2026/7
No.1731. 巻頭言 2. 低周波音の体験装置 3. 流体力学式液中粒子計数器 PT-01F
終戦記念日と圧電研究室
理事/圧電物性デバイス研究室長 兒 玉 秀 和8 月15 日に81 回目の終戦記念日を迎えます。当研究所の評議員を務められた小説家、津村節子氏の作品「茜色の戦記」、「星祭りの町」には、終戦直前の昭和20 年春、主人公が小林理研の補助技術員としてロッシェル塩の圧電気の研究に携わる様子が描かれています。その当時、ロッシェル塩は音波を電気信号に変換する圧電性を持つことから、水中聴音器に使われました。しかし、その優れた圧電性の反面、大気中の水分を吸収し溶解する潮解性という性質があり、高温多湿の環境では表面の電気漏洩が大きく、そのため使いづらいという欠点を持ち合わせていました。昭和18 年、河合平司(小林理研)はロッシェル塩の潮解性について論文発表しました。論文には60 グラムのロッシェル塩結晶片を高湿度で保管し、化学天秤を使い結晶片の重量を僅か1ミリグラム単位で日々測定した値が記録されています。この記録から、結晶片の重量は1ミリグラム程度の変化で推移し、潮解性が生じると3ミリグラム以上増えるという結果が示されました。
小説では、天秤ばかりでロッシェル塩の結晶片の重さを毎時量り記録する仕事が主人公に与えられます。結晶片の大きさは一辺1センチ角、厚さは5ミリ、重さは1グラムになります。当時、研究所ではロッシェル塩の表面にパラフィンを塗り、水分の吸収を防ぐ研究をしていました。しかし、パラフィンは電気を通しにくく、被膜が厚すぎると圧電気が検出されません。なるべく薄い皮膜を作るため、塗膜の厚さを変えた結晶片の重さを毎時量ります。主人公は、毎日出勤して当時新館と呼ばれた建物の一室で、一日中天秤と向かい合います。その間、結晶片の重さを1ミリグラム単位で量り、水分を吸う事で生じる僅かな重さの変化を見逃さないように注意深く量った様子が想像されます。一日中天秤と向き合い、指針を眺める作業は単調で面白い仕事ではありません。しかし、ここに描かれている地道な研究はやがて花開きます。ロッシェル塩の防水被膜の技術は確立され、小林理研製作所(現 リオン株式会社)でロッシェル塩を使ったピックアップやマイクロホン等の生産に活かされました。
小林理研の圧電研究は、当時と変わらず新館の一室で進められています。80 年の間に研究の手法は大きく変わりました。電極は錫箔から薄く密着性が良い金属コーティングになり、圧電性の測定は抵抗を用いた電圧測定から集積回路やアナライザによる精密測定へ変わりました。さらに、グラフ作成やデータ解析には専用のソフトウェアを使います。しかしながら、今も変わらないものもあります。それは、先人たちが培った研究に対する姿勢と精神です。当時、ロッシェル塩の研究では6万分の1という僅かな重さ変化を数日にかけて追い続けました。潮解性による重さ変化は数値を暗記するほど解析を続けないと見逃されてしまう結果でしょう。私たちは、時には当時と同様にグラフ用紙と鉛筆を用いてデータを解析します。その間に測定値を暗記し、僅かな変化から物理現象を見つけ出すきっかけとなります。終戦記念日を前に、改めて不易流行の精神を心に刻み日々の研究に励みます。