2014/10
No.126
1. 巻頭言 2. ICBEN2014を終えて 3. シンバル 4. タッチパネルを備えた多機能計測システム
   

      <会議報告>
 第11回公衆衛生問題としての騒音に関する国際会議 (ICBEN2014)を終えて〜組織委員会の一員として〜


騒音振動研究室  廣 江 正 明

 6月1日の朝、奈良公園に向かう国道369号をゆっくりと歩いていると、こちらを見る可愛い眼差しに気付いた。朝早くから露店前に並ぶ愛らしい2頭の鹿である。 一心に懇願するその眼差しに、思わず財布に手が伸びた。
「おばちゃん。先を急いどるから、代わりにせんべいあげといて」
「分かった、任しとき〜」。
 組織委員として初めて参加した「第11 回公衆衛生問題としての騒音に関する国際会議(ICBEN2014)」、超多忙な5日に亘る国際会議はこんな朝から始まった。

 平成元年に置県100年を記念して開館した奈良県新公会堂において、6月1日〜5日の5日間の日程で ICBEN2014 が開催された。このICBEN会議は、騒音の 生物学的影響とその騒音政策への適用を議論する国際会議で、国際委員会ICBEN(International Commission on Biological Effects of Noise)のもと各国委員が交代で主催してきた。過去10 回のICBEN会議は、1968 年ワシントン開催の第1回会議以降、2008 年までは5年ごと、2008 年以降は3年ごとに欧米諸国で開催されてきた(表1参照)。第11 回目となるICBEN2014 は初めてアジアで開催されるICBEN 会議で、20ヶ国から179 名の参加(日本人参加数は74 名)があった。

表1 過去のICBEN 国際会議

開催年
開催地
参加
国数
参加
者数
日本人
参加者数*
1968 年
(第1回)
ワシントンDC(米国)
1973 年
(第2回)
ドブロクニク(旧ユーゴスラビア)
1978 年
(第3回)
フライブルク(旧西ドイツ)
1983 年
(第4回)
トリノ(イタリア)
1988 年
(第5回)
ストックホルム(スウェーデン)
35
約220
19
1993 年
(第6回)
ニース(フランス)
41
約280
25
1998 年
(第7回)
シドニー(オーストラリア)
37
約250
27
2003 年
(第8回)
ロッテルダム(オランダ)
30
約160
9
2008 年
(第9回)
コネチカット(米国)
25
約160
8
2011 年
(第10 回)
ロンドン(英国)
33
236
17
2014 年
(第11 回)
奈良(日本)
20
179
74
* 正規登録者の数

 ICBEN2014 の開催にあたり、公益社団法人日本騒音制御工学会と一般社団法人日本音響学会の共催のもと、 熊本大学 矢野 隆教授を中心とする組織委員会が2011年に発足し、私も財務・会計担当としてその運営に携わった。過去のICBEN 会議への参加も国際会議の運営経験 もない自分が、何故このような大役を仰せつかったかは定かでないが、強いて言えば、何か見えない力に導かれるような感じであった気がする。とにかく、財務・会計が携わる収入・支出の管理や会計報告のほか、国際会議ならではの海外送金や海外向けの請求書・領収書の作成など、慣れない仕事に戸惑う日々が続いた。さらに、 ICBEN2014 では“Michiko So Finegold Memorial Trust”と“ICA Young Scientist Conference Attendance Grants”からの助成金をもとに若手研究者への旅費支援を行ったが、これを現地で支給する際にはパスポートによる本人確認、領収書へのサイン、現金受渡しの手続きが加わり、さながら入国管理官兼銀行員のようであった。何もかもが初めての経験ではあったが、どうにか無事に大役を果たせたので良しとしよう。

図1 ICBEN2014組織委員とせんとくん
(奈良県新公会堂 正面玄関)

 さて、話題をICBEN 会議の中身に移そう。国際委員会ICBEN には、会長・副会長・事務局・前会長から成る執行部のもとに下記の9つの国際研究チームがあり、 ICBEN2014 のテクニカルプログラムもこれらの研究チームによるセッションと基調講演、ポスターセッションで構成された。

