2017/7
No.1371. 巻頭言 2. Wind Turbine Noise 2017 3. オージオメータ AA-M1A
時間の使い方
建築音響研究室 室長 杉 江 聡最近、「働き方改革」や「プレミアムフライデー」という言葉をよく耳にする。仕事を早く終わらせ、残業を減らそうというのは聞こえがいいが、成果はそのままかそれ以上にして、働く時間を短くするという生産性の向上が目的である。今後の日本経済のことを考えれば、当然必要なことであるが、働く側にとって難しい面もあり、安易に喜べない。 特に、研究や製品開発という業種では、ある程度の時間は必要で、単に早く帰宅するのでは生産性の向上に繋がらない。
まず、物理的時間とは、過去から未来に向かって一方向にしか進まず、その速さは世界中で同じである。しかし、特殊相対性理論によれば、物体の移動速度が光速に近づくとその物体上での時間の進みは遅くなる。それだけではない。 量子力学によれば、原子の世界では、時間の反転が生じているというのである。つまり、未来の行動が現在の結果を決めるのである。私たちの実世界は原子から出来上がっているのに、この両者のギャップはなぜ起こるのだろうかと悩む。
一方、相対性理論によらずとも、置かれている状況等で、心理的には時間の進みは変化する。この心理的な時間(心的時間)の進みは身体の代謝、感情、時間経過への注意等が影響して変化するようである。同じ1年でも、年を重ねる毎にだんだんと短く感じるようになるのは、私だけではないと思う。2003年に実施された4千人規模の評価実験結果によると、年齢を経るほど経過時間を過小評価することが確認され、2 〜 4 歳年をとる毎に3 分間に対して1 秒短く感じるそうだ。つまり、年をとると心的時間の進みがその分だけ遅く、「もう3 分経ったの?」と短く感じる。この原因は解明されていないが、加齢により代謝が減ると体内時計の進みも遅くなることが原因のひとつということである。逆に交通事故の際など極度な緊張を抱くと心的時間は物理的時間よりも速く進み、景色がスローモーションのように見える。
難しい計算問題に取り組んでいるときは、心的時間が遅く進むという実験結果がある。同様に、研究や開発は試行錯誤の連続であり、集中すればするほど、心的時間の進みは遅く感じるはずである。こういった時間は物理的時間に比べると短く感じているので、それほどのストレスを感じていないのではないだろうか。であれば、深夜までやっていてもいいのかといえばそうではない。人が集中できる時間には限りがあり、また1日の中でも午前中の方が心的時間はゆっくり進むそうなので、中断する勇気も持つべきである。一方、切り詰められる時間は切詰めるべきである。それには何事にも段取り(準備)が重要であると思っている。しかし、極度なまでの周到な準備は、なかなか実施に踏み切れず逆効果を生む。それにも、区切りをつけて次に進むという決断が必要である。
量子力学を超越した理論を誰かが発見して、タイムトラベルできる時代はずっと先のことであろうから(私は実現しないと信じている)、研究における生産性向上のキーワードは、「集中」と中断できる「決断」ではないだろうか。集中して実感する時間の進みを遅くし、頃合いのよいところで区切をつけて翌日の自分に受け渡す技術が大事だと思う。