2026/1
No.1711. 巻頭言 2. ISE 20 参加報告 3. オージオメータ AA-H2
<会議報告>
ISE 20 参加報告
理事/圧電物性デバイス研究室室長 兒 玉 秀 和1.国際会議 ISE について
International Symposium on Electrets (ISE) は、米国団体The Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc. (IEEE) にある39 協会の1つ、Dielectrics & Electrical Insulation Society (DEIS) のFully Sponsored Conference である。ISE の主要なトピックスは、エレクトレット(電荷を保持した誘電体)、有機圧電体や強誘電体の理論、実験データに基づく物理現象の理解、これらのアプリケーション展開である。第1回シンポジウムは1967 年シカゴで開催された1)。当時の会議は、第132 回アメリカ電気化学会の1部門とし、名称は“Electrical and Related Electrostatic Charge Storage Phenomena”とされた。“ISE”という名称は1985 年にハイデルベルグで開催された第5回から用いられている。
2025 年9月、第20 回会議(ISE 20)が島根県松江市で開催された。本会議は3度目の国内開催となる。2.国内で開催されたISE
サンパウロで開催された第3回から5年後の1978 年、ISE に相当する第4回会議として和田八三久(東大)、深田栄一(理研)、小門 宏(東工大)の3先生がChair で、“Charge Storage, Charge Transport and Electrostatics with Applications”, International Workshop on Electric Charges in Dielectrics と題し、国立京都国際会館で開催された。この会議が国内初のISE である。現在ではポリフッ化ビニリデン(PVDF)の圧電機構は解明されているが、当時の文献によるとPVDF の圧電性は、フィルムの一軸延伸処理と分極処理により発現されることから、延伸によるI型結晶への転移と結晶配向とI型結晶に対する分極処理が有効であることが示唆されていた。しかしながら、分極処理効果がチャージトラップによる説と強誘電体的相互作用による説が提唱された。PVDF の圧電率が強誘電性による残留分極量と比例する実験結果が示されたのは、1985 年ISE 5 の事である。
京都開催から30 年後の2008 年、第13 回にあたるISE 13 が東京都江東区の日本科学未来館で開催された。本会議の開催にあたり、当時東京理科大学教授の古川特別研究員を中心としたOrganizing Committee が組織され、筆者ら小林理研からも参加した。ISE 13 では133 報の論文が寄せられ160 名が参加した。ISE 13 では、新たに“MEMS & other applications”をトピックスとして加え、さらに会議規模としては大きめの企業展示ブースを設けた。そうすることにより、会議トピックスの一つとして基礎研究から実用化・産業化へロードマップを示したのもISE 13 の特色となった。ISE 13 はリオンはじめ多くの各企業の協力もあり盛会だった。
今回開催されたISE 20 は、松江市内の大橋川岸にある、島根県立産業交流会館(くにびきメッセ)を会場として、9月1日から5日まで開催された。会館名の「くにびき」は出雲国風土記の国引き神話に由来する。発表件数は96 件であった。内訳は基調講演7件、口頭発表49 件、ポスター発表40 件である。国別では、日本が最多の41 件、続いて中国20 件、ドイツ8件、アイルランド6件だった。
ISE 20 会場 松江市くにびきメッセ3.会議詳報
基礎分野のセッションでは、従来からのトピックスであるPiezoelectret /Electret、Ferroelectric, Piezoelectric & Pyroelectric Phenomena、Charge Injection、Transport and Trapping の他に、新たにHeterogenous/3D Electrets が加わった。空孔を多数内包する、いわゆる多孔質ポリマーは、コロナ放電により各孔に電荷が蓄積され、厚み伸縮に対して高い圧電性を示す。Heterogenous/3D Electrets では面内伸縮が生じると同時に厚み伸縮も発現させ大きな圧電性を発現させることを目的として、様々な孔の形状とシミュレーションによる圧電率の検討が報告された。
応用分野では、Electret/Triboelectric Energy Harvesting やSoft Actuators & Sensors 等のセッションが設けられた。Triboelectric Energy Harvesting は,摩擦帯電を利用した発電で新たな発電技術として注目されており、ISE 20 でもセッションが設けられ、多くの研究が報告された。
