2026/1
No.1711. 巻頭言 2. ISE 20 参加報告 3. オージオメータ AA-H2
<技術報告>
オージオメータ AA-H2
リオン株式会社 医療機器事業部開発部 医用検査機器開発課 岡 龍 也
1.はじめに
オージオメータAA-H2(図1)は、JIS T1201-1:2020 タイプ1/ クラスB に適合した臨床研究向けハイエンドクラスの新製品オージオメータである。耳鼻科を受診する患者の診断の際、標準で実施される標準純音聴力検査や語音聴力検査に加え、耳鳴を持つ患者の診断に使用される耳鳴検査や方向感知覚に関連する聴覚器官の機能評価に使用する方向感検査など、クリニック向けのオージオメータには搭載されない検査も実装している。AA-H2 は従来機であるAA-H1(以降、従来機)の後継機種にあたり、検査時の新サポート機能の搭載や新規検査の実装など、数多くの新規要素がある。本稿ではAA-H2 の概要について解説する。
図1 AA-H2 の外観2.外観
AA-H2 のカラーリングのテーマは「Deep silence」であり、高級感と正確な検査精度を表現した落ち着いた明度とした。オージオメータ画面は視認性の向上を図り従来機の10.4 インチから15.6 インチと大型の液晶タッチパネルを採用した。また重量は従来機が約23.0 kg であるのに対しAA-H2 は約9.6 kg と凡そ半分以下である。機体の大きさは従来機が約W495×D470×H350mm であるのに対し、AA-H2 は約W460×D405×H329mm と僅かに小型となり、最上位機種である高級感を損なうことなく液晶画面の大型化および実機の軽量化を実現した。
またリオン社製オージオメータとして初めてケーブルカバーを標準付属とした。ケーブルカバーは実機背面に接続する受話器や応答ボタンなどの乱雑となるケーブル配線を視覚的に隠すことができ、かつ実機への埃などの侵入を防ぐ効果が期待される。3.新機能および新検査の概要
冒頭でも述べたように、AA-H2 には様々な新機能の実装や改良がみられる。オージオメータの新製品開発時に検討する新規要素として、新機能や新検査の実装、従来機能の改良、また実機の表面からは見ることができない点ではハードウェア性能の向上や製造時の組立時間の削減(構造の工夫)などが挙げられる。AA-H2の開発では、これらの新規要素の全てにおいて改良を図っているが、ここでは特筆すべき機能の詳細について記す。3.1. 聴覚補装具の設定と聴取条件図
聴覚検査は難聴者の診断のみならず、補聴器の装用効果の確認や人工内耳の術前・術後評価といった聴覚補償機器の評価にも使用する。AA-H2 では、患者の有する聴覚補償機器の種類の記録や検査実施時の装用状態の記録を可能とする「聴覚補装具の設定」という新たな機能を搭載した(図2)。選択可能な聴覚補償機器の種類として、補聴器や人工内耳の他に近年学会にて報告の多い補聴器と人工内耳による聴覚補償を組み合わせた残存聴力活用型人工内耳(EAS:electric acoustic stimulation)など新たな聴覚補償手法も予め設けられている。設定用のウィンドウの下部にはスクリーンキーボードによる文字入力機能も有しており、聴覚補償機器の型式や特筆事項の入力が可能である。
また、検者に対し検査中の状態を視覚的にわかりやすく示すため、検査実施時に被検者が装着している受話器の種類やスピーカ配置、出力音源の種類をアイコンで表現する「聴取条件図」を新たに検査画面上に配置した。音源の提示条件が複雑な検査などにおいては、検査実施前に聴取条件図を確認することで検査実施条件の誤りを解消することが期待できる。
図2 聴覚補装具の設定(画面中央)と聴取条件図(画面左下の黄色枠)
先に述べた「聴覚補装具の設定」にて選択した聴覚補償機器の種類は、聴取条件図にも反映され、音場検査においては被検者の左右の装用状態が視覚的にわかりやすく表示される。3.2 マスキングのサポート機能
聴力検査の実施の際、非検耳(検査耳の反対側)に狭帯域雑音を呈示することをマスキングと呼ぶ。例えば一側性難聴者を対象とした場合、検耳(悪聴耳)に呈示した高い音圧レベルの検査音源は非検査耳(良聴耳)に伝わる。被検者はそれに反応し応答することで、検査を正確に実施することができず、誤診に繋がる可能性がある。このような場合に、マスキングをすることで、非検耳での検査音の聴取を防ぐことができる。臨床現場におけるマスキングの実施の際は気骨導差(気導と骨導の聴覚閾値の差)や両耳間移行減衰量(検査音が検耳から反対側の耳に伝わる際に減衰する量)等の基礎知識を習得したうえで、患者を対象に適宜適切に対応しなければならない。そのため、マスキングを用いた聴覚検査の精度は検者の理解や知識量に依存する [1]。
そこでAA-H2 では、新たに「マスキングアシスト機能」を実装した。本機能は、マスキングをかけていない状態でオージオグラム上に聴覚閾値を記録した際に、陰影聴取や骨伝導による非検査耳での検査音聴取が疑われる場合、マスキングをかけて再測定する必要があることを表示し、推奨のマスキングレベルを自動で計算し提案する機能である。マスキング音源の呈示の際は、従来オージオメータ操作部上に備えられたスイッチ操作によりON/OFF を行っていたが、AA-H2 では聴力レベルダイヤルを呈示音圧レベルが小さくなる方向に絞り切ることでマスキングをOFF とする機能を新たに設けた(図3)。これらの機能は聴力検査実施時の検査精度の向上や操作の利便性の向上が期待できる。
