2006/7
No.93
1. 補聴器研究室発足

2. 先端改良型遮音壁の性能評価法

3. ドイツの教育玩具(Lehrspielzeug) 4. 気中パーティクルカウンタ KC-24
       <研究紹介>
 
先端改良型遮音壁の性能評価法

騒音振動第一研究室 大 久 保 朝 直

1.先端改良型遮音壁とは?
 騒音対策には様々な手法があるが、大別すると、音源が放射するエネルギーを低減しようとする音源対策と、伝搬経路上で大きな減衰を得ようとする伝搬対策に分けられる。伝搬対策として広く行なわれている手法のひとつに、遮音壁の設置があげられる。遮音壁を高くすると音響的な遮蔽効果はもちろん増加するが、沿道の景観や日照への影響、基礎工への負担増など、音響以外の側面には問題が生じる。このような背景から、遮音壁の高さを抑えたまま遮音性能を向上させる技術に対する需要が生まれた。
 1970年代後半、遮音壁上端に吸音体を取り付けると遮音性能が大きく向上することが実験的に確認された[1]。この技術は図1のように製品化され[2]、高速道路沿道などに設置された。この製品を契機として、遮音壁の上端を適切に加工すれば遮音性能が向上するという原理が知られるようになり、「先端改良型遮音壁」と呼ばれる遮音壁の開発が盛んになった。

図1 初期の先端改良型遮音壁の例[2]

 先端部を加工すると、なぜ遮音性能が向上するのだろうか。図2は、単純遮音壁周辺の音場について、ある瞬間の波面を描いたものである。遮音壁背後の波面は、遮音壁上端を中心とする同心円状になる。視点を移動し、壁背後から遮音壁を眺めると、遮音壁上端部はあたかも音源のように作用している。この仮想的な音源の出力を小さくすることができれば、遮音壁背後の騒音は減少するものと推測される。仮想音源の出力を抑えるよう遮音壁の先端部を適切に改良することが、遮音壁の性能を向上させる設計指針となる。

図2 単純遮音壁周辺の回折音場

2.性能評価法の必要性
 現在までに様々な先端改良装置が開発され、国内には図3の例を含むおよそ20種類の製品が存在する[3]。 (a)-(d)は吸音、(e)-(i)は干渉、(j)-(k)は共鳴、(l)は能動制御を利用し、前述の仮想音源の出力を抑制している。減音機構が様々であることに加え、張り出し幅が500mm 〜 2000mm と大きく異なり、装置間に生じる音響的な効果の格差は小さくない。これらの装置を用いた騒音対策を含む環境影響評価を事前に行なうためには、各製品の音響性能を把握しておかなければならない。また、各製品間には、減音効果の差だけではなく、価格差もある。公共事業を中心として建設費用の使途に社会的関心が集まる風潮の中、各製品の費用対効果を正確に把握しておくことは、事業主と周辺住民の双方に利益となる。

図3 現在の先端改良型遮音壁の例

 先端改良装置の減音効果を把握するため、現状では一定の方法に準じた屋外音響試験により性能評価が行なわれている。しかし、その方法で得られる性能評価値は、装置の持つ性能とは無関係な値となる可能性が指摘されている[4]。したがって、得られた性能評価値は現場で期待できる対策効果量と必ずしも一致せず、環境影響評価の騒音予測計算に対策効果予測量を織り込むべきかどうかの判断は難しい。
 そこで筆者らは、装置の持つ音響性能をできるだけ正確に把握し、なおかつ環境影響評価における騒音予測へ応用可能な評価手法について検討してきた[5-7]。概要を以下に記す。

3.新しい性能評価法の提案
 先端改良装置の設置効果について、縮尺模型実験により検討した。設置効果は、装置の設置による音圧レベルの変化量として定義する。音源、遮音壁、受音点を図4のように配置し、これらの幾何配置と設置効果の関係について検討した。音源と受音点の位置は、遮音壁の上端を中心とする半径と角度で表す。

