2017/10
No.1381. 巻頭言 2. ICBEN2017に参加して 3. デシケータ 4. 物質の機械インピーダンスを測定する技術の開発
<会議報告>
第12回公衆衛生問題としての騒音に関する 国際会議(ICBEN2017)に参加して
騒音振動研究室 廣 江 正 明2014 年6 月。アジア初の開催となったICBEN 会議、 ICBEN 2014に組織委員会の一員として参加した。国際会議の運営経験のない中、矢野 隆委員長を中心とした 組織委員らの献身的な活動とPCO など多くのスタッフに助けられ、成功裏に終えた思い出深い国際会議。あれから3年、ふたたびICBEN会議に参加する機会を得た。 今回のICBEN 会議、ICBEN 2017 は、チューリッヒの中心部、中央駅東側の丘の上に建つスイス連邦工科大学(The Swiss Federal Institute of Technology:略称 ETH)のチューリッヒ校において、6月18日(日)〜22 日(木)の5日間にわたって開かれた。
ICBEN 会議は、騒音の生物学的影響とその騒音政策への適用を議論する国際会議で、国際委員会ICBEN (International Commission on Biological Effects of Noise)のもと、前回のICBEN 2014 以外、主に欧米各国で開催されてきた(表1参照)。現在のICBEN 執行部は、会長 Mathias Basner (University of Pennsylvania Perelman School of Medicine)、副会長 Mark Brink (Federal Office for the Environment)、事務局 Sabine Jassen (The Netherlands Organisation for Applied Scientific Research)、 前会長 Stephan Stansfeld (Queen Mary University of London)の4名で、副会長のMark BrinkはICBEN 2017 の組織委員長も兼務している。この執行部の下、国際委員会ICBEN には9つの研究チームがある。
Team 1: Noise-induced Hearing Loss (騒音による聴力損失)
Team 2: Noise and Communication(騒音と音声伝達)
Team 3: Non-auditory Effects of Noise (騒音の非聴覚的影響)
Team 4: Influence of Noise on Performance and Behavior (騒音の作業能率や行動への影響)
Team 5: Effects of Noise on Sleep(騒音による睡眠影響)
Team 6: Community Responses to Noise (騒音に対する社会反応)
Team 7: Noise and Animals(騒音と動物)
Team 8: Interactions with Other Agents and Contextual Factors (騒音以外の要因や背景要因との交互作用)
Team 9: Policy and Economics(騒音政策と経済)
表1 ICBEN 国際会議
開催年 開催地 参加
国数 参加
者数 日本人
参加者数* 1968 年
(第1回) ワシントンDC(米国) − − − 1973 年
(第2回) ドブロクニク(旧ユーゴスラビア) − − − 1978 年
(第3回) フライブルク(旧西ドイツ) − − − 1983 年
(第4回) トリノ(イタリア) − − − 1988 年
(第5回) ストックホルム(スウェーデン) 35 約220 19 1993 年
(第6回) ニース(フランス) 41 約280 25 1998 年
(第7回) シドニー(オーストラリア) 37 約250 27 2003 年
(第8回) ロッテルダム(オランダ) 30 約160 9 2008 年
(第9回) コネチカット(米国) 25 約160 8 2011 年
(第10 回) ロンドン(英国) 33 236 17 2014 年
(第11 回) 奈良(日本) 20 179 74 2017 年
(第12 回) チューリッヒ(スイス) 36 266 21* 正規登録者の数
写真1 ICBEN 前会長Stephan A. Stansfeld の基調講演
(スイス連邦工科大学チューリッヒ校 ETH, C60 会議室) 写真2 ICBEN 2017 組織委員会のメンバーら
(Farewell Reception, ETH, D フロア)今回のICBEN 2017 のテクニカル・プログラムは、Team 7とTeam 8を除く7つの研究チームによるセッションに、Noise exposure assessment in health effect studies (健康影響評価に関する騒音曝露評価)、Special topics related to noise effects(騒音影響に関連する話題)、Low frequency noise and vibration(低周波音と振動)の3つ を加えた10 のセッションで構成された。新たに3セッションを加えたICBEN 2017 の発表件数は、前回の ICBEN 2014 より約90 件多い200 件余り(基調講演・口頭発表160 件以上、ポスター発表43 件)で、参加者も前回より70 名ほど多い266 名(36ヶ国)であった。こ れまでのICBEN会議の中でも、とても盛況で充実した会議だったといえる。ただ、発表件数が増えた上、Low frequency noise and vibrationの発表時間が他の2倍、30 分であったことも影響し、ほぼ全てのセッションがパラレル形式となったため、関心の高い発表同士が重複するという状況が多々あったことが残念である。
