2020/4
No.1481. 巻頭言 2. 圧電ポリマー研究の話 3. 低周波音測定用マイクロホン
<技術報告>
低周波音測定用マイクロホン
リオン株式会社 技術開発センター 足 立 大1.はじめに
人間が音として聞くことができる周波数は20 Hz〜20 kHz と言われ、100 Hz以下の音を低周波音、20 Hz以下の、人間には聞くことのできない音を超低周波音という。特に近年、風力発電やヒートポンプ給湯器などによる低周波音に関する苦情が増えている。さらに、火山や津波、雪崩といった自然現象から超低周波音が発生することも報告されており、超音速飛行機が音速を超えたときに数Hzを主成分とする衝撃波(ソニックブーム)が発生することも知られている[1]。
このような低周波音および超低周波音に関する苦情の対応や実態調査の要求に応えるため、リオンでは低周波音測定機能付きの精密騒音計NL-62(測定周波数範囲 1 Hz〜20 kHz)を販売している[2]。この度、さらに測定周波数範囲を低域に広げた製品を開発したため紹介する。2. 特徴
本製品は1/2インチエレクトレットコンデンサマイクロホンUC-59L とプリアンプXN-3C によって構成される。図1に本製品の外観を示す。UC-59L はNL-62 でも使用しているマイクロホンである。XN-3C は計測器では一般的な定電流駆動(CCLD)のため、様々な分析器等に直接接続することが可能である。また、マイクロホン部も含んだ全長は88.3 mm、プリアンプ部の直径はφ8.2 mmと小型である。
図1 本製品外観
マイクロホンUC-59L とプリアンプXN-3C図2に本製品とNL-62(AC OUT)の周波数特性を示す。NL-62は1 Hz以下で感度が急激に低下しているのに対し、本製品は0.4 Hzまで特性はほぼフラットであり、0.1 Hzでも約-3 dBである。1 Hz以下の超低周波音まで、より平坦で測定したい場合にはNL-62に比べ本製品がより適していることがわかる。
図2 本製品とNL-62 の周波数特性3. 超低周波音の校正
音圧レベルの国家標準は1 Hz以上であり、1 Hz未満の周波数においては国家標準が存在しない。そのため、特定二次標準器を用いた比較校正が行えない。そこで、図3に示すような低周波音用カプラを設計して特性を測定した。カプラ内を密閉し、ピストンによる内部圧力の変化によってカプラ内に114 dBの音圧が発生するよう調整した。
図3 低周波音用カプラ イメ−ジ図(断面)4.構造
4.1. マイクロホンUC-59L
図4にUC-59L の断面図を示す。UC-59(測定周波数範囲:10 Hz〜20 kHz)と基本的な構造は同じであるが、背気室と外部との間に形成される通気路を狭く、且つ長くすることによって音響インピーダンスを高め、カットオフ周波数を超低周波領域まで伸ばしている。通気路は気圧調整スペーサによって形成され、背気室と外部をつなぐトンネルとなって背気室と外部との気圧を調整する働きを持つ。通気路がない場合、背気室は密閉された状態となり、外部の気圧変化に追従できなくなる。逆に通気路が大きい場合は外部の気圧変化への追従が速くなり、低周波領域の感度が低下する。
図4 UC-59L 断面図4.2. プリアンプXN-3C
測定周波数範囲を超低周波領域まで広げるためにプリアンプの入力抵抗を大きくした。マイクロホンはコンデンサと考えることができるため、プリアンプの入力抵抗と図5のようなハイパスフィルタ(HPF)を形成する。低域まで伸ばすためにはプリアンプの入力抵抗を大きくすることにより、HPF のカットオフ周波数を低くする必要がある。
図5 プリアンプ模式図また、定電流駆動は、電源ラインと信号ラインを同一にできる利点があるものの、信号をバイアス電圧(直流)に重畳させなければいけないため、計測器側でバイアス電圧の除去(例えば、ハイパスフィルタによる直流成分カット)が必要となる。そのため、低周波音測定の場合には計測器の低周波特性を確認しなくてはならない。例えば、タブレット型多機能計測システムSA-A1は低域のカットオフ周波数(-3 dB)が0.05 Hzであるため、SA-A1を使用すれば、UC-59L およびXN-3C の性能を十分に発揮することができる。
5.測定実績
本測定システムを使用した低周波音測定について紹介する。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は次世代の超音速旅客機の実現に向けた、低ソニックブーム設計概念実証第2フェーズ試験(D-SEND#2)を行った[3]。D-SEND#2 は超音速飛行時に機体周囲の空気が急激に圧縮されて各部から発生する衝撃波(ソニックブーム)を低減することを目的とし、JAXA固有の技術で設計した低ソニックブーム機を飛行させて、その設計技術を実証した。ソニックブームはN型の波形となることが知られており、その主成分は数Hz程度であるため、測定には低域まで周波数特性が伸びているシステムが求められる。
D-SEND#2 では、JAXA が構築した既存のシステムと、今回紹介したシステム(UC-59L、XN-3C、SA-A1)でソニックブームを計測し比較検討した[4]。図6に地表で計測したソニックブーム波形を示す。これは、低ソニックブーム設計概念実証試験のため、N型の波形に比べ立ち上がりが緩やかで、ピークが抑えられた低ブーム波形であり、20 Hz〜30 Hz に主成分を持つ波形であるが、低域まで評価可能な波形を収録することに成功した。また、JAXAの既存システムと本システムで計測した波形に顕著な差異はなく、ほぼ一致していた。
図6 計測されたソニックブーム波形6.まとめ
1/2 インチエレクトレットコンデンサマイクロホンUC-59LとプリアンプXN-3Cを組み合わせた低周波音測定用の製品について紹介した。また、本製品を使用した測定実績についても紹介した。既存の製品よりも周波数範囲が低域まで伸びており、今後、超低周波音を計測する場において、皆様のお役に立つことができれば幸いである。また、今後のより良い製品開発に繋がるよう、お客様からの声をしっかり受け止めていきたいと考えており、そのような声をいただければ幸いである。【参考文献】
[1] 小特集「低周波音に関する最近の話題」、日本音響学会誌 70 巻11 号(2014)pp.591-620
[2] 技術報告 精密騒音計(低周波音測定機能付)NL-62、小林理研ニュースNo.118(2012/10)
[3] 吉田憲司、本田雅久、日本航空宇宙学会誌、Vol.64(No.1)、3-8、2016.
[4] 足立、岡部、蓮見、馬屋原、中:異なる計測システムによるソニックブーム計測波形の差異とその検討、音講論、pp.981-982、2016 年3 月