図4 1/10縮尺模型実験による性能評価法の検証

 一連の測定では、遮音壁上端から直接到達する回折音だけを分析対象とした。すなわち、音源から受音点までのインパルスレスポンスを測定し、その時間波形のうち、実験室床面からの反射音に相当する部分は分析対象から除外した。
 吸音型と干渉型を想定した二種類の装置の模型を製作し、それぞれの設置効果を測定した。音源と受音点の幾何配置との関係に着目して、設置効果の測定結果を整理した。音源と受音点の角度のある組み合わせに対し、音源半径2種×受音点半径5種= 10 種類における設置効果のばらつきは1 dB 以内となることがわかった。装置の設置効果は、音源と受音点の半径には依存しないものと考えられる。
 したがって、装置の設置効果は、音源と受音点の角度、および周波数をパラメータとする関数として表すことができる。図5は、吸音型装置について測定した設置効果の例である。音源角度θS = 30 [度]に対する設置効果の周波数特性を、受音角度θRごとに図示した。周波数が高くなると設置効果が大きくなる傾向は、吸音材料が高周波数域で高い吸音性能を示すという一般的性質を反映している。また、受音点が遮音壁から離れる(θRが大きくなる)につれて、設置効果は減少傾向を示す。図2(b)のように遮音壁上方では音源からの直達音が支配的に作用するため、一般に、この領域では先端改良装置は効果を持たないという性質が認識されている。大きなθRにおける設置効果がゼロに近づいたという測定結果は、この認識の裏づけとなる。図6は干渉型の装置の効果の例である。減音機構に干渉を利用しているため極端な周波数特性を示し、ある周波数範囲では10dB を超える効果を持つものの、別の帯域では装置の設置により遮音壁背後の音圧レベルが増加してしまう。一方、受音角度θに対する変動は、なめらかで連続的であるといえる。この装置の場合にも、θRが大きくなり受音点から音源を見通せる領域に近づくと、設置効果はゼロに近づく傾向が読み取れる。
 この検討結果にもとづき、(1)遮音壁の頂点を中心とする円弧上に音源と受音点を配置する、(2)地表面反射を除外し直達回折音だけを評価対象とする、の2点を特徴とする新しい性能評価法を提案した。図7のように、遮音壁上端から半径1m程度の円弧上で設置効果を測定し、性能評価値とする。前述の模型実験と同様、インパルスレスポンス測定を用いて直達回折音を抽出し、評価の対象とする。この手法により測定室内壁からの反射音を除外できるため、測定を屋内で行うことが可能になり、気象条件の影響を最小限にとどめることができる。また、測定を屋外で行ったとしても、伝搬経路が非常に短いため気象条件の影響を受けにくい。この配置にもとづいた性能評価測定を行い、図5や図6のように角度と周波数の関数として結果をまとめておくと、性能評価結果を後述の騒音予測に応用することができる。
 上記の提案法と同様に、インパルスレスポンス測定により直達回折音だけを評価する手法が欧州規格[8]でも提案されている。先端改良装置の評価法として、今後主流になっていくかもしれない。

図5 先端改良装置(吸音型)の効果の測定例

図6 先端改良装置(干渉型)の効果の測定例

図7 新しく提案した性能評価法の概略図

4.騒音伝搬予測への応用
 性能評価法の検討において、装置の効果は半径に依存しないことが明らかになった。言い換えれば、遮音壁の近傍で測定した設置効果は、遠方における設置効果の予測値になりうる。
 この仮説にもとづき、図8に示す方針で、先端改良型遮音壁背後の騒音伝搬予測を行う。単純壁による遮音効果に、先端改良装置の効果の測定値を加算する。単純壁の遮音効果の予測には、有名な前川の図表を含め数多くの方法が提案されており、そのいずれかを踏襲して用いる。先端改良装置の効果には、音源と受音点の角度にもとづき、性能評価結果をあてはめる。
 例として、図9のような音場を想定した騒音予測を考える。反射性の平坦地面に高さ3mの遮音壁を建て、遮音壁の手前に点音源を、背後の6ヶ所に受音点を設定する。壁上端には、干渉型の先端改良装置を設置する。この装置の設置効果は事前に測定され、図6に示した結果が得られているものとする。

