2008/7
No.101
1. 巻頭言 2. 弦の振動モードの実験装置 3. 第31回ピエゾサロン

4. 新型液中パーティクルカウンタ KE-40B/KS-42シリーズ

   
 
 第31回ピエゾサロン
     「圧電高分子と超音波素子の発展」大東弘二

顧 問  深 田 栄 一

 平成20年4月18日に小林理研で第31回ピエゾサロンが開催された。圧電高分子と超音波素子の発展と題して、大東弘二博士が講演された。大東博士は東レ研究所、山形大学工学部教授、豊田理化学研究所を歴任された。1971年にPVDFを用いた高分子超音波トランスデューサーを初めて発表され、最近はP(VDF/TrFE)単結晶状膜を用いた高性能の超音波トランスデューサーを発表された、この分野での世界的権威である。
元山形大学 大東弘二先生 講演

 

圧電性高分子の圧電物性
 現在、電気機械結合定数ktが最も大きく超音波に用いられる圧電高分子はP(VDF/TrFE)(ビニリデン/三フッ化エチレン共重合体、モル比約75/25)である。図1の左端の図は通常用いられる延伸結晶化した圧電膜の微細構造を示している。高分子鎖が折りたたまれた平板状の結晶(ラメラと呼ぶ)が膜の延伸軸に直角の方向に積み重なっている。高分子鎖の軸は延伸方向(ラメラ平板の表面に垂直)に向いているので、CF2などの双極子は、高電界を加えてポーリングした後では、高分子鎖軸に垂直方向すなわち膜面に垂直方向に配向する。これが厚み方向の伸縮に対して、厚み方向の電圧を発生する理由である。
図1 P(VDF/TrFE) フィルムの種々の結晶形態

 

 大東先生が作り出された単結晶状膜は図1の左から2番目の図に示されている。ラメラは存在せず、高度の結晶化による偏光色が見られる。P(VDF/TrFE)は強誘電体であるので、常温ではラメラの中で双極子CF2などが自発的に配向して分域(ドメイン)を作る。温度を上げてゆくと、キュリー温度Tcでこの分域が消滅して、強誘電相から常誘電相に転移する。単結晶状膜を作るには、この常誘電相を利用する。P(VDF/TrFE)のフィルムを約5倍ぐらいに延伸し、常誘電相の約140℃で約1時間熱処理しその後徐々に室温に冷やす。常誘電相では延伸された高分子鎖は六方晶に近い構造を持ち、熱振動のため鎖に沿って滑りやすく、折りたたまれてラメラを作ることはなく、一軸延伸の形で高度に結晶化する。この単結晶状膜に高電界を加えて分極することにより、最高の圧電率を持つ膜が得られる。この単結晶状膜をさらに接着して積層することにより、任意の方向の圧電率、弾性率、誘電率、電気機械結合定数を決定することが出来た。図2には、それらの結果とともに、他の圧電高分子との比較が示されている。
図2 P(VDF/TrFE) 単結晶状膜の圧電物性

 

高分子超音波トランスデューサー
 P(VDF/TrFE)膜を用いた単素子型、Linear Array 型、Annular Array 型の送受波子を開発した。医療用診断装置に利用され、鮮明な映像が得られている。膜厚約60 μmのとき5 MHzで共振が起きる。現在、5 MHzから75 MHzまでの範囲で高周波トランスデューサーが市販されている。

 超音波顕微鏡用のトランスデューサーも試作し、50‐800 MHzの範囲を覆うことが出来た。また単結晶膜積層から切り出したずり振動子を用いて、8 MHzの横波超音波トランスデューサーの作成にも成功した。

複合型トランスデューサー
 従来から用いられているジルコン酸チタン酸鉛セラミック(PZT)は電気機械結合定数が大きいが、弾性率が大きいため音響インピーダンスも大きい。また誘電率が大きいため応力電圧感度(圧電率g)が小さい。これに反してP(VDF/TrFE)は電気機械結合定数は小さいが、弾性率が小さいため音響インピーダンスが小さい。誘電率が小さいため応力電圧感度(圧電率g)が大きい。そこで、送信子として優れたPZTと受信子として優れたP(VDF/TrFE)を組み合わせた複合型トランスデューサーを作成した。

 図3に示したようにPZTの薄板とP(VDF/TrFE)の薄膜が積層されている。送信子と受信子の組み合わせを変えたときを比べると、送信子としてPZTを、受信子としてP(VDF/TrFE)を用いた場合に最も良い感度とS/N比が得られた。

図3 PZTとP(VDF/TrFE)との複合トランスデューサー
図4 送信子と受信子の関係
(a) P(VDF/TrFE)→P(VDF/TrFE) ,(b) PZT→PZT,(c) PZT→P(VDF/TrFE)

 

 

空中超音波トランスデューサー
 トランスデューサーと空気との音響インピーダンスの差が大きいため、空気に音波エネルギーを伝達させることは難しい。また空気中での音の吸収は例えば2 MHz, 20 ℃で5 dB/cmであり、水の5000倍である。 厚さ95μmのP(VDF/TrFE)膜を3枚重ね、凹面の開口角を大きく取り、径約20 mmで2 MHzの空中超音波トランスデューサーの試作に成功した。図5には長野オリンピック記念硬貨の画像が示されている。また位相信号を使うことで画質が向上することも見出された。
図5 空中超音波トランスデューサーと画像
(山形大学地域教育文化学部 高橋貞幸)

 

 終わりに大東先生が話されたのはP(VDF/TrFE)圧電膜の電気機械結合定数ktの値を現在の最高値0.295 から0.4まで高める可能性についてであった。P(VDF/TrFE)単結晶状膜は双晶構造を持つため、電界を加えてポーリングした後も双極子が表面に対して完全に垂直に配向していない。双極子が完全に垂直配向した単結晶状膜を作成する技術が望まれる。

 単結晶状膜の作成についての質問があり、活発な討論が行われた。P(VDF/TrFE)は強誘電体であり、キュリー温度の上で融点に達するまでの温度域で常誘電相という分子運動の活発な状態が存在する。この温度領域で、分子鎖を高度に延伸したまま熱処理をするので単結晶が作られるのである。ちなみにPVDFはそのキューリー点が融点と一致するので、常誘電相が存在しない。従ってこの方法で単結晶を作ることは出来ない。

 ノーベル賞の白川英樹先生も出席されて討論に参加された。大東研究室で実際に研究された表博士からも単結晶作成の詳しい説明があり、有益な討論であった。山本所長のまるで学会のようであったとのお言葉も印象に残った。東京理科大学の古川猛夫先生からは 2008年9月に東京のお台場で開催される、第13回国際エレクトレットシンポジューム(ISE 13)の紹介があった。

 圧電高分子の分野は、わが国での研究が国際的に高く評価されている。その中でも、大東先生は基礎研究では、高分子単結晶の圧電物性という独自の分野を切り開かれた。応用研究では、多数の新しい超音波トランスデューサーを開発され、医用診断機器の発展に大きく貢献された。大東先生の畢生の素晴らしい研究業績に、深く敬意を捧げる。

参考文献:大東弘二、高分子、vol.47,p.772,1998.

 

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