小林理研からは、基礎分野では“Elucidation of microscopic piezoelectricity of poled polar polymers(分極化極性高分子の圧電機構/兒玉)”、“Dielectric relaxation and chain dynamics in crystalline, noncrystalline, and molten phases of homo and copolymers of vinylidenefluoride(フッ化ビニリデンポリマーの結晶,非晶,溶融相の誘電緩和と分子運動/古川)”、“Surface potential of carnauba wax electret 100 years after its fabrication(カルナウバワックスエレクトレットの100 年後の表面電位/安野)”の3件、応用分野では“Sensitivity change in the electret condenser microphone with long-term preservation(長期保存されたエレクトレットコンデンサーマイクロホンの感度変化/安野)”、“Sensing mechanism of force sensor using surface shear piezoelectiricity(表面のせん断圧電を利用した力センサーのセンサー機構/大久保)”の2件を報告した。連名でセルロースとシルクシートの圧電共鳴による圧電率決定、ポリアクリロニトリルの誘電性と圧電性、コロナポーリングしたナイロンの圧電性、多孔質ポリプロピレンエレクトレットを用いた超音波トランスデューサによる3次元位置検出の5件を発表した。結果として、ISE 20 では高分子の圧電性、強誘電性の物理原理を扱う研究発表の多くが当研究所によるものとなり、参加者に当研究所の基礎研究の高いポテンシャルを示すこととなった。
第2会場口頭発表(兒玉) 第2会場口頭発表(大久保) ポスター発表(シルクシート圧電性)4.特別講演
ISE 20 では2つの特別プログラムが行われた。一つは “100th Anniversary from Mototaro Eguchi's Carnauba-wax Electret”である。今から100 年前、江口元太郎はカルナウバワックスと松脂を等量混ぜて溶融し、直流の高電圧を印加しながら固化すると、電圧を除去した後でも表裏にそれぞれ正負の電位が観測されることを発見した。電場の向きと直角に切断すると切断面にそれぞれ等量の電荷が生じたことから、電気的にマグネットの性質を持つエレクトレットと名付けられた2)。1970 年代に理化学研究所の高松、深田により、このエレクトレットの表面電位が計測され、50 年経過した後でも約20% の電位が残留していることが確認された。当時のエレクトレットは現在も国立科学博物館に保管されている。安野は本講演で江口、高松の研究について解説し、100 年経過した現在のエレクトレットの表面電位を報告した。また、鈴木雄二教授(東大)より江口元太郎の研究史について、河野洋人氏(国立科学博物館)より20 世紀初頭の日本の物理学について講演があった。
2つ目の特別プログラムとして、深田栄一先生の追悼講演“Tribute session for Dr. Eiichi Fukada”が行われた。ここでは、先生と交流が深かったProf. Syed Tofail (University of Limerick) よりLimerick で Hydroxyapatite やたんぱく質結晶の圧電性を一緒に研究した思い出が語られ、Prof. Reimund Gerhard から IEEE UFFC に掲載されている先生のインタビュー“Oral History : Eiichi Fukada (2014)”が紹介された。また、古川特別研究員より" A tribute to Eiichi Fukada, Father of piezoelectric polymer" という題目で、80 年にわたる先生の研究史と、それに携わった研究者を研究テーマごとに紹介し、以下の一文で講演を締めくくった。“When watching an experiment of student in the lab, he would say“, Omosiroidesune” which means“ It's interesting”. We called it “Fukada`s magic words”. On behalf of former young students who were encouraged by the magic words to devoted their days to endless experiments, I would like to express my gratitude.(先生は実験中の学生に「面白いですね」と都度声をかけた。私たちはこれを「先生の魔法の言葉」と呼んだ。その魔法の言葉に励まされ、果てしない実験に日々を捧げたかつての若い学生たちに代わり感謝の意を表したい)”
江口エレクトレット100 周年講演(安野)
深田先生追悼講演(古川)5.おわりに
ISE 20 ではエレクトレット、有機圧電体、それらの物性とデバイスを専門とする研究者が世界から松江に集い、基礎研究と応用について活発な議論が行われた。一方で多種多様なイベントが企画された。松江市は京都、金沢と並ぶ三大菓子、茶の湯処として知られている。会場では茶席が設けられ参加者に菓子と抹茶が振る舞われた。また、Excursion では出雲大社と由志園を訪れた。その道中では一畑電車を4両貸切り鉄道の旅が企画された。先頭の車両には学会専用車両を示すプレートが掲げられた。由志園では石見神楽を継承する両谷神楽社中による大蛇ヤマタノオロチ退治の能楽を鑑賞した。島根県と松江市は、学会とコンベンションを開催するための支援が充実しており、周囲に歴史ある観光名所が多くある。このように日本の文化を多く触れられる事は歴史ある松江の特徴であった。ISE 20 は国内外の研究者に日本の研究史と文化歴史を触れる貴重な機会を与えた学会であった。
会場に設けられた茶席 右下:抹茶と菓子 学会プレートを掲示した貸切電車 石見神楽ヤマタノオロチ退治参考文献
1) Proceedings of 5th International Symposium on Electrets (ISE 5), Heidelberg 1985.
2) 理化学研究所ニュース,No. 11 Aug.1969