環境が望まれていた。
筆者らはトラックで各地に移動して低周波音を体験できる「低周波音体験車」[7] を開発した(図1)。同時に最大4名が、① 感覚閾値を超える超低周波音、② 低周波音の圧迫感・振動感、③ 実環境で収録した低周波音などを体験できる。さらに、上記と同様の体験ができ、既存の宅配サービスで輸送可能な1人用の「低周波音体験Box」も開発した。これまでに、自治体の研修会や、一般向けイベントの低周波音体験ブースなどで1,000 名以上が本車両を体験した。本稿では低周波音体験車と体験Box の特徴や音響性能と、その使用事例および体験者の反応などを紹介する。
2.低周波音体験車
低周波音体験車は、自治体や事業者の講習会や、一般向けイベントなどにおいて、手軽に低周波音を体験できることを目的として開発した、移動可能な低周波音実験室で、図2及び図3に示す体験室を積載した車両である。体験室内の寸法は幅1,200 m、奥行き1,900 m、高さ1,400 m で、最大4名が同時に座って低周波音を体験できる(図4)。実際には、その内の1名分に説明員を配置する場合が多い。
体験室の奥部には、直径300 mm の大口径スピーカーユニット(Fostex, FW305)を4台設置し、0.68 m3 の大きなバックキャビティを備えている。これにより、大音圧の超低周波音の歪みを抑えて再生することが可能である。室内における最大出力性能は、6.3 ~ 2,500 Hz の周波数帯域で100 dB 以上(図5)、倍音成分は-25 dB 以下に抑制されている。したがって本車両は、① 感覚閾値を超える超低周波音、② 低周波音で感じる圧迫感・振動感、③ 実環境で収録した低周波音を含む騒音、などを体験できる性能を有している。また、専門知識を持つ説明員が、低周波音計の表示を参照しながら解説することで、低周波音の経験が少ない人々にも知識を共有してもらえる。さらに、出入口にはふすまを設置することが可能で、超低周波音による建具のガタつきをデモンストレーションできる(図6)。
図2 車両に積載する低周波音体験室の概要(単位 mm)
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| 図3 体験室の外観 | 図4 体験室内(定員4名) |
3.低周波音体験Box
低周波音体験Box は体験者が1人で中に入り、低周波音を体験できる電話ボックス型の装置である(図7)。天井部に直径300 mm のスピーカーユニット(Fostex,FW305)を2台設置することで、前述の低周波音体験車と同様の体験が可能となる音響性能を有している。さらに、あらかじめ録音したガイダンス音声に沿って種々の低周波音を自動再生することで、専門知識を持つ説明員が不要となり、利用者が自由に中に入って体験できる自立式装置として使用できる。
図8に示すように体験Box の寸法は幅と奥行きが900 mm、高さが1,900 mm で、ボックスチャーター便と呼ばれるサービスを使って輸送可能なサイズである。また、側面・天井・床の木板はボルトで接続されており、1枚ずつに分解すれば宅配便で輸送可能である。低周波音体験車のようにトラックや運転手を手配する必要がないため、特に海を超えるような遠地の場合に低コストで体験を実施できるメリットがある。
4.使用事例
4.1 自治体の環境担当者向け研修会
自治体では職員を対象に低周波音研修が開催される場合があり、座学の理解を促進するための体験実習として「低周波音体験車」や「低周波音体験Box」を使用している。これまで数回実施した中の一例を紹介する。
概要は表1に示す通りで、31 名の職員を対象に低周波音についての座学を行った後、2人1組で5分間ずつ体験を実施した。体験内容は10 Hz の聴感、40 Hzで感じる圧迫感・振動感、実環境で収録した室外機の音、及びふすまのガタつきであった(図9、図10)。