Team 1: Noise-induced Hearing Loss(騒音による聴力損失)  
Team 2: Noise and Communication(騒音と音声伝達)  
Team 3: Non-auditory Effects of Noise(騒音の非聴覚的影響)  
Team 4: Influence of Noise on Performance and Behavior(騒音の作業能率や行動への影響)
Team 5: Effects of Noise on Sleep(騒音による睡眠影響)  
Team 6: Community Responses to Noise(騒音に対する社会反応)  
Team 7: Noise and Animals(騒音と動物)  
Team 8: Interactions with Other Agents and Contextual Factors(騒音以外の要因や背景要因との交互作用)  
Team 9: Policy and Economics(騒音政策と経済)

 

図2 開会式で講演する矢野組織委員長
(奈良県新公会堂 能楽ホール)

 今回、基調講演にはDr. Wolfgang Babisch (Federal Environmental Agency, Germany)、Prof. A. Lex Brown (Griffith University, Australia)、Prof. Staffan Hygge (University of Gavle, Sweden)の3名が指名され、6月2日〜4日の朝一番にそれぞれ講演をお願いした。また、 Team 7 とTeam 8、2つの研究チームからの発表がなかったが、他の6つの研究チームから9件〜 38 件の論文が投稿され、全体で110 件を超える発表件数であっ た。各研究チームの発表は、Plenary Session やParallel Session、Poster Sessionとして4日間のスケジュールに組み込まれた。ここで、とくに興味深いと感じた2件の研究、「新たなWHO ガイドラインの作成」と「高速鉄道騒音の健康影響の評価」を紹介する。

図3 Poster Session 会場における質疑・討論の様子
(奈良県新公会堂 会議室3,4)

WHO Environmental noise guidelines for the European Region,
by Marie-Eve Heroux (WHO European Centre for Environment and Health, Germany)

 世界保健機構(WHO)は1999 年と2009 年に環境騒音に係るガイドラインをそれぞれ公表した。しかし、環境騒音と健康に関する重要な研究は2つのガイドライン の公表後に開始されており、パーソナル電子機器や風力発電機等、公衆衛生上懸念される新たな騒音源がガイドラインでは扱われていない。環境騒音と公衆衛生におけ る新たな研究成果を反映させるため、現在、WHO では健康影響に関連するすべての文献の見直し、ガイドラインの再検討を進めている。そして、欧州地域を対象とした新たなガイドライン“WHO Environmental Noise Guidelines for the European Region”の中で、環境騒音による健康リスクの最新情報を提供する予定である。

Evaluating Health Effects of Noise from High Speed Railways,
by T. Marshall
(HS2 Limited, UK)
 英国政府は、鉄道網による輸送力増強と南北イングランドの都市間のネットワーク向上のため、速度360 km/h の新しい高速鉄道の建設を提案している。高速鉄道沿線 における居住環境や労働環境への影響を想定し、計画の第一段階として、“Environmental Impact Assessment” (EIA:環境影響評価)と“Health Impact Assessment” (HIA:健康影響評価)が公表された。この中で、環境や健康への影響が確認・評価されると共に、車両や軌道の低騒音化、防音壁の設置など、妥当かつ実行可能な健 康影響の低減策が紹介された。この論文では、身体の健康や社会福祉のほか、不快感・睡眠障害・心臓系疾患・精神病・児童の認知障害を対象に、HIA の根拠となった高速鉄道騒音の健康影響について再考察している。

 こうして組織委員として参加した長い長い5日間が終わった。会期中、組織委員の一人が、ある大学の先生から「今まで参加したICBEN会議の中で一番良かったよ」 というお褒めのお言葉を頂いた。自分の仕事ぶりは別として、若手メンバーを中心とする組織委員の献身的な活動、PCO・JTB スタッフの支援により、ICBEN2014 は成功裏に終えることができたのが何よりであった。

 次回、3年後のICBEN 2017はチューリッヒ(スイス)で開催予定である。アルプス山脈を望む湖の畔で、音響学・生理/心理学・生態学・公衆衛生学・経済学等に関する活発な議論がまた繰り広げられることだろう。

図4 組織委員会メンバーとPCO・JTB スタッフの記念撮影
(Farewell Reception を終えて)

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