図3 新たに追加したダイアルによるサブ音源OFF 機能3.3. J-HINT、J-Matrix test
一般的に臨床現場において実施される標準の語音聴力検査と言えば、57-S、67-S 語表を使用した語音弁別検査や語音了解閾値検査が知られている。検査の実施方法は、被検者が聞き取った語音を復唱または解答用紙に記入し、その正誤を採点することで了解度(正答率)や語音弁別閾値を得るものである。検査の実施条件としては、ヘッドホンまたはスピーカより単音節語音信号(「あ」や「き」)のみを呈示することで、語音の聴取能力を評価してきた。
しかし、日常生活においては必ずしも聴取者の聞きたい目的音のみでなく、目的音の聴取を妨げる音が少なからず存在する。そのため、静かな環境における語音聴取成績が良好であるからといって、日常生活におけることばの聴き取りに異常が無いとは断定できない。このような背景から、近年では日常生活により近い雑音環境下におけることばの聞き取り検査(雑音下語音聴取能検査)が注目され始めている。
AA-H2 では、雑音下における語音聴取閾値を求めるJ-HINT(Japanese Hearing in Noise Test)および J-Matrix test(Japanese Matrix test)の2つの新規検査を実装した。
J-HINT、J-Matrix test の特徴は、語音信号に文が使用されている点である。J-HINT は日常会話に近い文であり、被検者が聴取する語音の予測性の高いことが特徴である(図4)。(例、朝ご飯を食べて元気に出かけた)一方で、J-Matrix test は1文節につき10 種類ずつ用意された5つの文節から構成される文であり、予測性の低いことが特徴である。(例、太郎は 赤い 電池を 5個しまった)検査結果は、固定の雑音レベルにおける語音聴取閾値を信号雑音比(固定の雑音レベルに対し音声が何dB 差で聴き取ることができるか)で表示する。従来の検査法では正答率(%)で示されていたが、信号雑音比の場合、被検者の雑音下におけることばの聞き取りの程度が直感的にイメージしやすいといったメリットがある。
これらの検査は既に、国内の一部の医療機関において既存のソフトウェアにて補聴器、人工内耳といった聴覚補償機器の効果測定に応用されており、聴覚系の医学会における報告数も増えてきている。
図4 HINT の検査画面(検査後)
また近年、標準純音聴力検査および語音聴力検査の結果が良好であるにもかかわらず、雑音下における語音聴取成績に低下の見られる聞き取り困難症 LiD/APD[2] や隠れ難聴(HHL:hidden hearing loss)[3] といった病態が報告されており、J-HINT およびJ-Matrix test はこれらの鑑別への応用が期待できる。3.4. 高周波純音聴力検査
AA-H2 では純音聴力検査のモード内に高周波純音聴力検査を新たに搭載した(図5)。従来機においても、高周波純音(ヘッドホンの場合は16.0 kHz、スピーカの場合は22.0 kHz まで)を出力可能であった。しかし、標準のオージオグラムでは8.0 kHz までしか表示されず、8.0 kHz 以上の呈示音源の周波数および聴覚閾値の記録は不可能であった。また、回路の性能により高周波音源呈示時の信号雑音比が悪く、検査音源よりも先に回路のノイズフロアが聞こえてしまうといった課題があった。AA-H2 ではこれらの点を改善し、JIS T1201-1 に適合した高周波帯域まで表示可能なオージオグラムを新たに実装することで高周波検査音源の周波数と聴覚閾値の記録を可能とした。また、アナログ回路の改良により高周波帯域のノイズフロアを低減することで検査音源の音質改善を図った。前項にて記載した隠れ難聴は、雑音下語音聴取能の低下と共に10.0 kHz 以上の聴力レベルの低下がみられることが報告されていることから[3]、近年では高周波純音聴力検査の需要が高まっている。
図5 高周波純音聴力検査の画面4.おわりに
AA-H2 はリオン製オージオメータのフラグシップモデルである。本機の開発においてはデザインの一新や充実したサポート機能の搭載、聴覚系臨床研究のトピックとなっている病態の評価に応用可能な雑音下語音聴取能検査の実装や高周波純音聴力検査の改良等、従来の新製品オージオメータ開発に類をみないほどの機能の向上を図っている。AA-H2 が臨床現場にて広く活用され、きこえに困難を訴える患者の診断のサポートや臨床研究の発展に大いに貢献することを切に願う。参考文献
[1] 聴力検査の落とし穴-遮蔽不足により急性伝音性難聴と診断された突発性難聴症例- , 松本, 耳鼻と臨床60:244 ~248,2014
[2] LiD /APD 診断と支援の手引き(2024 第一版),2024
[3] Toward a Differential Diagnosis of Hidden Hearing Loss in Humans,M.Charles Liberman et al.,PLOS One,11,e0162726,2016