今回、私は「成田国際空港の周辺住民を対象とした健康影響」の調査結果を、Yvonne de Kluizenaar らが座長を務めるSubject area 3(Non-auditory health effects of noise)で報告した。このセッションには、10セッションの中で最も多い31件の投稿(口頭発表27件、ポスター発 表4件)があり、その多くは道路交通騒音や航空機騒音の交通騒音が対象で、子供をターゲットにした研究も数件あった。3年前の活動報告(ICBEN review of research on the biological effects of noise 2011-2014)の中で、Team 3 では交通騒音による長期影響に関する研究の必要性を強く訴えていたが、今回の発表タイトルに長期曝露 (Long-term exposure)やコホート研究(cohort study)というキーワードが付いたものが31 件中7件あった。私の調査報告を含め、日本における健康影響調査のほとんどは横断研究、即ち、ある時点(短期間)における健康状態とそれに影響を与えると想定される曝露条件を同時に調査し、その関連性を分析する研究である。長期曝露による健康状態の変化を追跡し、曝露と健康との因果関係を分析するコホート研究は皆無であり、欧米とは研究動向が大きく違っている。欧米での長期間に亘る健康影響研究を見ると、病院の診断記録など疾病(健康)に 関する膨大なデータベースと、各交通騒音による曝露状況を推計する計算手法が、こうした研究の実現を可能にしていることが分かる(勿論、資金面での支援も忘れてはならないが)。研究成果の対象(アウトカム)も心血管疾患(CVD)や高血圧(hypertension)だけでなく、糖尿病(diabetes)、乳癌(breast cancer)、代謝障害(metabolic disease)など多種多様になりつつある。このような背景から、今後、より大規模なコホート研究や介入研究(影響要因に積極的に介入して疾病等の発生状況の変化を実験的に確かめる手法)が益々増えると考えられる。
最後に、今回のICBEN 2017で、とくに注目を集めた研究報告、Development of the new WHO Environmental Noise Guidelines for the European Region(欧州地域の WHO 環境騒音新ガイドラインの更新)、SiRENE Minisymposium:Short and Long Term Effects of Transportation Noise Exposure - an interdisciplinary approach(SiRENEプロジェクト:交通騒音曝露による短期間影響・長期間影響−学際的アプローチ)について簡単に紹介する。Development of the new WHO Environmental Noise Guidelines for the European Region
ICBEN 2014の参加報告(本紙No.126)でも述べたが、現在、欧州地域のWHO環境騒音ガイドラインの更新作業がWHO Handbook for Guideline Development に沿って進められている。この手引書では、更新手続きが6段階に分かれているが、現在、更新作業は最終段階に近い 第5段階(の入り口)まで到達しているらしい。新ガイドラインでは、道路・鉄道・航空機の交通騒音の他、風力発電騒音やレジャー騒音が対象となっており、アノイ アンス・心血管疾患・代謝障害、認知障害・QOL、メンタルヘルス、聴覚障害・耳鳴り、出産や睡眠への影響が考慮される予定である。ただ、アノイアンスに関する成果でRainer Guski が交通騒音別のDose-Response を報告していた以外、具体的なガイドラインの中身が示されることはなかった。SiRENE Minisymposium:Short and Long Term Effects of Transportation Noise Exposure - an interdisciplinary approach, by Martin Roosli(Swiss Tropical and Public Health Institute, Switzerland)
交通騒音曝露による健康への短期影響・長期影響の調査を目的としたスイス連邦における大規模な研究プロジェクトで、アノイアンス、睡眠障害や代謝性心血管疾 患のリスクに対する交通騒音(道路・鉄道・航空機)の影響を調査している。SiRENE と呼ばれる、このプロジェクトは、騒音曝露推計に関する研究(第1プロジェ クト)、交通騒音による急激的または短期的な睡眠影響に関する研究(第2プロジェクト)、代謝性心血管疾患の罹患率や死亡率をターゲットとした交通騒音の慢性的な影響に関する研究(第3プロジェクト)で構成されている。なお、健康への長期影響を扱う第3プロジェクトではSAPALDIA biobank やSwiss National Cohort など、スイス人の健康情報を取り扱った大規模なデータ ベースが利用されている。3年後のICBEN 2020は、北欧のヴェネチアともいわれる「水上都市」ストックホルム(スウェーデン)で開かれる。このICBEN 会議から、騒音と動物(Team 7: Noise and Animals)が低周波音の影響(Team 7:Low frequency noise effects)に代わる。低周波音が人に与える影響を扱う研究チームが加わり、公衆衛生学に関する議論がより一層熱くなるだろう。EU 各国の騒音政策に大きな影響を及ぼし続けている彼らの活動から、今後も目が離せない。
写真3 Poster 会場(ETH, D フロア) 写真4 チューリッヒ湖畔でのBanquet