研修後に配布したアンケートの集計結果は、表1にも示したように“わかりやすい”の回答が9割以上あり、自由記述欄にも「実際に低周波音を体験できる機会はほとんどないため良い経験になった」「講義の理解が体験によって深まった」「がたつきを見る機会がなかったので興味深かった」など、体験車が目的とする低周波音の理解促進に関して肯定的な意見が多く寄せられた。
また、体験までの待ち時間の有効利用についての意見も寄せられたため、改善策として待機室での低周波音関連動画の再生や、座学の質疑応答などを行ったり、図11 に示すように低周波音体験BOX を併設することで、興味のある体験者が何回でも自由に体験できるようにしたりしている。
図11 自治体の研修会の様子(低周波音体験BOX)
4.2 一般向けイベントの低周波音体験ブース
一般向けの各種イベントでは,低周波音理解促進ブースとして「低周波音体験車」や「低周波音体験Box」を使用し、これまでに一般の方など合計で1,000 名以上に低周波音体験を実施している(表2、図12、図13)。音響の知識を有していない方が参加されることも多く、まず音の高さによる聞こえ方の違いを聴感で確認した後、各種低周波音の体験を行っている。
実環境音は出展イベントのテーマに沿った音を再生しており、例えば風力発電の音などである。それらに含まれる低周波音の大きさを低周波音計で確認したり、体験者が日常使用する普通自動車内の音に含まれる低周波音と比較したりして、一般環境に存在する低周波音の理解を促進している。なお、子供連れの家族の場合にはゾウの鳴き声に含まれる超低周波音を10 倍速再生して可聴化した音源[8] を再生してみるなど、体験者に応じて興味を持ってもらえるように再生音源を工夫している。
表2には一般参加者に記入してもらったアンケートの自由記述欄を抜粋しており、「超低周波音は大きければ体感できることが分かった」、「普段乗る車の中でも超低周波音が大きいことがわかった」などの回答が得られ、体験中の反応や質問内容などからも、低周波音に関する科学的知見に対して正しい理解が促進できたと考えられるケースがほとんどであり、低周波音体験車の有用性が確認できた。
図12 一般向けイベント出展時の様子(低周波音体験車)
図13 一般向けイベント出展時の様子(低周波音体験BOX)
5.まとめ
トラックで各地に移動して低周波音を体験できる「低周波音体験車」を開発した。本車両は同時に最大4名に対して6.3 ~ 2,500 Hz の帯域で100 dB を超える音を再生でき、① 感覚閾値を超える超低周波音、② 低周波音の圧迫感・振動感、③ 実環境で収録した低周波音などを体験できる性能を有している。
低周波音体験車を各地に運搬し、自治体の研修会や一般向けイベントの低周波音体験ブースなどで使用した。これまでに1,000 名以上に体験してもらい、アンケート結果や、体験中のリアクション・質問内容などから、ほとんどの人に低周波音の理解を促進できている印象が見受けられ、低周波音体験車の有用性が確認できた。
参考文献
[1] 総務省公害等調整委員会:令和6年度公害苦情調査
[2] 環境省水・大気環境局大気生活環境室:令和6年度騒音規制法施行状況調査
[3] 落合博明他:低周波音による建具のがたつき始める音圧レベルについて,騒音制御,26 (2), pp.120-128, 2002. 4
[4] 中村俊一他:低周波音に対する感覚と評価に関する基礎研究,昭和55 年度文部省科学研究費「環境科学」特別研究,1979
[5] 環境省環境管理局大気生活環境室:低周波音問題対応の手引書,平成16 年6 月
[6] 土肥哲也:低周波実験室,日本音響学会誌,72 (7), pp.396–397, 2016
[7] 岩永景一郎他:運搬可能な低周波音体感装置の開発 -「低周波音体験車」の使用事例紹介- , 日本音響学会2023 年秋季研究発表会講演論文集,pp.563-564, 2023. 9
[8] 土肥哲也:ゾウと低周波音,騒音制御,42 (4), pp. 157-160, 2018. 8
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