図8 騒音予測法の概念図


図9 予測精度検証を行う音場の断面図

 受音点R4 における騒音予測の手順を以下に示す。まず、回折行路差0.93mからフレネル数を算出し、前川の図表などにより単純壁の遮音効果を見積もる。次に、R4の受音角度は約80 度であることから、図6のθR = 80[度]の結果を参照し、R4で期待される装置の設置効果とする。これらを加算すると、受音点R4 における先端改良型遮音壁の遮音効果となる。
 騒音伝搬予測の結果を図10 に示す。単純遮音壁および先端改良型遮音壁について、挿入損失の周波数特性を受音点ごとに示した。比較対象として、2次元境界要素法を用いた数値解析による予測結果もあわせて示す。いずれの受音点においても、提案する予測と数値解析の結果は、非常に近い傾向を示す。単純遮音壁の結果をみると、地表面から離れた受音点では地表面反射による干渉の影響が現れ、挿入損失は極端な周波数特性を示す。先端改良型遮音壁の結果では、地表面反射による干渉の影響に装置の効果が重畳され、挿入損失はより複雑な周波数特性を示す。単純遮音壁と先端改良型遮音壁の差分に着目すると、図6で測定された装置の効果が予測結果に反映されていることがわかる。新しく提案した騒音予測法により、装置の設置効果が複雑な周波数特性を有する場合にも、また地表面反射により干渉の影響を受ける場合にも、精度よい予測を行うことが可能になったといえる。

図10 騒音伝搬予測の精度検証

5.おわりに
 先端改良型遮音壁に関連し、筆者らが提案する性能評価法および遮音壁背後の騒音伝搬予測法について紹介した。これらの新しい手法について、さらに検討すべき課題を以下に記す。
 性能評価法については、これまで主に縮尺模型実験によって検討を行ってきた。得られた知見が実際の先端改良装置においても成立することを、実際の製品を用いて確認しなければならない。図7のような試験施設を用意し、図3に示した製品のいずれかを対象に、図4と同様の検討を行う予定である。  騒音伝搬予測法については、これまで平坦な反射性地表面を想定し、予測精度を検証してきた。平面以外の様々な地形断面や地表面の吸音性に対して汎用的に適用できるよう、予測計算法を改良する。また、音源と受音点が遮音壁に垂直な同一断面内にある場合だけでなく、遮音壁に平行に走行する自動車の騒音に関するユニットパターン予測を想定し、遮音壁に対して斜め方向から音波が入射する場合の予測精度についても検証しなければならない。

参考文献
[1]
藤原恭司, 小野一則, 円筒状エッジを持つ障壁による音波回折, 日本騒音制御工学会技術発表会講演論文集,153-156 (1976).
[2]
K. Fujiwara, N. Furuta, Sound shielding efficiency of a barrier with a cylinder at the edge, Noise Control Engineering Journal 37, 5-11 (1991).
[3]
大久保朝直, 先端改良型遮音壁, 騒音制御 28, 317-322(2004).
[4]
大久保朝直, 山本貢平, 先端改良型遮音壁の音響性能評価における地表面反射の影響, 日本騒音制御工学会研究発表会講演論文集, 17-20 (2005.4).
[5]
大久保朝直, 山本貢平, 先端改良型遮音壁の音響性能を考慮した騒音伝搬予測, 日本音響学会研究発表会講演論文集, 1155-1158 (2006.3).
[6]
T. Okubo, K. Yamamoto, Procedures for determining the acoustic efficiency of edge-modified noise barriers, Applied Acoustics (to be published).
[7]
T. Okubo, K. Yamamoto, A simple prediction method for sound propagation behind edge-modified barriers, Acoustical Science and Technology (to be published).
[8]
CEN/TS 1793-4, Road traffic noise reducing devices − test method for determining the acoustic performance−Part 4: Intrinsic characteristics − in situ values of sound diffraction (2003)

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